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扉の真実

アムルの、扉に対する考察はまだ続いている。

ブラハムは、ただ静かにその説明を聞いていた。

 アムルの話に、ブラハムは完全に聞き入っている。彼の説明には説得力があり、この状況を打開する事が出来ると思わせるに十分だったからだ。


「このプレートに書かれている文言は、出来るだけこの扉に触れさせないようにしていると考えられないか?」


「ふぅむ……」


 しかしその言葉を聞いたブラハムは、すぐには納得出来ないでいた。

 アムルに説明されればそう取れなくもないプレートの文書ではあるが、そこまで深く考える内容だとは思えなかったのだ。ただ、しっかりと考えて扉を開ける手段を探し出せと問われている様にしか受け取れなかったのだった。


「……確かにそう言われれば、この扉を開ける手段は力押しとは別にあり、それを見つけ出せと言われている様に思えなくもないな。でもそりゃあ、考え過ぎなんじゃあないか?」


 それでもブラハムがただの猪武者では無いのは、他者の意見を踏まえて自身の考えを導き出せるところにある。

 彼はアムルの意見を聞いたうえで、それでもその案に疑問をぶつけたのだ。

 もっともアムルにはそれすらも織り込み済みだったようで、ブラハムの質問にも鷹揚に頷いて応えた。


「そうだ。だがこのプレートを見た後でどうやっても開かなければ、やはり扉を開ける手段は他にあると早々に考えるんじゃあないか? もしそうなれば、やっぱり鍵を探しに向かうのが心情ってもんだろ? それこそが、この扉の罠なんだよ」


 アムルの言い様は、自身の出した結論に全く疑問を抱いていない。思い込みの側面もあり、一方では自分の思考に傾倒し過ぎていると取れなくもない言葉だった。

 だがブラハムは、このアムルの話に合点していた。

 先ほどは考え過ぎではと苦言を呈した彼だが、改めて状況を整理したアムルの説明には一定以上の説得力があったのだ。

 もとより、ここには2人しかおらずアムルに対案をぶつける者はブラハム以外にいない。

 その彼が、アムルの考案に納得したのだ。

 それがいわゆる「言い包められている」状態であっても、それに異を唱える者などいない。


「それで……。この扉を引けってことだな?」


 もはやブラハムには、反対意見の出しようもなかった。そもそも、反対意見という程アムルの話に食い下がった訳でもない。

 僅かな疑問もあっさりと解消されてしまっては、ブラハムには彼の言う通りにする以外の手立てなど用意していなかった。


「ああ、そうだ。だが、手前にじゃあないぞ。左側か右側に引いてみるんだ」


「左か……右?」


 確かに先ほどブラハムは、扉を押してみてそれでも微動だにしないのを確認すると今度は手前へと引いてみた。勿論、それでも全く動かなかった訳だが。


「……ふぬっ!」


 アムルの言う通り、ブラハムは先ほどは試そうともしなかった扉を、まるで引き戸を開く様に左側へと引いてみた。それでも扉は、ピクリとも動じない。


「ぬぐっ……」


 今度は彼は、扉を右手に引いてみた。それでもやはり、扉は一寸たりとも動かなかったのだ。


「……だめだ、こりゃあ。……そもそも、ノブが付いてるんだぜ? 普通この形の扉は、向こう側に押すか手前に引くかして開くもんだぜぇ」


 そしてブラハムは、至極当然の意見を口にしたのだった。

 通常扉にノブがついていれば、ブラハムの言った通り押すか引くかで開く事が出来る。

 もしも先ほどアムルが指示した通りに開くとするならば、この扉にはノブではなく引手が付いている筈であるのだ。


「ふむ……。それじゃあ今度は、上へ持ち上げて見てくれないか?」


「う……上ぇ!?」


 次に出したアムルの指示を聞いて、流石にブラハムは声を裏返らせて彼の言葉を鸚鵡返ししていた。これまでにブラハムは、ノブのついた扉を上に引き上げる様な真似をした事が無いのだから仕方がない。

