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焦燥のアムル

前回の戦闘とは明らかに様相の違うセヘルマギア。

そんな古龍を前に、苦戦するアムルには焦りだけが募って行く……。

 明らかに前回とは違うセヘルマギアの雰囲気、そしてその動向に、アムルは少なからず動揺していた。

 セヘルマギアとの戦いを殊更に望んでいたアムルではなかったが、戦いとなっても短時間で決着がつけられる……この部屋に訪れる前のアムルは、そんな考えを抱いていた。……いや、願望だろうか。

 しかしふたを開けてみれば、その戦いは拮抗しているどころか、彼女の力の底が伺い知れない分アムルが不利である。……当のアムルはそう感じていた。


「ちぃっ!」


 だがだからと言って、事ここに至って攻撃の手を緩めると言う選択肢などありえない。

 アムルは自身の考えの甘さに舌打ちしながらも、再びセヘルマギアへ肉薄したのだが。


「ただ闇雲に突撃を繰り返すだけでは、私には勝てませんよ?」


 焦燥感を露わとするアムルとは対照的に、どこか冷静さを醸し出すセヘルマギアは余裕を感じさせる風情でアムルを迎え撃った。

 先ほどと同様にアムルは、神速の動きでセヘルマギアの周囲を動き回り、弾幕の如く拳や蹴りを繰り出す。

 そしてやはり先刻と同じに、その幾つかを被弾しつつも彼女はアムルの攻撃を躱し、隙を見ては反撃を試みたのだった。

 手数では圧倒的にアムルの攻撃が勝るのだが、セヘルマギアは龍であるその肢体を十分に活かし、長い首からなる変幻の攻撃は勿論の事、時には前足や尻尾の攻撃を織り交ぜてアムルを迎撃したのだった。

 直接攻撃に不慣れなアムルはその攻撃に翻弄され、直撃は受けないまでもある程度のダメージを負ったのだった。


「……くそっ!」


 その結果は、距離を取ったアムルが吐き捨てたこの一言に集約されている。

 思うように戦闘の主導権を握れないアムルは、焦りだけを募らせていった。……そこへ。


「それでは……こちらからも攻撃を仕掛けさせていただきます」


 それまで完全に受動的なスタンスであったセヘルマギアがそう口にすると、この戦いが始まって初めてその場から動く素振りを見せたのだ。いや、アムルの目の前ではこれが初めてであったかもしれない。


