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霧虫避行

物理・魔法に異常なほどの体勢を見せるバグズの群れ。

思わず無敵かと思ってしまう小虫の大群に、ブラハムは思わず弱気な発言を口にするのだが。

 呆れた様にアムルへと問い掛けるブラハムには、この状況を打開出来る術が浮かんでいなかった。

 もしもこの場にアムルがいなければ、恐らくは元来た道を戻っていた事だろう。それで逃げ切れると言う訳でもないだろうが、考える時間を取る為でもある。


「そうだな……。正直、こいつらを倒すと言うだけなら出来なくはない」


 嘆息と共に、アムルはブラハムへと答えた。そのセリフに、ブラハムは少なくない驚きをもって彼を見つめたのだった。

 先ほどの自身の攻撃、そして怒涛の様なアムルの連続魔法でも倒せたのはほんの僅か。そんなバグズを、ブラハムは無敵ではないのかとさえ考え出していたのだ。


「そりゃあ……どうやって?」


「そんなの、決まってるだろ? 俺の全魔力を駆使して、最大最強魔法を使えばあるいは……」


「ちょ……ちょっとまて」


 思わず反問したブラハムだったが、返って来たアムルの答えを聞いてその話を途中で遮った。

 それもそのはずであり、今ここでアムルが全魔力を用いて攻撃しバグズを殲滅したとしてどうなるものでもない。この場は切り抜けられるだろうが、その後は進もうにも立ち行かなくなるのが分かっているのだ。


「さっきのジャイアントより厄介じゃねぇか……。なんで、こんな所に配置されてるんだ?」


 対処方法の難度の高さに、ブラハムは思わずそう呟いてしまっていた。

 彼の言う通り、その物理、魔法両面における堅固さを考えれば、先ほどの部屋に配置されていてもおかしくない魔獣なのだが。


「さっきも言っただろ? あいつらは、その数の多さと能力の偏重で制御が利かないんだ。もし重要拠点の防衛を任せても恐らくその場に留まっていないだろうし、こっちの作戦を汲んだ行動も取らないだろうな」


 改めてその説明を聞き、ブラハムは納得がいったのだった。

 先ほどからバグズの動きはどうにも緩慢であり、積極的にアムルたちを襲うような行動を取っていない。特殊な攻撃がある訳でもなく、近づく彼らに対して防衛行動を取る以外の挙動は感じられないのだ。

 バグズの群れがアムルたちの方へと向かってきているのは、単純にこのくらい地下道に於いて唯一と言って良い灯りを彼が点しているからに他ならない。


「じゃ……じゃあ、あいつらは無視して先に進めばいいって事なの……か?」


 そしてブラハムは、その結論を口にした。明らかな敵対行動を取ってこないのならば、あえて火中の栗を拾うような真似はする必要も無いだろう。

 だがアムルは、その返答にも嘆息と共に首を振った。


「先に進めばって……あれをどうやって無視して進むつもりなんだ?」


「……ああ」


 前方をうんざりした様子で見つめたアムルに釣られて、ブラハムも同じように目を向ける。そこには先ほどと同じように、通路一杯に重厚な行列を形成しているバグズの異様が見てとれ、彼はそれで納得した。

 確かに、敵対しなければいずれは追って来る事も無くなるだろうが、その為にはバグズの群れの中を突っ切らなくてはならない。

 バグズは確かに命令を忠実に実行しないだろうが、単純に魔獣としての行動は起こすだろう。つまり、至近距離にいる獲物に対しては襲い掛かって来るという事だ。策も何も無くそこに近づけば、無数のバグズに襲い掛かられあっという間に骨だけとされてしまうのは想像に難くない。


「……まぁ、メチャクチャ面倒なんだけど、方法がない訳じゃあない」


 またも言葉に詰まってしまったブラハムに、アムルがこれでもかという程面倒臭そうに口を開いた。どちらかと言えば嫌そうな声音で告げるアムルに、ブラハムは訝し気な表情を向ける。その顔には、クエスチョンマークが浮かび上がり話の続きを促していた。


「いや、まぁ……そんなにもったいぶった話じゃあない。単純に防御障壁を張って、あの中を一気に駆け抜ける……ってだけなんだが」


「……へ? それだけ……?」


 話を聞けば、まさに「それだけ」と感想を漏らしても仕方のない事であった。内容としては、先ほどブラハムがアムルに言った事と大差ないのだからこれも仕方がないだろう。

 もっとも、その概要は大きく異なるのだが。


「まぁ、お前が『それだけ』と思うのも分かる話なんだがな。でも、俺が言っているのは〝ただの〟防御障壁じゃあない。物理と魔法の両方に耐性のある障壁を、可能な限り厚く形成するんだ。これがどれだけ大変で面倒な事か……。奴らは本能に任せて、何でも食い破って来るからな。それが、四方から殆ど同時に行われるんだ。奴らの牙は物理耐性の障壁も突き通す力があるんだが、僅かに魔力も帯びていて魔法障壁にも効果があるんだ。だから、損傷する度に内側から新たな障壁を形成し続けなきゃならない。分厚い障壁を何層も何層も……この手間がお前に……」


