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幕は降り……

更に変容を遂げたセヘルマギア。

その底知れぬ力に戦慄するアムルであった。

 アムルの目の前で、セヘルマギアはその姿を大きく変態させた。

 それをアムルは、驚愕の眼差しで捉えて動けずにいる。

 それでも、何とか……一言だけ発する事が出来たのだった。それは。


「……お前。……セヘルマギア……なのか?」


 こんな、陳腐な台詞しか出せなかったのだが。

 それほどに、今の彼女の姿は特異と言って良いものなのだ。


 体躯は、元のセヘルマギア(女人化)よりおよそ二回りほど大きいだろうか。

 もっとも、アムルにはどの姿が本来のセヘルマギアなのかもう分からないのだが。

 しかしその容姿は、戦う前のセヘルマギアとは似ても似つかないものであった。

 その頭部は、巨龍と化した彼女のものを小さくしたようだ。一目見れば龍のそれだと認識する事が出来る。

 スラリと延びた手足に、引き締まった胴体。これも、シルエットだけを見れば人のものとそう大差はないだろう。

 だがその表皮は、まさにドラゴンのものであると思わせた。

 白く輝く硬皮に、それを覆う白銀の鱗。まるで体にぴったりと張り付くように作られた鎧の様である。

 ただし防具の様に体の上から覆っているのではなく、正しく身体の一部であるかのように密着しており動きを阻害する要素など何一つ無い。

 背面には美しい翼、そして見事な尻尾。

 これだけを見るならば、丁度アムルの姿を鏡写しにしたような形貌(けいぼう)であった。


「……ふぅ。この姿を取るのも、千数百年ぶりです。こうなれば本当に手加減など出来ませんので、覚悟なさいましね」


 アムルの眼前で、準備を終えたセヘルマギアが最後通牒を口にする。

 それが、冗談でもなんでもない事を、対峙するアムルは嫌という程理解していたのだった。


 感じる気配がセヘルマギアのものだという事はアムルにも理解出来ていた。

 しかしそこから受ける威圧感は、先ほどまでとは比べようも無いほどに強烈なのだ。

 今のアムルでも気圧されてしまいそうになるほど、彼の前に立つセヘルマギアは圧倒的だったのだ。


「……どうしました? 来ないのですか? それでは、こちらから参りますが」


 問い掛けておいて、アムルが答えるよりも早くセヘルマギアは動き出していた。

 だがそれをアムルが認識したのは。


「ガ……ガァッ!」


 腹部に鈍痛を感じた時点であった。

 目にも止まらぬ動きを見せたセヘルマギアは、一気にアムルとの距離を詰めると彼の腹部に凄烈な一撃を加えていたのだった。

 防御姿勢も取らずに棒立ちだったアムルはもろにそれを食らい、まさに体をくの字とさせていた。


「ガハッ!」


 下がった後頭部に向けて、今度は彼女の右腕が叩きつけられる。拳を作り打ち付けられた一撃で、アムルはそのまま床に埋まってしまったのだ。


「グゥッ!」


 そうして倒れたところに、今度は蹴り……ではなく尻尾の一撃が見舞われた。

 まるで落ちている小石を弾く様に振り抜かれた尻尾だが、その攻撃は猛烈の一言に尽きる。

 その一薙ぎで、床に埋まっていたアムルの身体は、今度は壁に埋まる事となったのだから。


「くっそぉっ!」


 しかし、アムルも黙ってはいなかった。

 今の彼は魔神と化しており、ちょっとやそっとの攻撃で敗れてしまう程やわでは無いのだ。

 勿論、セヘルマギアの攻撃は“ちょっとやそっと”と言う表現など見合わないものなのだが。


 壁を蹴って疾駆したアムルが、一気にセヘルマギアの元へと到達する。それと同時に、大きく振りかぶっていた拳を突き出し強烈な打撃を放った。

 普通で考えれば、この攻撃を誰も……元勇者であるカレンたちの誰も躱す事は出来なかっただろう。

 それどころか、この一撃で絶命してもおかしくない……そんな一撃だった……のだが。


「貴方の攻撃は直線的で単調ですね。これでは、躱してくれと言っている様なものですよ」


