遮障のセヘルマギア
問答無用でセヘルマギアに襲い掛かられるアムル。
その理由を何度問い質しても、彼女からの返答はなく……。
アムルが再三の質問を魔竜セヘルマギアへと投げ掛け、それで漸く彼女の攻撃が止んだ。
静かに佇むセヘルマギアからは、いっそ冷淡と言って良い雰囲気が醸し出されている。
それは彼女の表情、そしてアムルを見るその視線から発せられていると言っても良いだろう。
「……この状況、そしてここに至って尚、何を話そうと言うのですか?」
底冷えのする声音で、今度はセヘルマギアがアムルへと問い返す。
彼女の言う事はもっともであり、すでに戦闘状態にある2人の間には話すべき事などないと思われる。
如何にどの様な理由があろうとも、もうセヘルマギアはアムルを攻撃している。
魔王である彼に弓引くなど、どんな事情があろうとも許される事ではない。
それに先ほど、セヘルマギアは「詮索される事を好まない」と説明を拒否している。
それだけを見てとっても、もう話し合う余地などないと考えられたのだが。
「お前ほどの魔竜が、何故侵入者の言う事を聞いているんだ? 奴らの方が能力的に上……なんて事は考え難いからな。奴らの命令に従わなければならない理由があるのか?」
それでもアムルは、セヘルマギアの言葉を無視するかの様に先ほどと同じ内容の質問を口にしたのだった。
アムルとしては、とにかく彼女と敵対する理由が知りたいのだ。
戦うとなれば、アムルも腹を決めるだろう。
事実前回の魔王城攻略では、アムルは割と本気でセヘルマギアと対峙したのだから。……彼女の方がどうであったかは不明ではあるが。
しかしその反面、セヘルマギアとの今までの友誼も忘れてはいない。
アムルたちと魔竜たちとでは完全に友好を結ぶという事は難しいかもしれないが、それでも彼女を始めとして悪龍マロールや邪竜マレフィクトとは上手く折り合いをつけて過ごして来たのだ。
その日々が、以前の戦いとは違いアムルに攻撃をする事を躊躇わせている要因となっていたのだった。
「何故そこまで理由を知りたいと考えるのですか? あなた様と私が敵対している……今はそれが全てであり、戦う理由はそれで十分では無いのですか?」
淡々と語るセヘルマギアの言い分は、至極もっともなものだった。
どれほどに親しい間柄であったとしても、いつ何時敵同士となるのか分かったものでは無い。
そしてそうなったならば、もはや戦う以外に道はなく、双方それぞれの抱える理由など然して意味をなさないのだが。
「最強と謳われるお前が、そう簡単に奴らの軍門へ降ると言うのは考え難いんだ。理由があってそれがお前の枷となっているんなら、俺が何とか……」
「何ともなりませんよ」
ありきたりだが、アムルの口にした答えは誠実と言って良いものだった。
戦いを強制させられている知己を助けたいと願う彼の返答は、おかしなものでは無いだろう。
それでもセヘルマギアは、そんな彼の話を途中で遮ってその全てを否定したのだった。
「……まず、強制されているというのは少し違います。そしてそれは、現在魔王の間を占拠している者達の力に依るものではなく、別の理由で私はこの立場を取っています」
声を失うアムルに向けて、セヘルマギアはツラツラと話し出した。流暢に、それでいて簡潔に彼女は説明を続けた。
「そしてなにより、あなたにはどうにもする事が出来ません。もしもどうにかしようものならば、この魔王城だけではなくこの魔界全てに影響が及ぶでしょう。そしてそれを、私は望んでいないのです」
ただし彼女の話を聞いたところで、アムルにはその真意を知る事が出来なかったのだが。
セヘルマギアは、今アムルと対立しているその原因がチェーニたち魔王の間への侵入者から命じられたものでは無いという事を一部否定した。
