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奥義、発動!

満身創痍となったブラハム。

しかしそれでも、彼はアムルに助力を求めなかったのだった。

 ブラハムの動きをもってすれば、魔像の繰り出した全方位攻撃も躱せていただろう。……普段ならば。

 それでも、不測の事態と言うものは起こるものだ。

 ブラハムが攻撃に専念するあまり、敵の動きに注意を払いきれなかったのはこの際大きな失態と言える。それでも、そうであっても彼ならば回避可能な攻撃だった。

 しかしブラハムは、もう一つ大きなミスをしてしまっていた。

 それは、重圧下に幾分慣れていた彼は振り払った圧力が徐々に復活している事を知りながら、それを打ち消す事を後回しとしてしまっていた事だろう。

 結果としてその行為は、魔像の不意打ちを避ける動きを阻害してしまった。

 そして彼は、無数の傷を受ける羽目に陥ったのだった。


「だ……大丈夫か、ブラハムッ!?」


 傷だらけとなったブラハムに向けて、アムルが慌てた声を掛ける。すでにその手には、回復魔法の準備がなされていたのだが。


「あ……ああ。これくらいは……何ともねぇよ」


 その行動を手で押し留めたブラハムは、腰にした布袋から回復薬(クラーレ)を取り出して一気に呷った。

 残念ながら、彼の持つ回復薬ではその身の傷を全て癒す事は出来なかった。それほどに、今受けた刺し傷は深いものだったのだ。

 それでも、彼がその事を気にしている様子はない。……呼吸は荒く、苦痛に顔を歪ませてはいても。


「……ブラハム。やっぱりここからは、俺も……」


 さすがにその様な姿を目の当たりにしてしまっては、ブラハム一人には任せておけない。彼の言を信じないアムルではないが、このままでは彼の命に関わると感じられたのだ。


「必要ねぇって言ってるだろ? こんな木偶なんざぁ、俺一人で十分なんだよ」


 超重力下で、しかも傷を負い決して楽観出来ない状況にも関わらず、ブラハムの意見は変わらない。この場に及んでも尚、彼は1人で魔像を破壊しようと言うのだ。


「だ……だが、その傷では碌に動けないだろう!? それに、俺の魔力の温存を考えているんなら、これまでのお前の活躍でもう十分に……」


「……それだけじゃあねぇよ」


 それでもアムルは、ブラハムに共闘の案を持ち掛けた。如何に彼に「血華斬」と言う技があったとしても、その使用条件が「生命力」だと考えれば、傷ついている今の状態での使用が命に関わるという事は簡単に結びつく理屈だ。それもただの傷ではなく、重傷なのだからアムルの心配も強ち大袈裟ではない。

 しかしブラハムがアムルの申し出を断るのには、他に理由があるようであった。


「……お前ぇには、カレンをちゃんと助け出して貰いたいんだよ。あいつぁ……俺の妹みたいなもんだからなぁ。ちゃんと救い出して、ちゃあんと幸せにしてやって欲しいんだ」


 ブラハムは、これまで口にしなかった別の理由(・・・・)を述べたのだった。

 ブラハムとカレンは、丁度一回り程歳が離れている。ブラハムの容貌も相まって、下手をすれば父娘と見られてもおかしくは無いだろう。もっともそれは、マーニャやエレーナも同様なのだが。

 そんなブラハムが、勇者として彼女達と人界を旅する内に肉親に抱くような情を抱いてもなんらおかしくはない。


「そ……そりゃあ、勿論……」


 ただしそれは、今更ブラハムに言われるまでも無くアムルも常に考えている事だった。

 彼が妃としてカレンやマーニャ、エレーナを迎えたのは、何も伊達や酔狂での事ではない。本当に愛し、幸せにするつもりがあればこそ妻に娶ったのだ。


「……なら、先へ進む……いや、先へ進み続ける(・・・・・・・)為の最善策を取るとしようぜ」


 アムルの返答に、ブラハムは満足そうに頷いて話を続けた。彼はここでの勝利だけでなく、更にその先へ……そして、魔王の間へ向かう為の良策を選ぼうと言っているのだ。


「俺がこれから……全霊をもって奴をぶっ壊す」


 ブラハムの言葉には、反論の余地など入らない程の気が込められていた。ただ一つアムルに分かる事は、今の彼がそう宣言したからには間違いなく魔像を破壊するという事だけだった。


