アムルの本領発揮
アムルは、扉の周辺を念入りに調べていた。
そしてそんなアムルに、ブラハムが声を掛けるのだが。
一通り扉の周囲を調べ終えたアムルは、やはり首を傾げて考え込んでした。
「おい、アムルよぉ……。一体、どうしたっていうんだ?」
そんな彼に、ブラハムの訝しむような声が掛けられる。扉を開ける努力ではなく何かを調べる事に終始しているアムルに、ブラハムが疑問を抱くのも当然と言えた。
「いや……。前回あった扉の仕掛けが無くなってるんだ。それに、こんな鍵穴なんてこの扉には無かった。このプレートにある文言も変わってるし、多分前に来た時と違う仕組みで扉に鍵が掛けられてるんじゃあないかな?」
アムルが先ほど調べていたのは、この扉を開ける為の仕掛けの有無だった。前回は扉左右の壁に設けられた仕掛けを2人同時に起動させる事で、この扉はいとも簡単に開いたのだ。
「じゃあ、仕掛けなんて無いんじゃあないか?」
そういうとブラハムは、力の限り扉を押し出した。もっとも当然とでも言おうか、扉はびくともしない。
「んじゃあ、こうだっ! ぬおおおぉぉっ!」
押しては開かないと判断したブラハムは、今度は取っ手を握り力の限り手前へと引っ張り出した。ブラハムの腕の筋肉は膨張し、こめかみには太い血管が浮かび上がっている。それでも、扉はウンともスンとも言わない。
「ぶっはぁ―――っ! だぁめだ、こりゃ」
扉を開けるのを断念したブラハムが、尻餅をついて白旗を上げる。その間アムルは、ただ黙ってその様子を眺めていた。
「おい……アムルよぅ。こりゃあ、この鍵穴に合うカギを探さないと、どうにもなりそうにないぜぇ」
そして彼は、至極もっともな事を口にしたのだった。扉には鍵穴が付いているのだ。そして、何もしなければ扉は開かない。
誰が考えても扉には鍵が掛かっており、それを開錠しなければ扉が開く事は無いと考えて当然だろう。
「……知。……智謀……か」
「……あぁん?」
しかしアムルはそんなブラハムの言葉には反応せず、深く考えに浸っていたかと思うとそう呟いたのだった。
誰に向けての言葉ではないアムルの言い様に、ブラハムはぶっきら棒な物言いで反応した。
ともすれば随分と失礼な言い様ではあるが、当のブラハムにその様な事を気に掛ける余裕などない。疲労困憊と言った様子の彼は、胡乱な瞳をアムルへと向けて返答を待った。
「いや、このプレートの文言だ。「知」や「智謀」、「考え」と、やたらと頭を使えって言葉が使われていてな……。それに、これ見よがしに鍵穴のついた扉……」
そういうとアムルは、再び顎に手を当てて考え込んでしまった。そしてそれを聞いたブラハムは、再び目の前の扉に目をやる。
アムルは元々、どちらかと言えば頭脳派と言って良いだろう。力任せに突き進むよりも、しっかりと考えて物事に当たる事を得意としていた。
もっとも、時折その様な深慮は鳴りを潜めて、感情のままに行動するところも散見されている。
だが、彼の年齢を考えればそれも仕方がない。「若気の至り」とは、誰にも訪れる「黒歴史」でもあるのだから。
今は「力任せに進める」役目の者が近くに居り、逆に本来の冷静さが顕著となっているのは幸い言えた。
逆にブラハムは、基本的に考えて行動するタイプではない。
年齢的に様々な経験を若いカレンやマーニャ、エレーナよりも積んでおり、以前の勇者パーティでは最年長という事もありまとめ役となってはいたが、だからと言って考え深い行動を取るのかと言えばそんな事は無かった。
そして現在、アムルと2人と言う事もあり、普段の彼の性格が如実に表れていると言っても良かった。現に彼は、考える事を放棄してアムルに全てを任せている。
「推し通る……推す? なんで、『押す』じゃあないんだ?」
文言の中に疑問を感じたアムルが、自問する様にそう呟いた。もっとも残念ながら、今はその問い掛けに的確な解を齎してくれる存在などいない。
「……さぁ、ねぇ。単に、書き間違えただけじゃあないか?」
殆ど何の考えも無く、ブラハムは投げやり気味に答えた。当然そこに、他意など含まれてはいない。殆ど条件反射の域で口にした、思慮など含まれていない返事だった。
