地下への誘い
ジャイアントとの戦闘も終わり一段落のアムルとブラハム。
……のはずなのだが、余り浮かない顔のブラハムであった。
ジャイアントとの戦闘も終わり、ブラハムはアムルの元へと歩み寄った。手こずったとはいえ、内容は殆ど完勝と言って良いものだ。
ニンマリと上機嫌で笑みを浮かべるアムルの態度は、勝利で終えた戦闘を考えれば至極普通のものだった。
おかしいと言うならば、そんなアムルに近づいて行くブラハムの表情だろう。
「よっ! お疲れ。そっちも問題なく片付いたようだな」
ブラハムの健闘を称えるアムルの台詞には、何ら不思議なものは無かった。互いに大きな怪我もなく一戦闘を終えたのだ。彼のこの言葉は至極当然のものだろう。
「ええ、まぁ」
対してブラハムの顔や声音は、どうにも冴えないものだった。先ほどの戦いで怪我をしたとか疲れた様子は伺えないのだが、どこか浮かない顔をしている。そして彼は、それを隠そうともしていないのだ。
「……ん? なんだ、ブラハム? どうかしたのか?」
これには、アムルも気にしない訳がない。何か問題があるのならば、それを除いておかなければ後々懸念材料となり兼ねないからだ。
「……アムル。ちょっと、遊び過ぎじゃあないか?」
暫く押し黙って思案を巡らせた後、ブラハムはその重い口をゆっくりと開いた。彼としては出来るだけ感情を抑えて棘のない言い方を試みたのだろうが、その声音と強面からどうにも問い詰めている様にしか聞こえない。
「んん? そうか? 俺としては、まだまだ余力があるんだけどな」
もっとも、彼の為人を良く知るアムルには、そんなブラハムの言い様など全く気にならないのだが。
それを表すように、アムルの口調は何らいつもと変わらないものだった。
余力がある……と返されては、ブラハムも次の言葉を出しようが無かった。
アムルの〝余力〟は、ブラハムの知るどんな人物よりも余裕があるだろう。この魔界で最強の人物が「楽勝だ」と言い切るのだから、部下であるブラハムには異論など挟みようが無かったのだ。
ただブラハムは、そんなアムルに対しても懸念を抱かずにはいられなかった。
確かに、アムルにとって今まで使ってきた魔法など、それこそ取るに足らない程なのかもしれない。それが、傍から見れば如何に高位の魔法を連発していると思われても……だ。
しかしここは練習場でもなく、今アムルに追従しているのはブラハムただ一人と言う敵地なのだ。
いつ不意を突かれるかもしれず、どのような罠が張り巡らされているのか分かったものでは無い。しかもこの魔王城は、以前にアムルやブラハムが攻略に乗り出した状態では無いのだ。
前回は何とか最上階まで行けたアムルであっても、今回はその限りではない。
それを考えれば、アムルは可能な限り魔力を温存して然るべきである。
最小限の魔法に使用を留め、前衛のブラハムと協力する必要さえあるのだ。
だが、ここまではどちらかと言うと個別撃破と言う色合いが強い。
ブラハムは、そこにこそ心配を抱いていたのだった。
「……そうかい。なら良いんだが、余り飛ばすんじゃあないぞ。まだどれだけ先があるのか、知れたもんじゃあないからな」
この魔界で……いや、この世界で最強と言って良いアムルに唯一足りないとすれば、それは恐らく「経験」だろう。
アムルは今までに、所謂〝冒険〟と言うものをした事が無い。辛うじて上げるならば、前回の魔王城攻略がそれにあたるだろうか。
しかしそれも、準備して行われた訳では無い。
そして、仲間と共に行動しての事でもなかったのだ。
結果としてアムルは、途中でカレンと出会い行動を共にしている。そこで彼は、連携と言うものを初めて経験したと以前にブラハムは聞き知っていた。
ただ、高過ぎる能力の二人が必死で魔王城を攻略し魔王の間まで登り詰めた結果、大きく疲弊して何とか辿り着いたのだと言う事も聞いていたのだ。
それでは、今回の目的には合致しない。
今回は、とにかく魔王城魔王の間に到着すれば良いというものでは無い。
いや、むしろ魔王の間へと辿り着いてからが本番なのだ。