「その後……俺は動けなくなるだろう」


 魔像から放たれ続けている光線が、アムルの防御障壁に防がれる。その攻撃と障壁の衝突時に発生する炸裂光がブラハムの彫りの深い顔に陰影を与え、彼の本当の表情を覆い隠してしまっていた。


「……まぁ、死にゃあしないだろうがな。この先、戦力にはならないだろう。だからアムル……」


 ブラハムは、敢えてその先を口にしなかった。そしてアムルも、改めてブラハムに言われなくとも彼が何を言おうとしているのかを察していたのだった。


「……本当に……死んだりはしないんだな?」


 ただ、これだけは確認しておきたかったのだろう。アムルはこれ以上ないと言う真剣な眼差しをブラハムへと向けた。

 どのような理由があれ、ブラハムの死の上にカレンが助かっても決して彼女は喜ばない事は自明であり。

 そんな事は、誰よりもアムルが望んでいなかったからだ。


「……ああ。俺の最後の敵(・・・・)があの程度の魔像で、俺の最期となった地(・・・・・・・)がこんな辛気臭い部屋だなんて、俺の予定にはないからな。……俺の『命』を掛けるまでもねぇよ」


 そんなアムルの問い掛けに、ブラハムはどこかお道化た口調で返した。そんな彼の声音とは裏腹に、その表情は引き締まり決して悲壮感を抱かせない。

 アムルはそれで、彼の言い様に偽りがないと理解し頷き返したのだった。

 アムルの心情的に、本当のところはブラハムに助勢したいだろう。それどころか彼が許すならば、代わりに戦闘を請け負いたいとも考えていた。

 だが残念ながら、そのどちらもブラハムは良しとしないのだ。

 それも、アムルを温存し先へ進ませる為に。

 決死の覚悟を見せつけられては、これ以上彼の心意気に水を差す真似など出来ようはずも無かったのだ。


「……くぉぉぉぉおおおっ!」


 まるで吐息の様に空気を吐き出し始めたブラハムは、しまいには大声で気合を入れる様に叫んでいた。その気迫は大気を揺るがし、この部屋全体を振動させる程のものであった。

 それと同時に、例の「血華斬」が発動する。

 その光景を、アムルは目を見開いて見つめていたのだった。

 それもそのはずで、今回発動した「血華斬」は先程までの様に剣だけに光を点すだけではなく、そして紅い光でもなかったのだ。

 ブラハムから揺蕩いながら発している光は……紅紫。

 しかもそれが、全身から湧きたっている。

 それはまるで、体内で何かが沸騰して噴き出している様な、そんな錯覚をアムルに与えていた。


「……っくぞおおぉぉっ! 血華斬奥義っ! 『鬼哭っ! 絶滅断っ!』」


 止めたくとも声が出せないアムルをしり目に、準備が整ったブラハムが喚声を上げる。

 裂帛の気合が籠るその声を受けて、アムルは思わず吹き飛ばされそうな錯覚を起こした。

 そしてブラハムが剣で宙を一閃し、そのまま床を蹴って跳躍する。信じられない様な力を引き出しているブラハムの姿は、比喩表現抜きでその場から掻き消えたかのだ。

 慌ててその幻影が向かう先へとアムルの目が追いかける。どこに向かうのかは、今更言われなくとも分かる話であった。

 そしてその通り、ブラハムの姿は魔像の正面に確認する事が出来たのだ。

 一瞬の……と言って差し支えのない攻撃は、アムルがブラハムの姿を捉えた時にはすでに終わっていた。

 彼の姿勢はもう剣を振り下ろしており、そのままの姿で止まっていたからだ。

 神速の剣撃は魔像に迎撃の機会すら与えず、更にはその身体を斬る音さえ発する事は無かった。

 それでも、その決着がどうなったのかは……アムルがブラハムに尋ねなくとも知る事が出来た。

 何故なら、アムルにも圧し掛かっていた「重力魔法」が次の瞬間には消え失せていたし……それに。

 静かに……それでいて徐々に、魔像の身体が分割されていったからだ。

 丁度宝珠を中心にして、まさに真っ二つとなった魔像が左右に分かれそして……霧散して消えうせた。


「ブ……ブラハムッ!」


 それを確認する事でようやく動き出せる様になったのか、アムルはブラハムの名を呼び駆け出していた。

 そしてそれを聞いて漸く役目を果たしたと感じたのか、それまで動かなかったブラハムの身体がゆっくりと……床へ沈んでいった。


遂に決着を見る。

だがその直後、ブラハムはゆっくりと倒れたのだった。

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