 アムルの説明は、もはや愚痴のそれに近かった。彼自身も、もうこの手段しか残っていないと理解しているから、それも仕方がない事なのだろう。彼の陰鬱な気に圧されて、ブラハムは苦笑いを浮かべて乾いた笑いを零すしか出来なかった。


「でもまぁ、ここでそんな事を言っていても事態は進展しないしな。それじゃあ……行くか」


 覚悟を決めたのだろうアムルは、ブラハムにそう告げると丁度2人が入れるだけの障壁を形成し歩き出した。魔法使いでないブラハムには見えないが、恐らくは今までにないほど重厚な防御障壁が二重に展開されているのだろう。


「こ……これは。結構……度胸試しな感じがするな」


 そして2人がバグズの群れに接すると同時に、彼らの周囲に虫の大群が纏わりついてきたのだ。勿論、アムルの障壁に阻まれて虫共は彼らの身体に触れる事など出来ない。

 それが分かっていても、自分のすぐ近くに隙間なくバグズが密着して蠢いているのだ。そんな姿を至近で目撃すれば、ブラハム程の猛者でも肝を冷やさずにはいられなかった。


「そ……そうビクビクすんな。お……俺が張ってる防御障壁だぜ。ちょっとやそっとで破られて……たまるか」


 そんなブラハムに向けて、アムルが心強い発言をする。しかしその顔にはすでに汗が浮き上がり、浮かべた笑顔も引き攣っていた。どうにも相手に安心感を与えるといった雰囲気ではない。


「お……おい、アムルよぅ。大丈夫なのか?」


 歩みを止めることなく、ブラハムがアムルの事を気遣った。無尽蔵とも思える魔力を有するアムルが辛そうにしているのだ。その表情が気にならない訳が無い。


「あ……ああ。まだ魔力には余裕があるんだが……。奴らの浸食速度が、思いのほか早くてな」


 それを聞いて、ブラハムは不安に駆られていた。

 ここまでの行程で、アムルは無策とも思える魔法の使い方をしてきた。それは、アムルとブラハムの関係を考えれば仕方のない事なのだが。

 アムルはこれまでに、パーティメンバーと協力して事に当たるという事が皆無だった。それを考えれば、彼がブラハムに頼るという事が少なくとも仕方がない。

 だが、その弊害が徐々に現れてきている……。そして、今後大きな影響を及ぼすのではないか。そんな漠然とした不安が、ブラハムの中に芽生え始めていたのだ。


「そうか……。とにかく早いとこ、ここを抜けちまわないとな」


 ただ、だからと言ってアムルに今魔法障壁を解いてもらう訳にはいかない。そんな事をすれば、たちまちバグズたちがアムルたちに取り付き牙を剥くだろう。

 それが分かっているからこそ、ブラハムはアムルにそう持ち掛け。


「そ……そうだな」


 アムルもそれに応じたのだった。




 バグズのまるで濃厚な霧の中を、アムルたちは何とか突破する事に成功した。

 バグズの集団の中を抜け暫く奥へと進むと、程なくしてバグズの姿は見えなくなったのだった。

 時間にしては、ほんの1、2分の事だったのだが。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


「大丈夫かよ……アムル」


 アムルの消耗は、予想以上に激しかった。

 大量の汗を掻き、膝に手をついて荒い呼吸をつくアムルに、ブラハムはそう声を掛けるしか出来なかったのだ。もっとも。


「はぁ……はぁ……はぁっ! ぷっはぁ―――っ! つっかれたぁ! 予想以上に障壁の再構築が面倒だったぜ!」


 消耗したと言ってもそれは、どちらかと言えば精神的にであった。もとより何でも熟せてしまうアムルだが、そんな彼にも得手不得手がある。好き嫌いだと言っても良い。

 強大な魔法力を持つがゆえに、アムルはどちらかと言えば攻撃に傾倒している。防御に専念するにしても、強大な敵と戦うのであれば苦にはならないだろう。

 しかし今回は、只管に逃げの一手だったのだ。その為の防御ともなれば、彼が精神的疲労を負うのも仕方がない事だった。


「疲れてるとこ悪いがなぁ……。休むのはもう少し先になりそうだぜぇ」


 更に前方へと目を向けながら、ブラハムはそう口にしてアムルの前で立ちはだかった。彼の視線の先には、複数の魔獣の影が浮かび上がっている。

 ここは魔王城であり、侵入者に対して容赦のない魔物が徘徊している。そして、今はアムルたちこそがその侵入者なのだ。


「ふん……。誰に気遣いしてるんだ?」


 不敵な笑みを浮かべて、アムルもまた前方へ向けて体勢を整えたのだった。


一難去って、また一難。

息つく暇も与えてくれない魔王城の魔導生物たちに、アムルたちの奮闘は続く。

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