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別行動

宮殿を出たアムルたちは、早速行動を開始する事にした。……のだが。

 ここ魔王都レークスは、魔王城より1里ほど離れた場所にあるのだが、れっきとした魔界の首都であり魔王城の城下町として栄えていた。

 魔王城は、王の座す城と言う本来の目的として建造されたものではなく、外敵からの迎撃を目的とした要塞であり……それ等の目を引く「囮」として機能している。

 魔王の敵となるものの目的地は、言うまでも無く魔王の居城となるだろう。

 そんな注目を集める様な建物周辺に、人々が住む街を拓く訳にはいかない。

 それ故に、その地を治める城が街よりも少し離れた場所にあるのは、至極当然の事だった。




 そんなレークスで、今宵は明日の「建国祭」に先駆けた「前夜祭」が街を挙げて行われている。

 翌日の建国祭は格式ばったものとなる反面、この前夜祭は正しく「祭り」と評して差し支えないほどの賑わいを見せており。


「ねぇねぇ、カレンおねぇちゃん! おみせ、みにいこうよう!」


 その雰囲気に中てられたのか、アミラがカレンの手を引き先導しようとすると。


「ねぇちゃ……いこ」


 ケビンもアミラとは反対の手を取り、カレンを急かしにかかった。


「ちょ……ちょっと! 分かった、分かったから!」


 そして、そんなカレンは彼女たちの言われるままに、半ば引き摺られる様に歩き出していた。

 ここ2カ月の間で、他の3人よりもカレンはアミラ達に慕われ懐かれていた。

 天真爛漫で可愛らしいアミラと、人見知りが激しいが素直で大人しいケビンの事を、カレンの方も妹や弟のように接して可愛がっていたのだ。

 そして今回も、アミラ達はカレンの手を取って離そうとせず、カレンの方もまんざらでは無いようだった。


「お姉ちゃんのいう事を聞いて、逸れるんじゃあないぞ」


 そしてアムルも、アミラ達がカレンと仲良くするのをどこか微笑ましく見守っている。


「はぁ―――い!」


 元気だけは一丁前のアミラが振り返りもせずにアムルにそう答え、カレンの手を引きさっさと街の方へと繰り出していったのだった。


「あらあらまぁまぁ。2人とも、迷子にならなければいいのですが。……あ、3人とも……でしょうか?」


 アムルの横に並んだレギーナが、困ったような笑顔を浮かべて頬に手をやりながら、彼女たちの去った先を見つめてそう呟いた。

 今のレギーナもまた普段の王宮着ではなく、街の女性が着る様な質素な服装をしている。

 それでも彼女の美しさが損なわれるような事は無く、宮廷の手入れされたバラが野に咲くキキョウに風変わりした程度でしかなかった。

 吸い込まれそうな青空に、まるで夜空を思わせる漆黒の髪が靡き、透き通った金色の瞳が優しさを内包して湛えられている。

 その立ち居振る舞いの中にも気品差を醸し出しているレギーナは、どのような格好をしていても麗人と言って差し支えない。


「あ、本当ねぇ。アミラ達もそうだけど、カレンだけだとこの街で迷っちゃいそうよねぇ? ……どうしよっか?」


 レギーナの呟きに答えたのは、どこか面白そうな表情で手を翳し眼を眇めてカレンたちの向かった先を見つめるマーニャだった。


「そう思うなら、早く追いかけませんと―――。カレンはともかく、アミラ達が心配ですし―――」


 そして、そんなマーニャを窘める様に口を挟んだのは、言わずもがなエレーナであった。

 2人とも、レギーナと同じく普段とは違う街人姿となってはいるのだが、元々の素材が良いからなのかその外見にはどこか華がある。


 マーニャは、レギーナと対照的といって良い服装だ。

 やや癖っ気のある深紅の髪を長く伸ばしてはいるのだが、今は頭の両側で束ねた所謂ツインテールにしている。

 それでもその長さゆえか、それぞれの髪の先端は腰にまで達しており、彼女が動くたびにフリフリとその美しさを振りまいていた。

 チェック柄の街着に丈の短いスカートを合わせており、全体的に見れば何処か子供っぽい、それでいて健康的な服装で身を固めている。


 それに対してエレーナはよく言えば落ち着いた……悪く言えば地味な服装をチョイスしていた。

 レギーナに負けず劣らずの美しい黒髪だが、それも肩のところで切り揃えられており残念と言わざるを得ない。

