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訣別の刻

魔神アルナールに、アムルは取り込まれてしまった。

そして、魔神はゆっくりと行動を開始する。

 アムルの身体を依り代として顕現した魔神アルナールは、セヘルマギアの返答に対して然したる関心を示さなかった。

 もっとも魔神の方から強く言い出した訳でもなく、恐らくはそれほど気に掛ける様な事でもないのだろう。


「……それでは、数千年ぶりのこの魔界を見て回るとするか」


 魔神はそれで会話を切り上げ、早速行動を開始しようとする。

 その姿には抑揚など無く、どこか事務的な趣さえ感じさせたのだった。


「……魔界を掌握なさるので?」


 それを聞いたセヘルマギアが、アルナールにそう問いかけた。

 ただしその質問は、この世界を危惧して……という様なものでは無く、今後の予定を聞いただけにしか聞こえない。


「何故わざわざその様な真似をする必要がある? そんな事をせずともこの世界は……ん?」


 彼女の問い掛けに答えを口にしていたアルナールだが、その途中で口を噤んでしまった。

 その様子からは、何か考え事をしている様にも感じられる。


「ふ……ふふふ」


 そして暫しの沈黙の後、小さく笑いを零しだしたのだった。その声は、どこか楽し気に思われた。

 ここまでどうにも表情の崩さないアルナールだったが、この時には相好を崩している様にも見えた。


「如何なさいましたか?」


 そんな魔神の変わり様に、セヘルマギアは思わずそう問い質していた。

 殆ど感情という様なものを現わさない“神”と言う存在のそんな雰囲気に、彼女も興味を覚えたのだ。


「……ん? この体の主がな、実に面白い願いを持ち掛けてきたのだ。ふぅむ……実に興味深い」


 アルナールの喜色ばんだ原因は、どうやら彼の内に未だ存在するアムルにあるようであった。

 それでセヘルマギアも、何となく合点がいき微笑んで頷いたのだった。


 これまで“神”が人の身に降臨しその肉体を支配する際、その「代償」として元の宿主の願いを叶えるという事はそれほど珍しくはない。

 恐らくはアルナールも、アムルの望みに応じる旨を彼に伝え、アムルも何かしらの要望をしたのだろう。

 アルナールは、そんなアムルの要求が「面白い」と言っているのだ。

 そしてセヘルマギアの知るアムルならば、どのような願望を口にするのか何となく想像が出来ていたのだった。


「それで……。その望みを、叶えてあげるのですか?」


 ただし、アムルが本当はどの様な希望を口にしたのかなど、流石のセヘルマギアでさえ知り得ない事であり。


「そうだな。意味があるとは思えないが、嚆矢(こうし)にして今際の望みだ。叶えてやっても良かろう」


 アルナールも詳しい内容は口にしなかった。

 だが、セヘルマギアはあえてその事を詮索はしなかったのだった。

 そんな彼女の心情など気に掛けた素振りも見せず、魔神アルナールは早速行動を開始する。

 小さく上方へと視線を向けると、ゆっくりとその身体を宙へ浮かせたのだ。

 別段翼を羽ばたかせた訳では無いのだが、その身体は静かに上昇してゆく。

 そして。

 次の瞬間には、天井の壁から轟音が響き渡ったのだ。

 一瞬にして魔神アルナールは、部屋の上部を打ち破り上階へと向かってしまったのだ。


 ―――……そう、アムルの目指した「魔王の間」へと……。





 魔王の間に居た3人……カレン、チェーニ、ラズゥエルは突然の事に言葉を失っていた。

 突如床から爆音が鳴り響き、そちらの方を見やれば巨大な穴が口を開けており、その穴の上方には見たことも無いほど禍々しい魔物が腕組みをして存在していたのだ。これには驚かずにはいられなかった。