それを考えれば、体力魔力はどれだけ温存していても、多過ぎると言う訳では無い。
「大丈夫、心配無用だ。それよりも、見ろよ」
ブラハムの懸念など一蹴して、アムルは部屋の奥を指さした。
普段のアムルならばもう少し試案を巡らせただろうが、やはり今のアムルはどこか高揚しているのかもしれない。
「先に続いているなぁ。……下り階段か?」
アムルの言葉を受けて、ブラハムは視界に映る状況を口にした。
そこに見えたのは、階段へと繋がるホール。そしてそこからは、下の方へと階段が続いている。
「せっかくここまで登って来て、また降りる事になるとはなぁ」
アムルが小さなため息と共にそう呟き、ブラハムも乾いた笑いを零して頷き返していた。
現在彼らは、魔王城地上4階に到達している。
ここまでの道のりが間違いのないものだったとは言い切れないのだが、それでも時間を掛けて登って来たのに降りなければならないとなれば、躊躇するのも仕方のない事だった。
「まぁ、行って見ようぜ。もしかすれば、これが当たりって事もあるしな」
前回アムルも、一端地下に落とされてから魔王の間へ到達している。つまり、地下に一度降りる事が正しいルートだったのだ。
それを覚えているアムルは、下階への道に忌避感を表していなかった。
「……まぁ、アムルがそういうなら俺に異存はないぜぇ」
本当のところを言えば、ブラハムはアムルの意見に賛同しきれないでいた。地下に降りる事が最上階への道だという話も、半信半疑という所だったのだ。
確かに前回アムルたちは、それで最上階へ到達している。
それでもその途中で、古龍や強力な魔導兵器の妨害に合っている。
下手をすれば、その場で倒されて一巻の終わりと言う事も有り得ただろう。
そして、今回もその様なルート設定がされているとは断言出来ない。
もしかすれば、オーソドックスに上へと向かう道こそが正しく、今目の前にある下り階段こそがトラップという事も考えられるのだ。
過去にブラハムが様々な洞窟や塔を攻略した際、一端登りその後に下階へと降りるルートなどやはり無かった。
そんな彼の経験が、ブラハムの心情に僅かな陰を落としていた。
「なら、早速行くか」
ブラハムの、言葉だけの同意を得たアムルがそう音頭を取る。そしてブラハムも、頷いて歩を進めだしたのだ。
結局のところ、誰にも正しい道筋が分かっている訳では無い。それならば、思考の檻に捉われて動かないのではなく、とにかく行動すると言うのも一案だとブラハムも納得したのだ。
階段はらせん状になっており、一気に地下まで続いている様に思われた。
「まぁ、今まで登ってきたのは何だったんだっていう話だよな」
呆れるような声音で、アムルは苦笑しながら呟いた。
それと同時に、これでこの道が間違っていたのならば、大きな時間ロスとなることは間違いない。これもある意味で罠であり、その事にもアムルは言及しているのだ。
「ははは。まぁ、行けるところは全て潰していかないと、正しい道ってのは見つからないもんだ」
それを汲み取ったブラハムもまた、乾いた笑いを零してそう答えた。
勿論その声音に、不平不満は含まれてはいない。
当初こそは下階へと降りる事に懐疑的であったブラハムだが、道が間違っていたならばルートが一つ塗り潰されるだけである。
これもまた、ブラハムの経験上では必要な事だと理解していた事だったのだ。
ただ、今までの労力を台無しにしてしまう、上階から下階……地下へと続く階段の調査は、普通で考えれば最後に行う事ではあり、その部分ではアムルに賛同しかねる考えは今でも変わってはいない。
だから彼の返答が生返事だったのも、それはそれで仕方のない事だった。
「……おお! 通路があるぞ!」
最下層まで到達してアムルが魔法で明かりを点すと、2人の眼前に先へと繋がる通路が出現した。他に道はなく、そこより進む以外になかった。
「んじゃあ、行けるとこまで行くとしますか」
嬉々としているアムルに呆れながら、ブラハムは先を切って進みだしたのだった。
魔王城地下にたどり着いたアムルとブラハム。
その先ははたして、どんな罠が待ち構えているのか。




