従者の懸念
戦いを楽しむアムルは、次々と魔法を繰り出していた。
アムルの魔法攻撃を受けても、ジャイアントたちには決定的なダメージとはならなかった。それが証拠に、彼の魔法「風槌」を受けたジャイアントたちはゆっくりとだが立ち上がり、再び盾を構えて防御態勢を取り出したどころか。
「バッ!」
その口腔から炎弾を吐き出し、アムルを攻撃しだしたのだ。
火炎の色、大きさ、そして速度を考えれば、その攻撃は決して弱いものでは無い。
それでもアムルは然して驚いた様子も見せず自然体で対し、迫りくる炎弾はその悉くが彼の作り出した防御障壁に阻まれ爆発し霧散していた。
ある程度の力を持つパーティであっても、この攻撃には防御に力を割く必要があるだろう。決して簡単に防ぐ事の出来る様な炎弾ではなかった。
そんなジャイアントの遠隔攻撃も、アムルには歯牙に掛ける程のものでもないのだ。
絶え間なく襲来する火球の爆発を前にして、それでもアムルは次なる魔法の準備へと取り掛かっていた。
「中々に強固な防御力だな。だが……これを受けてもそれを維持出来るのか?」
誰に言うでも、誰かが聞いている訳でもないのだが、思わずアムルはそう口走っていた。その口端は更に吊り上がり、瞳は爛々と輝いている。
それはそのまま、アムルのこの戦闘に対する楽しみ度合いを表していた。
「この世を見据える大いなる大樹……」
爆炎吹き荒れる中、アムルの妙にゆっくりとした詠唱が始まった。
一見ジャイアントに圧されている様にも見える光景だが実際はその真逆であり、優勢なのは始終アムルであった。
その様な状況が、彼の油断に繋がっているのだが。
「その加護に背く輩を縛め自由を奪え……」
この戦いを楽しむ今のアムルには、その事に気付けずにいた。
普段よりも余裕を持ち、ゆったりと詠唱を続けるアムル。その魔法は、彼が呪文を唱える事で真の力を発揮する。
「……神樹の拘束」
詠唱終了と同時に左手を掲げると、ジャイアントの足元にまたも魔法陣が展開される。
それを感じ取ったジャイアントは攻撃を中止して「氣」を高め、手にした盾に身を隠すよう掲げた。先ほどとは違い、完全に防御姿勢を完了した状態である。
そんな魔物の体勢などお構いなしに、発動した魔法がジャイアント3体に襲い掛かる。
地面より金色に輝く木の根が無数に出現し、盾を構えるジャイアントをそのまま拘束したのだ。
それだけを見れば、その攻撃に意味は無いように見える。
姿勢を崩されて盾を手放したタイミングで束縛するのならばまだしも、今度はしっかりと構えたままの状態なのだ。盾の特殊能力も発動し、「氣」も練れており揺らぎも無い。
ただ、アムルの使用した魔法が非常に珍しい「樹木属性」であるという事が、その実を知る者ならば合点のいく話ではあるのだが。
元来属性魔法とは、「火」「水」「風」「土」の四大元素を表している。因みに、アムルやラズゥエルの使用した「アイスランス」などは「水属性」である。
この4つの元素の特性を様々に利用して、魔法は行使される。
ただ、この世界にはこの四大元素だけでは当て嵌まらない事象が存在する。その一つが「樹木属性」であった。
この魔法を行使するのに、アムルは3つの元素を同時に作用させている。そんな事が出来るのは、やはり世界でも数人いるかどうかだろう。
彼は「土」「水」「風」に働きかけて「樹木属性」の魔法を行使していたのだ。
そしてその効果は、何も相手をその場に縫い留めるだけのものではない。
盾を構えたジャイアントの上から、無数の木の根が巻き付き魔物を締め上げる。生命力に満ちた金色の根に絡みつかれ、ジャイアントはその行動を大きく制限されている状態だ。
しかし傍から見れば、その様な木の根の拘束などジャイアントに対してどれほど効果があるのか疑問が生じる。
筋骨隆々なジャイアントの膂力をもってすれば、その様な木の根などあっさりと引き千切れそうにも映るからだ。
屈強なジャイアントを縛るならば、木の根よりも金属製の鎖の方が適しているのではないかとさえ考えるだろう。
