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荒神咆哮

魔神と化したアムルがその姿を現す。

だがその姿を見ても尚、セヘルマギアに恐れおののいた様子など感じられない。

 生まれたばかりの魔神アムルは、大きく息を吐いた。

 それはまるで、大掛かりな儀式を終えた後の疲れを吐き出す様な嘆息であり……この世に生まれ立った喜びを感慨深く味わっている様でもあった。


 アムルの姿は、先ほどとは大きく異なってしまっていた。

 一目見ただけならば、もはや人の容姿を取ってはいない。

 全体を黒い甲殻の様な表皮で覆われた彼は、その背中から黒い魔力を吹き出している。その姿は、見ようによっては翼を生やした悪魔である。

 それをより強調するかの如く、双翼と同じ様に噴出した黒魔力が臀部より長く尾を引き、別の生き物でもあるかの様にフリフリと動きまるで獲物を探しているかに見える。

 彼の全体を覆う硬皮はどこか鎧のそれであり、今のアムルは兜、鎧、手甲、腿当、脛当と重装備を身に纏っているかの様である。

 魔法を主体とするアムルには不似合いな姿なのだが、魔神であると考えればむしろ相応しい様相と言える。


「……それでは、今度は加減など無しで立ち合います」


 その様子を驚く事も無く見つめていたセヘルマギアが、静かに戦いの再開を告げる。

 それを受けて、アムルはゆっくりと彼女の方へと向き直った。

 ただそれだけにも拘らず、セヘルマギアは言い知れぬ威圧感を受けていたのだった。

 もっとも。


「ふふふ……。以前に受けた意気と寸分も違わないですね。……しかし」


 古龍をも瞠目させる気を発するアムルへ向けて、セヘルマギアが不敵に笑う。

 その様相を見れば、アムルの変形を目の当たりにしても全く気遅れた様子は感じさせなかった。

 実際「以前」にセヘルマギアとアムルが戦った際には、彼女は魔神と化したアムルに一方的にやられ敗北している。

 それを考えれば、もう少し緊迫感を纏っていても然るべきなのだ。


「今回は……こちらも様子見と言う訳にはいきませんよ」


 しかしその理由は、彼女の一人語りで明らかとなったのだった。

 つまり、前回の戦闘ではセヘルマギアも本気ではなかったという事になる。


「……こっちも、時間がねぇからなぁ。最初から、全開でやらしてもらうぜ」


 ただ魔神化しているだけで、今のアムルは多量の魔力を消費してゆく。

 その為、のんびりと時間を掛けている場合では無いのだ。

 スッとアムルが手を上げ、掌をセヘルマギアへと向ける。そして、黒色の球体を出現させて放ったのだった。

 それを見たセヘルマギアもまた、即座にその口腔に圧縮された冷塊を作り出しアムルへ向けて打ち出す。

 双方から放たれた弾球は、2人の丁度中間点で寸分違わずに激突し。

 激しい爆発を見せて両方ともに消滅したのだった。


 現在のこの部屋で、魔法の類は使用できない。これは、セヘルマギアの特殊能力からなせる業である。

 それでもセヘルマギアは、魔法とはまた別の「古龍魔術」によって術を行使出来るのだ。

 これは魔法とは似て非なるものであるが、古龍種のみが使用可能な魔法と言っても差し支えないだろう。

 対してアムルもまた、魔法とは違う方法で黒塊を作り出して放っている。

 彼の使用した技は「神祇魔法」と呼ばれる、神代の御業に分類されるものであった。

 魔法とは銘打たれているが、現存するどの魔法にも当て嵌まらずまた、魔法に分類されるかどうかも不明のまさに神の所業と呼ぶに相応しいものである。


「カッ!」


「……っ!」


 再び、セヘルマギアが冷弾を放つ。そしてそれを、アムルもまた魔弾で迎え撃ち、やはり2人の中間でぶつかり合い爆発し、相殺された。

 だが今回は、この1発で終わり……と言う訳では無く。

 立て続けにセヘルマギアは凍塊を撃ち、それをアムルも黒塊で迎え撃った。

 無数の弾塊が双方から放たれ、ぶつかり合い、爆発を起こして消えうせて行く。

 両者の間で巨大な爆発が幾度も起こり、それが暫くの間続いた。


「……ヌゥウ……カァッ!」