 発した爆鳴と共に巨大な地響きでも起これば、それでも悲鳴ぐらいは上げていたかも知れない。

 だが実際は、そんな振動など微塵も無かったのだ。

 だから床に巨大な穴が出現していても、唖然とするより他には出来なかったのだった。


「ア……アムル……?」


 それでも、カレンはいち早く再起動を果たしていた。

 幸いとでも言おうか、カレンは出現した魔物の姿……いや、それに近しい容貌を以前に見た事があったのだ。

 そしてそれは、魔王アムルが「召喚魔法」によって魔神をその身に降臨させた姿と酷似していたのだ。

 彼女が思わずその魔物を「アムル」と思ってしまうのも、それは仕方のない事だった。


「カ……カレン=スプラヴェドリーッ! こ……この魔物の事を知ってるのかよっ!?」


 カレンの呟きで意識の手綱を手繰り寄せたチェーニが、焦った口調で問い掛ける。

 しかし呆然とその姿に見入っているカレンからは、肯定も否定さえ口にされなかったのだった。


「……ちぃ。おい、ラズゥエルッ!」


 返答を期待出来ないと踏んだチェーニは、今度は傍らに立つラズゥエルに問い掛けるも。


「……残念ながら、あれが何なのかは……私にも分かりませんよ」


 視線をその魔物から離す事無く、ラズゥエルはチェーニにそう答えた。

 その返答を聞いて、チェーニもそれ(・・)が何なのか詮索する事を諦めたのだった。

 彼が知らなければ、チェーニにも知りようがない。

 短い付き合いではあったが、その程度の事はもう十分に理解していたのだった。


「お……おいっ! お前は……え!?」


 腕組みをしたまま宙に浮いていた魔物に向けてチェーニが問い質そうとして、彼女は最後まで質問を口には出来なかったのだった。

 何故ならば、彼女が話しているその目の前で、その存在が掻き消えたのだから。

 チェーニの持つスキル「オンミツフィールド」も、使用すればそれと同じ様な効果を発揮する事が出来る。

 だが、動く素振りを全く感じさせずに消え去る様な技を、彼女は知らなかったのだ。

 彼女がこれまでに会った魔物の特殊能力でも、魔法を使用するにしても何らかの予備動作があって然るべきである。

 しかし今回彼女は、それを全く感じなかったのだ。

 慌ててチェーニは、周囲を見回し。


「ラ……ラズゥエル……?」


 そこに、驚くべき光景を目にしたのだった。

 それは。

 これまでに苦楽を共として来た相棒のラズゥエルが2つに(・・・)分断されている姿(・・・・・・・・)と、その傍らに立つ魔物の姿だった。

 ラズゥエルは、丁度胸の部分で上下に二分され、その上側は床に転がり、下部は未だに立ったままだった。

 余りに早く切断された為に、断末魔の声を上げる事も出来ずに絶命したのだろう。

 それが彼にとっては、幸福だったのか不幸であったのか。それを知る事はもう、誰にも出来ない。


「き……きっさまぁ―――っ! ……あ?」


 激情に駆られたチェーニが絶叫した次の瞬間、彼女はその視界が暗くなった事でまたもや呆けた声を上げさせられたのだった。

 もっとも、今度は彼女の身に何が起きたのかは、彼女自身がよく理解出来たのだが。

 目にも止まらぬと形容して差し支えのない動きで、魔神はあっという間にチェーニの頭部を鷲掴みにして持ち上げていたのだった。

 余りの速度に、チェーニは構える事も出来ずに成すがままだった。

 そして、その絶望的な動きを見せられては、彼女も自身の行く末を察するより他はない。


「へ……へへ……。こ……この、化け物め……ぱきゅ」


 チェーニの最期の言葉は、これであった。

 そのセリフを最後に、チェーニの身体はだらりと力が抜け、完全に脱力した状態で魔物の手よりぶら下がっていた。

 彼女が魔物を「化け物」と罵った直後、その魔物……魔神アルナールはチェーニの頭部を砕いたのだ。

 それこそ、熟れたトマトを潰すように易々と、魔神はチェーニの命を刈り取ったのだった。

 2人の勇者は成す術もなく、その生を閉じる事となった。


「……アムル?」


 そんな惨状を目の当たりにしても、カレンの意識はその様な事には向いていなかった。

 悲鳴の一つも上げる事なく、ただその行為を行った魔神の姿に見入っていたのだった。

 彼女も、幾つもの戦いの場を渡り歩いてきた戦士だ。

 惨劇など数え切れない程見て来ただろうし、今更か弱い少女の様に悲鳴を上げる真似はしない。

 そんな些事(・・)よりも、今はもっと気に掛ける事があったのだ。


「カ……カレン……」


 そんなカレンに向けて、魔神が話しかけた。

 驚く事にその声、そして面立ちは、彼女の良く知る人物……アムルのものだった。


「アムルッ!」


 驚きと喜び、戸惑いと感激、様々な感情がない混ぜになった声音で、カレンはアムルの名を呼ぶも。


「……カレン、時間がない。……聞いてくれ」


 感動の対面、甘やかな時間と言うものは訪れなかった。

 切羽詰まったアムルの声に、カレンも現実を直視せざるを得なかったのだ。


「……カレン。今から伝魔境の機能の一部を回復する……。君はそこから、この魔王城を出てくれ。その後は、この魔王城は完全に封鎖される……」


 苦し気とも受け取れるアムルの声を、カレンは口を挟まずに聞いていた。

 時間がない……。

 彼の言葉に、異論を差し挟む余地がない事をカレンも理解していたのだ。


「……カレン。愛してる……。レギーナ、マーニャ、エレーナ、アミラ、ケビン、アーニャにも愛していたと……伝えてくれ」


 まるで遺言の様なアムルの台詞に、カレンは喉を詰まらせていた。


「あ……あんたは……。あんたは、どうなるのよっ!?」


 絶叫に近い涙声で、カレンは力を振り絞り問い掛けていた。

 これが、今生の別れになる……カレンも、薄っすらとそれを感じ取っていたのだ。


「俺は……契約に従って、この魔神に体を明け渡す事になる。……これからは、魔神となって過ごしていくだろう。お前たちの知るアムルは……もういないんだ……」


 どこか寂し気に、アムルはカレンの問いに答えそして。


「……早くしろ、カレンッ! 本当に時間がないんだっ!」


 殆ど怒鳴りつける様な声音で、アムルはカレンを急かしたのだった。

 それに後押しされる様に、後ろ髪を引かれながらカレンは伝魔境を潜り。


「……アムル」


 彼女の見ている前で、アムルを投影していた伝魔境がその映像を消し、何も映さない鏡面へと戻ったのだった。


魔王の間を占拠していた勇者チェーニとラズゥエルを屠った魔神アルナールだったが、暫時アムルの意識を取り戻す。

そしてアムルはカレンを解放し、再び魔神の内に押し込まれてしまったのだった。

そしてここより、魔神の力が「侵略者」に見舞われる……。

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