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魔竜の変貌

魔像を両断したブラハムだが、その態勢のまま彼は微動だにしない。

はたして、ブラハムは無事なのか!?

 剣を振り下ろした態勢で止まっていたブラハムの身体が、グラリと揺れてそのまま倒れ込んだ。

 もうすでに魔像はその姿をその場に留めておらず、彼の身体からもあの紅紫色をした光は揺蕩っていない。


「ブ……ブラハムッ!」


 糸が切れた人形の様に床へと沈んだブラハムへ向けて、アムルが大声を上げて駆け寄った。その間も、ブラハム自身はピクリとも動きを見せない。


「ブラハムッ! ブラハ……ッ!?」


 近づいて初めて、今のブラハムがどの様な状態なのかアムルは気付かされた。

 倒れたブラハムは全身……赤黒く染まっていたのだ。

 それが意味する事を想像したアムルが、倒れているブラハムを抱きかかえる。

 意識を失っているのか、目を閉じたブラハムの目から、耳から、鼻から口からも血が滴っていた。

 その姿を見て、アムルは喉を詰まらせてしまっていた。

 単に吐血をしている、と言うだけの話ではない。

 人の身体に開いている穴と言う穴から血が噴き出しているならばまだしも、全身の毛孔からも血液が噴出していたのだ。

 そしてそれが、彼の身体を赤黒くしている原因であり……あの紅紫色に湧き出ていた光の正体だったのだ。


「う……るせぇなぁ。……アムル」


 絶句していたアムルに向けて、小さな声が掛けられる。

 それまで瞼を閉じていたブラハムが薄っすらと目を開け、アムルに向けて話し掛けたのだ。


「ブ……ブラハム!? お前……大丈夫なのか!?」


 そう問い掛けながら、アムルはブラハムの腰にある布袋より回復薬(クラーレ)を取り出してゆっくりと彼に飲ませた。

 本当ならば、アムルが回復魔法を使えばずっと早いのだが、この状況においても彼はブラハムの言葉を確りと守っていたのだ。

 それは単純に、ここまでしたブラハムの心意気に応えた行動に他ならない。


「は……はは。だ……大丈夫だって……言ったろうが。……まぁ、当分は動けそうにないけどな」


 満身創痍のブラハムが、乾いた笑いを零してアムルへ答える。

 か細い彼の声は、普段の快活な喋り口には程遠いものだった。


「……そうか」


 そんな強がるブラハムを見て、アムルは安堵と共にそう返すだけで精一杯だった。

 もとよりアムルも、これ以上ブラハムについて来て貰おうとは考えてはない。

 ブラハムが前に出て戦ってくれたおかげで、アムルの魔力も随分と温存出来ていた。

 そして、この先にある部屋は後1つだけ。

 そこには恐らく、魔竜セヘルマギアがいるのだろうが。


「まぁ、お前はここで安心して待っていてくれ。次の部屋はセヘルマギアがいるだろうが、彼女が賊の言いなりになるとは思えないからな。恐らくは素通り出来るだろう。……問題は」


 アムルは、次の部屋での戦闘は視野に入れていなかったのだった。

 そしてその理由も、彼が語った通りである。

 言うまでも無く魔竜セヘルマギアは、創世神話にも語られるこの魔界最強の魔竜であろう。

 そんな彼女が、カレンたちよりも序列で低い……弱いと言って良い存在の言いなりになる訳が無いのだ。


「……そうか。……そうだな。……だが、油断はするんじゃあねぇぞ。……魔王の間に居座ってる奴らは、腐っても“勇者の中の勇者ブレイブ・オブ・ブレイバー”に選抜された者達だ。どんな秘策を用意してるか、分かったもんじゃあねぇからな」