 唖然とするブラハムだが、アムルに先ほどの言を撤回する素振りは見えない。

 ブラハムは渋々と言った態で扉のノブを掴んだ。その動きは緩慢で、どうにもアムルの言葉を信じている様子は伺えなかったのだが。


「……お!?」


 ブラハムが僅かに上方へと力を加えると、扉は上方向へとスライドする素振りを見せ、彼は思わず声を零していた。


「むんっ!」


 今までと違う挙動を見せる扉に、ブラハムは確信をもって更に力を込めた。

 金属と石壁の擦過音が聞こえ、扉が徐々に上方向へと押し上げられてゆく。


「やっぱり、鍵は無かったようだな」


 その結果を前に、アムルは満足そうに頷いてそう口にした。

 その間にも、徐々に扉は上へと擦り上がり開いて行く。


「ぬ……あああっ!」


 取っ手だけでは力が入らないのだろう、ブラハムは扉にも手を当てて更に持ち上げようと試みていた。

 それが功を奏したのか、今や扉はブラハムの顔のところまで引き上げられている。

 しかし余程の重量があるのだろう、ブラハムの腕の筋肉はプルプルと痙攣し、彼の全身も小刻みに震えていた。


「か……感想はいいから、とっとと潜れっ!」


 そして彼は、腹の外から引き絞った声でアムルを急かした。彼にのんびりと構えられては、そう長い時間この状態を維持する事が難しいとブラハムは判断したのだ。

 彼の持つ“とっておき”をここで使えば、この扉を現在の状態に保持し続ける事など造作もない。

 だが彼は、こんな事でそんな“技”を使おうとは微塵も考えていなかったのだ。


「お……おう」


 ブラハムの震える声を聴いてアムルも慌てて扉を潜り、彼もまたそれを見届けると同時に扉をすり抜けて入室を果たした。直後に扉は、重々しい音を響かせて再び閉じる。


「はぁ……はぁ……。な……何とか、通る事が出来たな」


 息を切らせて、ブラハムはアムルにそう言うと笑いかけた。


「……大丈夫なのか?」


 その様子を見て、どこか心配そうな表情のアムルがそう声を掛ける。ブラハムは先ほどから、明らかに無理をしている様に見えたからだ。

 もっとも、その理由もアムルの魔力を温存する為だという事は彼も心得ているし、その意図も理解してブラハムに任せていたのだが。


「ああん? 心配無用だってぇの。俺の場合は肉体的な疲労で、少し休めば回復するからなぁ」


 そんなアムルの愁いを払拭する様に、ブラハムはニカッとした笑顔を向けて返答した。

 色黒な筋骨隆々の彼がそんな笑顔を浮かべると、男臭くて実にサマになる。


「……まぁ。残念ながら、お前をゆっくりと休ませてやれそうには無いんだけどな」


 ブラハムの体調が彼の言っている通りだと理解したアムルは、部屋の入口から中央付近へと顔を向けそう口にする。それに釣られて、ブラハムも同じ方向へと目を向けた。


「ありゃあ……まさか、マロールの旦那って訳じゃあないよな?」


 やや嘆息気味に、ブラハムはアムルへと問い掛け。


「まぁ、違うだろうな。マロールはまだ前線だし、何よりも……奴は男だった(・・・・・・)……はず……だ?」


 2人の視線の先には、1人の……いや、1体の魔物が立っている。

 遠目で見る限りでは、それは女性のシルエットを取っているのだが、それが人でないのは言うまでも無い事だった。

 ここは魔王城であり、魔王の間以外で古龍種でない者であれば、それが如何に人の姿と酷似しているとしても間違いなく魔導生物なのだ。

 何よりもその魔物には……色が無かった(・・・・・・)

 いや……そうではない。

 全身が、氷雪のように真っ白い姿をしていたのだった。

 氷のように冷気を感じる髪も、雪のように白い肌も、身に纏う薄いチェニックさえ薄氷で造りこまれたようだ。そして何よりも、その顔には氷結しているかのように表情は無く、虚ろな純白の瞳がアムルたちを捉えて離さない。


「……アムル。……ありゃあ……一体?」


 その佇まいに只ならぬ気配を感じたブラハムが、喉を鳴らしてアムルへと問い掛けた。

 その少女……女性は、アムルの方へと目を向けてはいるもののすぐに襲い掛かってくる気配はない。

 そして当のアムルはと言えば、その少女を見据えてワナワナと震えている。


「……おいおい。マジかよ……。なんであれが……ここに……出現してんだ!?」


 ただならない状態のアムルは、ブラハムの質疑に答えるでもなく呆然としてそう呟いていたのだった。


アムルとブラハムの前にたたずむ1体の少女……。

その姿を見たアムルは、驚愕に打ち震えていたのだった。

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