「書き間違え……? いや、あえて正しく書かなかった? これでも一応、意味は通るんだが……」
時に意味のない発言は、考え抜いた意見に勝る効果をもたらす事がある。……本当に時には……なのだが。
今回は偶然、ブラハムの言葉がアムルの考えに一定の方向性を持たせる。
「お……おい、アムル?」
険しい表情で扉を見つめるアムルを見て、ブラハムは思わず彼が気分を損ねたと焦りを覚えた。……だが。
「……ブラハム」
難しい顔のまま、アムルはブラハムに呼びかけ。
「お……おう」
ブラハムは、どこか慌てたように返答した。特に彼がアムルに対して無礼を働いている訳では無いのだ。何も恐縮するような場面では無いのだが、それまでのアムルの態度とブラハムの思考が、彼をどこか狼狽させていた。
「その扉……引いてみろ」
そんなブラハムに、アムルは怪訝な表情を浮かべるもそう指示を出した。もっとも、それは何の変哲もないものであり。
「引いてみろって……それはさっき試したぜぇ? それに、鍵を探した方が早いんじゃあないか?」
ブラハムの反論も、やはりまっとうなものであった。
むしろ、これ見よがしに付いている鍵穴を試さないと言う方に疑問が湧くというものだった。
「んん? ……まぁ、これは勘なんだがな。多分これは……罠だな」
「……罠ぁ?」
ブラハムの疑問に答えたアムルへ向けて、彼は疑ったような声音で鸚鵡返しした。ただ、それも仕方がないと言える。彼にしてみれば、アムルは今更何を言っているのかと思いたくなる言動だったからだ。
罠と言うならば、ここに着いた時からもう目の前に立ち塞がっている。押しても引いても開かない扉……この扉こそ、罠以外の何ものでもない。
そんな当然の事を面と向かって言われれば、ブラハムのように声を裏返らせて反問してしまうというものだ。
「いや、違うんだ。この扉が罠の本質じゃあない。罠を仕掛けているのは、このプレートの文言なんだ」
ブラハムの言い様が余程面白かったのか、アムルは喉の奥で声をくぐもらせて笑った。
「ど……どういうことだよ?」
そんなアムルの笑い方が自分をバカにしたように見えたのか、ブラハムは少し拗ねた様な声で問い返した。もっとも、アムルにはそんな気など更々ないのだが。
「いや……な。このプレートには頻りに『考えろ』って文言が出てきてるだろう? これが曲者なんだよ。こんな場所で開かない扉を前にして考えろと言われれば、何か仕掛けがあると思って当然だからな」
「お……おう」
正しく、ブラハムはその様に考えていたのだ。自分の心情をズバリと言い当てられて、ブラハムは言葉を詰まらせて返事をするよりなかった。
「大体この鍵穴だ。普通、侵入者を通さない様にする扉に、鍵穴を付けると思うか?」
ブラハムの動揺には気にも掛けず、アムルの謎解きは進んでゆく。そしてブラハムの興味は、アムルの話に傾倒していた。
「鍵穴を見れば、鍵が掛かっていると考える。実際に扉が開かなければ、開錠する為にその鍵を探しに行く。こうやってこの扉を設定した奴らは、時間を稼ごうとしているんだよ」
鍵穴があるのならば、どこかにその鍵がある。それは、誰でも考えそうなことだ。
そしてその鍵は、この魔王城の何処か……更に言えば、これまでに行く事の出来る場所のどこかにある……と、勝手に解釈してしまいがちな事だった。
そもそも扉に仕掛けられた錠とは、開ける事を前提にしている。そしてその鍵は、開ける必要の者が持っているのが常識であり、どこかの部屋で安置されているとか怪物が守っているという様な都合の良い状況など余り考えられない。
鍵束が……や、マスターキーが……と言う事も考えられなくも無いが、それがあるのは恐らくこの扉の向こう側であり、少なくともこちら側に保管するような奇特な者はいないであろう。
「なる程ねぇ……」
すっかり聞き入っているブラハムは、正しく感嘆の声を上げた……のだが。
「そして、ここが核心なんだが」
アムルの話には、まだ続きがあるようであった。
アムルの、扉に対する見解が語られてゆく。
黙って聞くブラハムへ向けて、アムルの更なる説明が続けられた。




