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秘策

アムルへの助力を断ったブラハムが、再びシヴァの方へと跳躍する。

 部屋の中央で万全の態勢にて待ち受けるシヴァへ向け、ブラハムは驚くべき速さで接近を試みる。


「つぇいっ!」


 そして間合いに入ると同時に、肩に担ぐ様に構えていた大剣を一気に振り下ろしたのだ。その光景は、正しく先ほどのものを再生したかのように同じであった。

 当然の事ながら、前回同様に彼の大剣は何の手ごたえも伝えぬままに精霊の身体をすり抜ける。


「しゃあっ!」


 ただしこれもまた当然の事ながら、ブラハムの攻撃は先ほどと完全に同じと言う訳では無かった。

 振り下ろし精霊の身体をすり抜けた大剣を強引に途中で止めて、そのまま胴を薙いだのだ。しかもそれだけでは終わらない。


「りゃああぁぁぁっ!」


 完全に足を止めたブラハムは、精霊へ向けてそのまま無数の斬撃を見舞い続けた。

 上下左右、四方八方からの攻撃に、さしもの精霊も反撃の機会を逸している様に見えた。


 ……のだが。


「やべぇっ!」


 確かに精霊は、その怒涛の斬撃に戸惑ったのかもしれない。だがそれもほんの僅かな間だけであり、ブラハムが気付いた時には先ほどのように胸に手を宛がわれていたのだった。

 しかし今回はブラハムも精霊のその行動は織り込み済みで、即座に体を移動させて精霊の掌から逃れる事に成功する。

 そして今度はブラハムは、斬撃に加えて動きも交えて攻撃を加速させた。

 立ち尽くし成す術がない精霊に対し、ブラハムはシヴァの周囲を飛び回るように動き回り無数の太刀を浴びせてゆく。正しく今、ブラハムがシヴァを翻弄している……のだが。


「……手ごたえが全くねぇっ!」


 攻撃を繰り返しながら、ブラハムが音を上げた様に一声そう叫んだ。

 それは、改めて言うまでも無くブラハムが先ほど経験していた事であり。

 アムルより説明を受けていた事であった。

 それでもブラハムは、この「シヴァ」が未完成品であるという事を考慮に入れて、どこかに弱点が無いか探る攻撃を繰り返していたのだ。

 そして、出た結論が……これであった。


「……っ!? ブラハムッ! 退けっ!」


 ブラハムがその声を上げるのと、彼の周囲が異常を発し、アムルが声を上げるのはほんの僅かのずれがあれど殆ど同時であった。

 アムルがそれに気づき、ついでブラハムも感じ取った異常は、ブラハムに回避の暇を与えることなく実行される。


「こ……これ!? やばっ!」


 シヴァとブラハムを中心として、急激に周囲の空気が凝結したのだ。

 それは氷属性の魔法を発動したというよりも、空間の色を塗り潰したように。

 周辺の空気を凍らせたというよりも、突然色彩が反転した様に一瞬の出来事であり、その効力からは何人も逃れる事は不可能だと思わせるほどだった。

 しかしさすがに歴戦の猛者であるブラハムは、肌で感じ取った危険にそのまま対応を見せた。

 まるで硝子を割ったような音が周囲に響き渡り、曇りガラスの中から飛び出すようにブラハムの姿が現れる。

 考えるよりも早く彼は大きく跳躍して、そのまま距離を開けアムルの至近まで退いたのだった。


「……危うく、氷漬けにされるところだったぜぇ」


 肩で息を吐き、片膝をつくブラハムの殆ど全身が凍り付いていた。

 恐るべきは、ほんの一瞬前までそんな予兆など無かったのだ。

 それにも関わらず、次の瞬間にはブラハムは全身を凍らせられようとしていた。これが恐ろしいと言わずして何と言おうか。


「瞬間冷却だな……。あの周辺に立ち込めていた冷気の力も借りて、一瞬で獲物を凍り付かせる魔法……事象ってとこだろうな」


 ブラハムの様子を見て、アムルが冷静な分析を彼に聞かせる。それを聞かされても、ブラハムとしてはどうしようもなかったのだが。

 そして、状況はますますブラハムにとって悪い方向へと動いていた。

 彼は、接近戦を主として戦う戦士である。

 敵に近づかなければ、彼の持つ剣を振るう事も儘ならないのだ。

 瞬間的に凍り付いた彼の髪から氷が溶けだし、その頬を伝う。それは、ブラハムの脂汗なのかどうか判別がつかない。