 それでもブラハムは、アムルへ注意を喚起する事を忘れない。

 油断は禁物だという事は、この魔王城へ来て嫌という程知らされた事なのだ。


「ああ。分かってるって」


 そしてそれは、アムルも十分に理解している事であった。

 何と言っても、あのカレンがまともに戦おうとはせずにブラハムたちへ城外に逃げる様指示したのだ。

 そこには、彼女しか知り得ない何かがあった筈であり。

 それこそが、恐らくは賊たちの隠された能力だろう事は容易に考えられたのだ。


「……じゃあ、気を付けてな」


 静かに横たわったブラハムは、顔だけをアムルへ向けてそう声を掛け。


「……ああ、行ってくる」


 それにアムルは、短く答えたのだった。





 飛来する氷柱を転がる様に躱しながら、アムルは幾度目かの問い掛けをする。


「だからっ! なんでお前が賊のいう事に従ってるんだよっ! ……セヘルマギアァッ!」


 その質問にセヘルマギアは何も答えようとせずに、アムルへと向けた掌より無数の氷弾を出現させ放つ。

 小さいながらも硬度の高い氷塊は、狙い違わずにアムルの元へと飛来する。


「……ちぃっ!」


 そしてアムルは、それを何とか躱す(・・・・・・・・)と言う図式が先ほどから展開されていたのだった。

 どれほど強力でも、アムルの魔法力があれば彼の障壁である程度は防御が可能である。

 それにも拘らず地面を転がりその攻撃を躱すには……当然訳があった。


 ―――今、この部屋では……魔法が一切使えない状態となっていたのだった。


 それは何も、この部屋に仕掛けられたトラップではない。

 これは、セヘルマギアの能力の一端を行使した結果なのだ。

 この状況は、対アムルにとっては非常に有効であろう。

 魔法を得意としているアムルに対して、その魔法を使えなくするという事は一つの戦術であると言って良いからだ。

 しかし、アムル程の高いレベルに位置する魔族ならば、身体能力もある程度優れている。

 肉体のみで戦うには心許ないとしても、その動きは十分に一級品であると言えた上に、ただ高速で飛来するだけの氷弾を躱すだけならばそれほど苦にはならないのだ。

 もっとも、肉体を使った戦闘訓練を殆どしてこなかったアムルでは、その回避行動はどうにも無様なのだが。


 セヘルマギアの攻撃を躱し切り、アムルは再び彼女と対峙する。

 これまでアムルの問い掛けに一切答えず、彼女は攻撃をもって応じて来たのだ。

 明らかな敵対行動なのだが、それでもアムルは疑問を解消する事を優先していた。


「……もう一度聞く、セヘルマギア。……なんでお前ほどの古龍が、三下の命令を聞いてるんだ?」


 古龍は、この世界でも強大な存在であり知性の高い魔獣である。

 それだけに会話が有効であるのだが、だからこそ協力を取り付けるのには骨が折れると言っても良いだろう。

 特に長く生きてきた古龍種ともなれば、ちょっとやそっとの理由では人に合力など望みようも無いのだ。

 何と言ってもセヘルマギアは、この魔界……いや、この世界でも最強の部類に入る古龍である。

 余程の事でも(・・・・・・)ない限り(・・・・)人類に力を貸すなど……ましてや、カレンたちよりも遥かに格下の存在に協力するなど考え難い事なのだ。


「……魔王様。私には私の……事情と言うものがあります。詮索される事を、私は望みません」


 ここでようやく、セヘルマギアが重い口を開いたのだった。

 その口調は非常に丁寧で、話しぶりも実に穏やかなものであった。

 だがしかし、その声音には異常に冷たいものが含まれており、ともすれば完全に敵へと向けた風情すら感じられたのだった。


「し……しかしだな! 今のこの魔王城の異変には、当然お前も気付いてるんだろう!? カレンが囚われている事も……」


「ええ……。存じております」


 セヘルマギアの返答を聞いたアムルは、畳み掛ける様にして質問を続けた。

 もしもここで会話を途切れさせてしまっては、もう彼女との談話など望むべくもないと感じられたからだ。

 ……しかし。


「……くそっ!」


 アムルの問いに短く答えたセヘルマギアは、再び掌から氷塊を放出したのだった。

 彼女が使う特殊技としては、些か威力も規模も小さいと思われるものだが、今のアムルとして見ればそれでも十分に厄介だと言えた。

 何せ今は、アムルは魔法を使えない状態なのだから。


「い……いいから、話をさせてくれ、セヘルマギアッ!」


 そしてアムルは、その攻撃を回避しながらも先ほどと同じ要求を彼女にしていたのだった。


襲い来るセヘルマギア!

防戦一方のアムル!

はたして、アムルは魔竜を突破できるのか!?

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