「なっ!?」


 セヘルマギアが右前足を1歩、前へと進めたその直後。

 部屋全体を白い靄が埋め尽くし、アムルの視界を完全に奪ったのだった。

 しかもその白霧は、ただの霧ではない。

 感覚が鋭敏化している今のアムルをもってしても、セヘルマギアの位置を知る事が出来ない「古龍魔術」で妨害が施された霧だったのだ。

 これには、見えない敵の気配を察する様な訓練を受けていないアムルは困惑を露わとする。

 そして。


「がぁっ!?」


 一寸先さえ見えない白靄の中から放たれるセヘルマギアの驚異的な一撃を、当然の事ながら躱す事は出来なかったのだった。

 それでも、今のアムルは防御力も格段に上昇している。

 セヘルマギアからの痛恨の一撃を受け壁に打ち付けられても、彼の負ったダメージはそれほど大きなものでは無かった。


「ぐっ! がっ! ぐふぅっ!」


 しかし劣勢に立たされている事に違いなく、アムルはまるで木偶の様にセヘルマギアの攻撃を受け続ける事を余儀なくされていた。


「はぁ……はぁ……」


 決定的な一撃こそ受けずにいたアムルだが、複数の攻撃を受け続け彼は満身創痍の状態となっていた。

 そしてようやく、セヘルマギアの展開した白霧が晴れて行く。

 魔法で作り出した霧ならば、その効果が切れれば正しく霧散するのは道理だ。


「……ここまでですか?」


 静かな眼差しでアムルを見下ろすセヘルマギアが、いっそ優しいと言った声音で彼に話し掛けた。

 戦いの最中にあってもどこか落ち着いた……と言える口ぶりなのだが、そんなセヘルマギアの言い様が今のアムルには鼻につく事となる。


「ま……だ……に……きまってるだろぉ―――っ!」


 肩で息をしていたアムルだが、ここまで来れば意地が先に立つのかもしれない。

 咆哮を上げたアムルが、至近に立つセヘルマギアへ向けて再び突進を仕掛けた。

 だがその動きは、先ほどよりも明らかに鈍っている。

 アムル自身がどう考えているかは不明だが、彼の認識程にセヘルマギアより受け蓄積されたダメージは軽いものでは無かったのだ。

 そんなアムルの攻撃を、セヘルマギアはどこか嘆息を零す様な雰囲気で受けていた。

 先ほどと同じく、双方とも完全に躱すとまではいかないが有効な一撃を決める事も出来ない。

 そしてこの攻防で、アムルの状況はさらに不味いものとなっていたのだった。


「威勢の割に、体が付いてこない様ですね」


「う……うるせぇ!」


 沈着なセヘルマギアの物言いに、アムルはまるで子供のようにそう言い返すだけで精一杯であった。

 そしてアムルは、完全に誤算の内に捉われている事を痛感していたのだった。


 彼の算段では、もう少し楽にこの部屋を抜けられると考えていた。

 残念ながらそれは、何の立証も無しに考えられたアムルの願望であったのだが。

 それでも、これまでのセヘルマギアとの友誼を考えれば、まさか本気で足止めを食らうとは考えていなかったのだ。

 その結果が、今の状況である。

 戦闘能力では完全に上を行かれており、更にはアムルにはもう殆ど時間が残されていない。

 多量に魔力を消耗し続けるこの「召喚魔法」を維持し続ける事に不安を覚えるほど、魔力の残量が心許無いのだった。


「それでは……仕方ありません」


 まともに言い返せないアムルへ、セヘルマギアが相も変わらず穏やかな物言いで話しかけた。

 ともすればそれは戦いの終わりを告げる様な声であり、瞬間アムルもそう捉えた……のだが。


「このまま、決着としましょう」


 そうではない事を、アムルはその目で認識する事となる。

 静かに目を閉じたセヘルマギアだったが。


「はああぁぁっ!」


 まるで強く息を吐く様に、または気合を強く籠める様に声を上げたのだ。

 強力な攻撃をアムルは危惧し、一瞬身構えるのだが。

 それが誤解であった事を彼は知る事となった。

 眼前の巨龍の気が、凄まじい勢いで高まるのをアムルは感じたのだ。

 意気が高まると同時に、彼女の身体が輝きだす。

 丁度先ほどのアムルとは正反対の様に、セヘルマギアは光の繭に包まれ出したのだ。

 唯一違う処は、巨龍の姿が影絵の如く浮かび上がり、中の様子を伺い知れるという事だろうか。

 そして彼の目の前で、それ(・・)は起こり出した。


 巨大だったセヘルマギアの身体が、みるみると……縮んで行く(・・・・・)

 龍の姿のまま、小さくなるのではない。各部が縮小して行くのだ。

 それと同時に、目に見えて変異も行われだした。

 長かった首は短くなり、人のそれと大差ないほどとなった。

 太く大きかった手足も細くしなやかな長さを形作る。

 尻尾も縮み元の長さの10分の1程となり。

 小山の様な体が瞬く間に人のそれと違わない姿を取り出したのだ。


「な……なんだ!?」


 それを実際に見つめているアムルには、何が起こっているのか理解出来なかった。

 古龍と言わず、龍族はまさにその大きさが強さの目安となっている。

 長く生きた龍族は総じて巨体であり、それに比例して高い知識と強大な攻撃力を持つに至るのだ。

 そしてそれが、この世界の人々が持つ“龍族”と言う魔獣の認識であった。

 しかし今セヘルマギアは、アムルの目の前でその体躯を小さくしているのだ。

 そんな事はアムルにとっても初見であり、理解しようとするだけで精一杯だった。


 女性の姿(龍化前)のセヘルマギアより二回りほど大きいサイズとなった彼女は、光の繭より羽化しだした。

 光球に亀裂が入り、ゆっくりと左右に割かれてゆく。

 そしてその中からは。


「……お前。……セヘルマギア……なのか?」


 1体の見た事も無い種族が出現したのだった。


「……ふぅ。この姿を取るのも、千数百年ぶりです。こうなれば本当に手加減など出来ませんので、覚悟なさいましね」


 アムルの質問に答える代わりに、セヘルマギアは静かにそう警告を発したのだった。


変態を果たしたセヘルマギア。

決着を口にする彼女の力が、アムルに襲い掛かる。

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