満身創痍の決着
意を決したブラハムが、シヴァの支配領域に足を踏み込む。
ブラハムの一撃は、シヴァを捉えるのか!?
シヴァの展開した極低温空間に踏み込み、ブラハムは一気に攻撃態勢を取った。
瞬時にして彼の髪から顔、腕や胸に腹、太腿からつま先に至るまで霜が張り付きブラハムを凍り付かせようとしている事は明らかだった。
それでも彼はそんな事など気にしていないかの様に、その動きには一切淀みが無い。
「つぅあっ!」
そして気合一閃、ブラハムは振り上げた大剣を一気に振り下ろした。神速と言っても過言ではないその剣閃がシヴァを襲った……のだが。
「があっ!」
突然、ブラハムの太腿から鮮血が迸る。
極低温状態の空間では、彼の熱く滾った血液も一瞬で凍り付いてしまう。それどころか、その傷口さえ氷結し流血を許さない。
明らかにシヴァの攻撃であり、それは効果的な一撃と言って良かった。
シヴァの攻撃を受けて、ブラハムは体勢を崩されて攻撃を中断せざるを得なかったからだ。
ブラハムの大腿部には、まるでキリで穿ったような穴が開いていた。細く超速の何かに打ち抜かれた事が明らかな痕跡だった。
どれほど強大な一撃であっても、その発射台がグラついてしまっては安定した攻撃とはならない。
まさに今、シヴァを捉えようとしていたブラハムの斬撃であったのだが、結果としてそれは不発となった。
ただし、攻撃を中断させられたブラハムだが、今度はその場から飛び退き間合いを取るような事はしなかった。
時間を掛けてしまっては、シヴァに態勢を整えさせる事となってしまう。
それに、ブラハム自身にもそう長い時間の行動が許されている訳では無いのだ。
その場に足止めされてしまった形となったが、それでもシヴァはまだ彼の攻撃範囲内にいる。
ブラハムは再び剣を振り上げ、大上段からの一撃を見舞おうとしたのだが。
「ぐふっ!」
「ブラハムッ!」
先ほど彼の太腿を穿った一撃が、今度は脇腹を貫いたのだった。
その時、ブラハムとアムルはその攻撃を確かに見た。ブラハムの脇腹を打ち抜いたのは、光線のように収束された凍気だったのだ。
「あれは……躱せない」
それを理解したアムルは、思わずそう口にしていた。
呪文の詠唱も無く予備動作もなしで放たれる魔法は、ただでさえ避けるのが困難だ。
それに加えてこの攻撃は、認識するのも難しいほどの速度で撃ち出される。
本当ならばそれが来ると想定して、準備していた障壁で防ぐのが最適解だろう。
しかし残念ながら、ブラハムに魔法を防ぐ手段はない。
躱すか若しくは……耐えるしかないのだ。
(運が良かった……と言うより他にないな)
それでもブラハムは、剣を構えて動きを止めたままその様な事を考えていたのだった。
彼のこの思考は、普通に捉えればおかしな話である。
ブラハムには回避不能の攻撃をシヴァは繰り出してくるのだ。どちらかと言えばこれは、絶体絶命に近い状況だと言える。
それにも拘らずブラハムは、その様な考えを持ったのだ。
それだけではなく、彼は薄っすらと笑みさえ浮かべていた。それはそのまま、その考えが決して強がりではないという事でもある。
そしてブラハムは、渾身の力を込めて剣を振り下ろす動作に入っていた。
再び、彼の左肩を凍線が貫通する。
それでも今度は、ブラハムの動きを止めるまでには至っていなかったのだった。
来ると分かってさえいれば、耐える準備をする事は可能だからだ。
(この攻撃を、俺は躱す事なんて出来ない。……だが)
痛みに耐えさえすれば、動きを阻害される事は無いのだ。
ブラハムの今度の攻撃は、シヴァの攻撃を受けても止まる素振りさえ見せないでいた。
(だが、この攻撃は貫通力は凄まじいが……射貫かれても、動けなくなるほどの損傷を肉体は受けない)