それが……普通の木の根ならば……だが。
当たり前の話、アムルの使用した魔法はただ木の根を作り出してジャイアントをその場に縫い留めるだけの魔法ではない。
「……アイスランス」
頃合いと察したアムルが、無造作に魔法を使用する。先ほど使用した「アイスランス」なのだが、今度は詠唱も無く魔力の溜めもない。
それにも拘らず。
「ギャアアアァァッ!」
出現した無数の氷柱は、先ほどよりも遥かに細い。一見すれば、威力も硬度も随分と低くなっているだろう。
それにも拘らず、先ほどは悉く防がれた氷槍が今度は次々とジャイアントに突き刺さる。
余りの激痛に、3体のジャイアントはそれぞれ悲鳴を上げていた。
そしてここに来て、ジャイアントは木の根の拘束より逃れようと身を捩り出したのだが。
そのどれもが、束縛より逃れるどころか木の根を僅かでも引き千切る事さえ出来ずにいたのだった。
「……アイスランス」
再び、アムルの魔法が発動する。今度も先ほどと同じ「アイスランス」であり、さっきと同じような太さと硬度に見える。
「グバアアァァッ!」
そして、やはり先ほどと同じようにその全てがジャイアントに突き刺さり、魔物に苦痛を与えていたのだった。
樹木属性「神樹の拘束」は、単純に対象を木の根によって縛り付ける魔法ではない。木の根に巻き付かれた者の「能力」を、全般的に低下させる効果を持っていた。
木の根に捉われている者はどんどんと自身の能力を奪われ、攻撃力、防御力、筋力、魔法力など……その能力の全てをみるみる奪われてしまうのだ。
屈強なジャイアントが「神樹の拘束」から逃れる事が出来ないのも、それが偏にアムルの魔法の強度から来るだけではなく、魔法の効果によりその能力を全般的に吸い取られていたからに他ならなかった。
当然の事ながら今のジャイアントは攻撃力や防御力は勿論、魔法防御力も著しく低下していた。だからこそ、先ほどは防がれた「アイスランス」も効力を発揮したし、という事は。
「轟炎なる灼熱の爆発……」
他の魔法もまた、効果的にその能力を発揮出来るという事だった。
「……ブレイジング・インフェルノ」
掲げた右腕の閉じた拳をバッと開くと同時に、出現した火球がジャイアントへと飛翔する。それは見ただけならば、先ほどジャイアントが放っていた炎塊に似ていなくもない。
「バアアァァッ!」
だが、その効果は似て非なる物であった。
着弾した火球はその大きさに見合わない激しい爆発を見せ、一瞬にしてジャイアント3体呑み込んだ。
未だ戦いを続けるブラハムの元までその効果が及ばなかったのは、アムルの作り出した半球状に展開する魔法円のお陰である。ブレイジング・インフェルノの効力は、その魔法円の中だけで起こっていたのだ。
凄まじい豪炎は暫し魔法円の中で渦巻き、しばらくするとその炎も収まりを見せた。そしてそこに残っていたのは。
真っ黒に炭化した、3体のジャイアントであったものだった。
ほとんど同時に、その3つの消し炭は床へと倒れ込み……その直後に、霧散して消えうせたのだった。魔導生物である魔物は、生命値を全て削り取られるとこの様に掻き消えてしまうのだ。
アムルが3体のジャイアントを屠ったと同時に、すぐ近くでも2体のジャイアントが今まさにチリと化して消滅したところであった。
「よっ! お疲れ。そっちも、問題なく片付いたようだな」
受け持っていたジャイアントを倒したブラハムがアムルの元へと戻り、そんなブラハムに対してアムルがそう話しかけた。その声音は戦闘を終えた後の様な労いの言葉ではなく、ちょっとした用事を済ませて気楽に声を掛ける様な風情だ。
「ええ、まぁ」
それに対してブラハムの声はあまり明るくはなく、その返事も何かを言い淀んでいる様に口籠っている。
「……ん? なんだ、ブラハム? どうかしたのか?」
そんなブラハムの態度に疑念を浮かべたアムルが、笑みを浮かべたまま問い質したのだった。
終わってみれば快勝だった戦闘だが、ブラハムの表情はどうにも優れなかった。