「……ふんっ!」


 無限に続くかと思われた弾塊の打ち合いは、セヘルマギアの方から終止符を打たれた。

 最後に彼女は、一拍タメを作ると強力な凍線を吐き出したのだ。

 これは先ほどアムルに放ったものとは大きさも、そしてその威力も段違いに強力なものだったのだが。

 アムルもまた、同じように魔線を放ってやはり相殺させた。

 強力な力同士がぶつかり合い、異常な力場を作り渦を巻く。

 行き場のなくなった余剰魔力は幕放電を発し、この部屋全体にその影響を及ぼした。

 そして……互いの力の放出は終了する。

 期せずして、双方が攻撃を止めたのだ。


「……しぃっ!」


 しかし今度は、ただ遠隔攻撃を打ち合っただけでは終わらなかった。

 アムルは力の放出の終わりと同時に動きだし、セヘルマギアへと肉薄を敢行した。

 言うまでも無くそれは、彼女に対して肉弾戦を仕掛けたという事になる。


 魔法を主体としているアムルは、肉体を駆使した戦いを得意としていない。

 特に重点的な修練も行っておらず、どちらかと言えば苦手としていると言って良いだろう。

 それでもアムルが接近戦を選択したのには、やはり訳がある。

 一つは、前回での戦いで同じような状況となり、やはり魔神と化したアムルが巨龍と化したセヘルマギアを近接戦闘で圧倒したからだ。

 巨大な体躯を持つセヘルマギアは、その大きさ故に素早い動きに対応しきれなかった。

 古龍の中では圧倒的な動きを見せるセヘルマギアだが、それでも近づいて攻撃を仕掛けるアムルの動きに翻弄され敗北したのだった。

 そしてもう一つ。……どちらかと言えば、こちらの方が重要だろう。

 アムルは今の状態を維持し続けるために、己の中にある魔力を大量に消費し続けている。

 と言うよりも、魔神化したアムルがアムルで居続ける為に、多量の魔力が必要だと言って良いだろう。

 彼の魔力が枯渇すれば、アムルと言う存在は失われその肉体は魔神に乗っ取られてしまう。

 それを避ける為には、早期に決着を見る必要があったのだった。


「うおおぉぉっ!」


 気合の声と共に、アムルはセヘルマギアへ向けて攻撃を開始した。

 今のアムルの攻撃は、その拳撃蹴撃の1つ1つが強力な魔法のそれと同等だ。

 それを、まるで弾幕のようにセヘルマギアへと振るう。


「……なに!?」


 だがアムルは、攻撃を開始してすぐに違和感を覚えて声を漏らしていた。

 彼の攻撃は、少なからずセヘルマギアを捉えている。

 標的は巨大な古龍なのだから、彼女の方もアムルの攻撃その全てを躱す事など出来ない。

 ……いや、前回ならば、そのどれをも避けられなかったのだが。

 今回に至っては、アムルの攻撃がセヘルマギアに躱される場面が少なからずあったのだ。

 その異変が、アムルに疑念を持たせていたのだった。

 セヘルマギアの、脅威と言って良いその動きをもって、アムルの攻撃が悉くヒットするという事は無く、代わりに。


「ガアアァァッ!」


「ぐぅっ!」


 セヘルマギアの思いも依らない反撃を受けて、アムルは防御姿勢を取らされたのだった。

 動き続けるアムルに狙いをつけ、巨大な咢が彼を襲う。

 鋭利な牙はオリハルコンを思わせる切れ味を発揮し、辛うじて躱したアムルの身体を引き裂き硬皮の下の肉体までをも傷つけたのだった。

 先の戦いが念頭にあるアムルにとって、この状況は完全に虚を突かれたものだった。


「何を驚くのです? 今回は加減など無しだと、最初に申し上げていたはずですが」


 僅かに距離を取ったアムルに対して、セヘルマギアが静かな口調で話しかけた。

 その声音には、どこにも優越感や威圧感など含まれてはいない。

 あくまでも自然体を感じさせるものだった。

 だからこそ……なのだろう。

 アムルは今、底知れない恐怖を覚えてこめかみに嫌な汗を感じていたのだった。


切り札を切ったアムルだが、セヘルマギアを圧倒するには至らなかった。

それどころか、その気に押されてアムルの方が気圧されていたのだった。

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