 慈愛を湛えたその瞳は黒に近しい紫色に輝き、全体的に大人の女性を醸し出している。

 選んだ服装も襟付きのシャツにロングのスカートと、年齢からすれば今一つ色気に掛けているだろうか。

 それでも、元々神職についていた彼女の立ち居振る舞いは堂に入っており、いっそ清楚と言って過言ではなかったのだった。


 思わずそんな2人の姿に魅入ってしまっていたアムルだが、隣にいるレギーナから肘でこずかれて、漸く我に戻ることができていた。


「カ……カレンたちは、俺たちが探してくるよ。マーニャとエレーナも、良かったら出店を楽しんでくると良いよ」


 意識の手綱を取り戻せたアムルは、マーニャ達に改めてそう提案した。

 元々、まずは好きなように街を回り、思うように行動する事が予定されていたのだ。

 広い……と言っても、ここは城壁に囲われた街の中であり、この仮王宮は街のどこからでも確認する事が出来る。

 迷えばこの王宮に戻ってくれば良いだけなのだから、わざわざ全員で行動する必要はない。


「そうねぇ。……そうだ、エレーナ。良かったら、私と一緒に見て回らない?」


 アムルの言葉に、マーニャは僅かに考えた後、隣にいるエレーナにそう提案した。

 このセリフにはアムルも、そして隣にいるレギーナも、更には後ろで控えていたブラハムも驚きの表情を浮かべている。

 この2人が犬猿の仲……とまでは言わなくとも、決して馬が合わないという事は、付き合いが長いとは言えないアムルたちや、バトラキールやリィツアーノまで知っていることだ。


「そうですね―――。たまにはそれも、良いかもしれませんね―――」


 どこか揶揄うような、意地悪を言うような表情で問いかけたマーニャに、エレーナはその笑顔を崩す事無くそう返答した。

 アムルたちが、更に驚かされた事は言うまでもない。

 もっとも、提案を持ち掛けたマーニャもそして、それを受けたエレーナもまた驚いているという様子はうかがえないのだが。

 双方ともにニンマリとした笑顔を浮かべて、そのまま街の方へと歩き出したのだった。


「こりゃあ、驚いたぜぇ。あの2人が、2人だけで行動を共にするなんてよ」


 そんな彼女たちの後姿を見送りながら、残されたブラハムが呆然とそう呟いていた。

 彼女たちが立場上仲良くなれないのは、彼も旅を同行する内に理解していた。

 神の身元に仕える僧侶であるエレーナと、その教義から拒絶された存在である魔女のマーニャ。

 この2人が、仲良くなれる道理など無かった。

 勿論、無条件に忌避していたのは最初だけで、戦いの旅を続けるうちに随分と蟠りも解け、互いに信頼している事は傍で見ていたカレンやブラハムにも分かっていた事だった。

 それでも、長年互いに対立してきた存在を前に、そう簡単に心を許せるはず等ないのも事実である。

 表面上は諍いなど起こさなくなった2人だったが、それでもどこか線を引き、過剰に慣れ合わないようにしてきていた。

 そんな彼女たちが、誰にも命じられたわけでもなく、それぞれの意思で行動を共にすることを決めたのだ。

 これには、驚かずにはいられない事だろう。


「さて……と。魔王様、私はアミラ様達を探しに参ります。カレンは放っておいても問題ないでしょうが、ご息女とご子息はまだ幼い子供。楽しみを取り上げるような事は致しませんが、やはり動向は把握しておいた方が良いでしょう」


 驚きに動きを奪われていたのは僅かな間。

 ブラハムは自らの本分を確りと理解しており、自らそうアムルたちに提案してきた。


「そうだな。ブラハム、済まないけど宜しく頼むよ」


 ブラハムもまた普段の近衛騎士団甲冑ではなく、今は普段着となっている。

 こちらはアムルと同じように飾り気もない、本当に町人ならば誰でも来ている様なラフな格好だ。

 それでも彼の浅黒い肌と、その下に詰め込まれている筋肉はしっかりと強調しているのだが。

 彼はアムルの懇願に恭しく一礼すると、しっかりとした足でその場を去っていった。


「さぁ、あなた。私たちも、街へ向かいましょう」


 残された形となったアムルとレギーナだが、彼女の提案にアムルも頷いて答え、祭りで賑わう街の中心地へと歩を進めだしたのだった。




それぞれ思い思いに散っていったアムルたち。

そして、祭りはその華やかさを増してゆく。

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