 僅かに体をずらすだけであっさりとアムルの攻撃を躱したセヘルマギアが、彼女の身体を通りすがる様にすり抜けたアムルの耳元で囁いた。

 当然、それだけではない。


「げふっ!」


 殆ど宙を掛ける様に突進していたアムルの、未だ中空に浮いているその腹部へ下から強烈な尻尾の一撃を見舞ったのだった。

 またもや空中でくの字に折れ曲がったアムルの身体。

 ともすれば、そのまま天井へと吹き飛ばされる……それほどの激烈な一撃だったのだが、実際は。


「ぐっはぁっ!」


 彼が体をうずめたのは、またもや床の方であった。

 上空へと飛ばされそうになっていたアムルの身体を、彼女はカウンター気味に上から叩きつけたのだった。

 然して力を込めた様に見えないセヘルマギアの強打だが、結果のほどはアムルの身体が示している。


「ぐ……く……」


 如何に魔神の身体を得ているとはいえ強撃を幾度も、そして防御も取らせて貰えずに受け続ければ、その身体にもダメージは蓄積される。

 そしてアムルにも、その様子が表面的に表れてきたのだ。


「もう、時間が無いのでしょう? 私に攻撃を当てなければ、時間切れとなってしまうと存じますが?」


 嫌らしいまでの皮肉を、これ以上ないほどに丁寧な物言いでセヘルマギアは口にした。

 倒れたままのアムルに向けて執拗に追撃しないのは、彼女のせめてもの情けか。


「く……そっ!」


 セヘルマギアの質問が終わると同時に、アムルがその場から大きく飛びのき距離を取った。

 そのままその場で寝そべっている時間は、確かにアムルには残されてはいない。


「さぁ、もっと必死になって掛かって来てください。そうでなければ、あなたには破滅しか残されていないのですから」


 嫋やかな物言いなれど、その口ぶりはどうにもアムルを煽動しているようだ。

 普段の彼ならば、そんな安い挑発に応じる様な真似はしないのだろうが。


「はああぁぁっ!」


 セヘルマギアの言う通り、全てにおいて時間が残されていないアムルはそれに乗ってしまう。

 彼が気合を込めると同時に、セヘルマギアへと向けた掌の先には大きな黒球が出現した。

 それは先ほど放ったものよりも巨大でしかも……濃密だった。

 誰がどう見てもそれは、これまでにない威力を持った黒球塊であると理解出来た。


「……ここで、その選択をしますか。魔力を無駄に消費出来ないこの状況で、あなたのその行為は、危ない橋を渡っていると理解しているのですか?」


 そしてセヘルマギアも、その事を理解していた……はずである。

 理解していて尚、彼女は動じる事も無くアムルへとそんな言葉を投げ掛けた。

 しかし、アムルはその問いに答える事は無く。


「くら……えぇっ!」


 問答無用とばかりに、アムルは渾身とも思える黒弾を撃ち出した。

 その禍々しいまでの黒は空間を塗り潰しながら、一直線にセヘルマギアへと向かっていった。

 もしもそれが直撃したならば、さしものセヘルマギアと言えどもただでは済まなかった……かもしれない。


「……浅慮と言わざるを得ません」


 だが彼女はその攻撃を見ても動じた様子がなく、小さく嘆息するとスッと左腕を持ち上げてその掌をアムルの方へと向ける。

 それと同時に彼女の前方には、小さく輝く白銀の球体が出現した。

 アムルの放った黒球と比べれば、それは余りに小さく比べるべくもない。

 しかし。


「……なっ!?」


 その白銀球は魔黒球と激突すると、拮抗する様にその突進を食い止めたのだった。

 しばしの攻防がセヘルマギアの前面で繰り広げられ。


「そ……相殺……したのか!?」


 絶望に声を震わせるアムルの言葉通り、2つの球体は激しく鬩ぎ合った後に……双方ともその場より消え失せたのだった。

 これにはさすがのアムルも落胆は隠せず、呆然自失の表情でその場で両膝をついてしまう。

 そんな彼の姿を、どこか哀愁の漂う瞳でセヘルマギアは見つめていた。


圧倒的なセヘルマギアの力に、成す術もないアムル。

そして、更なる絶望がアムルを襲う。

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