少なくとも、彼女達の能力などによって無理強いさせられているのではないと明言したのだった。
ただし、本当の理由は結局明確にはされなかったのだが。
そしてもう一つ。
「……お前の戦う理由には……この魔王城に影響があるものが含まれていると言うのか……!? いや、魔王城だけではなくこの魔界にも陰を落とす……と?」
アムルは、先ほどセヘルマギアが話した内容をそのまま鸚鵡返しにしたのだった。
一度聞けばその内容はすぐに理解出来そうなものなのだが、その余りに大きなスケールにさしものアムルもピンとこなかったのだ。
「……あなたに話せるのはここまでです」
だがアムルがセヘルマギアの話の本意を探る前に、彼女の話は終わりを告げられてしまったのだった。
そうなれば、アムルも深く考え込んでいる暇など無くなってしまう。
何故なら、目の前に立つ美しい女性は、神話にも謳われるほどに強力な古龍なのだ。
しかも今はその彼女の能力に依り、この部屋全体が魔法の使えないエリアと化しているのだから。
「……くそ!」
セヘルマギアはアムルへと会話の終了を告げると、その姿を変容させていった。
……いや、元の姿に戻ったと言うべきだろうか。
白く輝くその巨体に凛とした意思の籠った眼差しを持つ、マロールやマレフィクトよりも二回りほど大きく立派な龍……それがセヘルマギアの本性だった。
彼女の体を覆う鱗、その一つ一つがキラキラと輝き、神のごとき威厳すら醸し出している。
「でぇっ!?」
その巨龍が大きく咢を開いたかと思うと、その口腔から白い射線を吐き出したのだ。
それは先ほど、シヴァがブラハムに向けて放った凍線に似ている。だがその大きさも、そしてその速度も段違いだ。
アムルはその攻撃を、何とか体術で回避する事に成功した。セヘルマギアの使用したブレスが直線的であった事が、今回は功を奏したのだが。
「そのままで戦うと言うのならば構いませんが……良いのですか?」
実際のところは、敢えてセヘルマギアが単純な攻撃を仕掛けただけに過ぎなかったのだった。
……今のアムルでも躱しやすい様に。
「……ぐぬぬ」
その事を彼女の言葉で理解したアムルは、歯噛みをして考えさせられていた。
魔法を封じられた状態では、アムルは本来の攻撃力を発揮出来ない。
魔法を主体に戦う彼の特性を考えれば、それも当然の事だろう。
そしてアムルには、魔神をその身に宿らせて力を発揮する「召喚魔法」がある。
それを用いれば、この魔法が封じられた場所であっても絶大な力を行使する事が出来る。
―――そう……アムルが魔法を使うよりも遥かに……。
それでも、彼にはそう簡単に魔神化する事を決められなかった。……決められない理由があるのだ。
だからこそアムルは、その決断を躊躇し切歯扼腕していたのだが。
「う……うおおおぉぉっ!」
それでもアムルは、ここに来て意を決する。
セヘルマギアの見つめる先で足を止め、気合を込めた声を上げだしたのだ。
そして当のセヘルマギアも、それを邪魔はせずにその様子を静かに見つめている。
もとより、そのままで良いのかと問うたのは彼女の方なのだ。
ある意味でこれは、セヘルマギアの望んだ展開だったのかもしれない。
アムルから多くの黒い魔力が吹き出し、それが渦を巻き球状となって彼を包み込む。
その光景は、正しく繭を纏う蛹のようである。
そしてそれが蛹を覆う繭であるならば、そこから生まれ出るものは……変態を遂げたアムルという事になる。
果たして、幾重にもアムルを取り囲んだ黒い球体に亀裂が入る。
繭が破れると言うよりも卵が孵る様相を呈して、黒の球体が2つに割けていく。
そして。
「……ふぅ―――」
その中から、禍々しい姿となり魔神と化したアムルが出現したのだった。
ついにアムルは、秘技である「召喚魔法」を使用した。
そして再び魔王城に……魔神が降臨した。