加速度を増したブラハムの剣が、これまでにないほどの紅を纏う。その光は尾を引き、白色に染まる空間の一部を血の色に染め上げて行った。
(心臓か……頭。即死に至る部分でなければ、俺は動き続ける事が出来る。そこに攻撃が来ないという事は、俺の急所を分かっていないのか奴の攻撃が狙いを付けることの出来ないものなのか……)
「ぬぅうんっ!」
少女に剣が接触する直前、ブラハムは更に気合と力を込めた。
それと同時に彼の左前腕を更に凍線が貫くも、ブラハムに動じた様子はない。
渾身の一撃を察したのか、シヴァが右手を掲げて防御行動に入る。
白の少女の掌には、見てわかる程に圧縮された凍気が集約されていた。
それは、先ほどまで使っていた防御障壁とは明らかに違うと分かるほどのものだった。
「ギュバァッ!」
だが、その強固と思える防御でさえブラハムの攻撃の前には無力だった。
ブラハムの剣と少女の障壁が接触し、これまでにない大きな音の異音が発せられたのはほんの一時。シヴァの防御は、ブラハムの剣の勢いを殺す事は出来なかったのだった。
そして彼の剣は、そのまま少女の右肩に食い込むと一気に左わき腹へと袈裟切りにした。
体を二分にされ、断末魔の声をわずかに上げた少女の魔獣は、体が床へと倒れる前に霧となり消えうせてしまう。
「ブラハムッ!」
決着と見たアムルが、部屋の中央で片足を付いて肩で息をしているブラハムに声を掛けて駆け寄った。当のブラハムは、そんなアムルの声を聴いても反応が無い。
「ブラハムッ!」
ブラハムの傍らまでやって来たアムルがもう一度声を掛けると。
「……大丈夫だよ。俺ぁ、まだ生きてるって……」
力の籠らないブラハムの返答が聞こえて来たのだった。
思わずアムルは、小さく嘆息して安堵する。
「おいおい……。大丈夫かよ? ボロボロじゃねぇか」
外傷をその目で確認したアムルは、そのどれもが致命傷でない事を悟りその様な憎まれ口を告げた。
確かに今のブラハムには、安否を問う言葉よりも挑発するような台詞の方が効果的とも言える。
「ああ……。傷はともかく、剣技『血華斬』を使うと疲労が半端なくてなぁ……。少し長めに休ませてもらえると助かる……」
それでも、強がるところがあるブラハムであってもその様な余裕は無いようであった。
彼の口から「休みたい」と出る所が、先ほどの剣技「血華斬」の苛烈さを物語っていた。
「まぁ、それはいいけどな……。それよりもその『血華斬』ってのは、どういう理屈の技なんだ?」
実際のところ、アムルたちはかなりハイペースでこの魔王城を攻略している。
普通の冒険者で考えれば恐らくは数日を掛けて辿り着くところに、僅か半日で立っているのだ。これは異常ともいえる速度だと言える。
故にアムルは、ブラハムが休みたいと言う申し出を即座に認めたのだ。
それよりも今のアムルには、先ほどブラハムが使用した剣技の方に興味が湧いていた。……と言うよりも、危機感を抱いていたのだ。
「そうだな……。説明と言うならしてやってもいいが……。後でな……」
そういうとブラハムは、その場に倒れて気を失ってしまったのだった。
僅かに慌てたアムルだが、彼が確認したところではただ眠りについているだけの様であった。
ひとまず安心したアムルはこの部屋に他の仕掛けがない事を確認し、念の為に防御障壁を大きめに張って自身も休息を取る事としたのだった。
防御ではなく警戒のための障壁を張る程度の事では、アムルの魔力消費など微々たるものだ。
アムルはブラハムのカバンから回復薬を取り出し彼に使用し、自分も浅く仮眠を取るために目を閉じたのだった。
ついに決着を見たシヴァとの戦闘だが、その代償は小さくは無かった。
休息を取るアムルたちだが、まだ魔王城攻略が終わった訳では無い……。