「……へ……へへ。まだ、心配される場面じゃあねぇなぁ」


 ポタポタと水滴を滴らせて、それでも不敵な笑みは崩さずにブラハムはアムルに先制攻撃を加えた。

 今まさにアムルは、ブラハムに助勢の要不要を問おうとしていたのだが、それに機先を制された格好となった。


「……とは言ってもなぁ。物理攻撃の効かない体に自分をも巻き込んだ範囲魔法だぞ? お前に打つ手があるとは思えないんだが?」


 しかしアムルは今度は、ハッキリと懸念材料をブラハムへと言い放った。

 このまま戦い続けても、ブラハムが勝利を得る事は考えにくい。だがシヴァが追撃を仕掛けてこない点を踏まえれば、ブラハムが敗北する事も有り得ない。

 つまりこれは、千日手の様相を呈していると言っても過言では無いのだ。

 そしてそれを打破するためには、アムルの参戦は必然だとそう考えたのだが。


「くく……く。アムルよう……。俺が意地や見栄でこんなことを言ってると思ってんのかよ?」


 明確に付きつけられた現実に対して、それでもブラハムは威勢を削ぐことも無くアムルへ答えた。その態度は彼の言葉通り、決して虚栄心から滲み出ているものではなかった。


「アムル……。お前、俺が誰だか忘れてやいないかい?」


 キョトンとするアムルに向けて、更にブラハムの言葉が飛び。

 アムルの目の前で、ブラハムの姿が徐々に野性味を増してゆく。

 ともすればその気勢に吹き飛ばされてしまいそうな錯覚に陥り、アムルはその場に留まるために僅かに肢体に力を込めた。


「俺は“勇者の中の勇者ブレイブ・オブ・ブレイバー”で“神色の勇者(カラード)”。そして、その中でも序列5位に連なった“赤の勇者”だぜ?」


 更に狂暴さを増してゆく表情を浮かべ口の端を吊り上げるブラハムの姿は、正しく凶悪そのものだ。


「お……おい!? ブラハム、お前何を……!?」


 そんなブラハムは、アムルの前で奇行に走ったのだ。


 ―――つまり……自らの剣で、自身の右手首を斬り付けたのだった。


 かなり深く斬り付けたのだろう、彼の右手首からは多くの血が流れだし床に滴り落ちていた。

 突然の自傷行為を目の当たりにしてアムルは驚愕していたが、当のブラハムに変化はない。正気を失っているとか自暴自棄となっている様子はなく、いたって平静さを保っていたのだった。


「……カレンに『精霊剣』があるように。……アムル、お前ぇに『天衣魔法』があるように。俺たちにだって隠し玉(・・・)ぐらいあるんだよ」


 そしてゆっくりと、ブラハムはアムルへ種明かしを口にする。

 彼はカレンやアムルのように、取って置きの技が自身にも存在するとそう言っているのだ。

 もっとも、ブラハムはカレンには精霊剣の更にその上を行く「聖王剣」があることや、アムルの使う「召喚魔法」もまさか魔神をその身に宿らせる「憑依術」だとは知らないのだが。


 血の滴り続ける右手に、ブラハムは愛剣を握りこむ。

 血糊でべっとりの右掌で掴まれたその柄は、あっという間に血に塗れてしまった。


「お……おい、ブラハム」


 未だに噴き出している右手を気遣って、アムルは声を掛けるも。


「それじゃあ……行くぜ」


 そんなアムルを無視して、ブラハムは標的を睨みつけた。

 彼の視線の先には、相も変わらず表情のない少女が幽鬼のように佇んでいる。


「……はぁ!」


 ブラハムは今度は、気合を込めて駆け出した。その動きは先ほど同様、迅速な動きであった。

 ただ一つ違う処は、これまで大剣を担いでいた構えだったのに対して、今度は剣先が床を擦らんばかりに下げている。それはまるで、剣を引き摺る様な構えだった。

 いっそ力が籠っていないように見えなくもないその構えだが、そう思えたのはブラハムが接敵するまでの間だけ。


「ちぇいっ!」


 シヴァの展開する低温領域に躊躇なく侵入したブラハムは、その身を凍らせながらも手にした剣を少女へ向けて斬り上げたのだった。


ブラハムの秘策とは一体!?

そして、実体剣の通じないシヴァに対して有効な手段はあるのか!?

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