アラートランク1の魔物
出現した魔物「SK-06SP スキュラ」。
その異形を前に、アムルとブラハムに緊張感が高まっていった。
アムルとブラハムが「SK―06SP スキュラ」との接触後一端距離を取り相対している状態で、それでもスキュラが追撃を掛けてこなかったのには訳があった。
それは、アムルたちを警戒している訳でも再び攻撃してくるのを待ち構えている訳でもなかった。
スキュラは、次の攻撃の一手をすでに進めていたのだ。
「……緋ニ染マリシ炎塊ヨ。逆巻キ全テヲ燃ヤシ尽クセ」
俯き加減となり髪で隠れてその口の動きは見て取れないが、非常に小さな声でスキュラは魔法を唱えだしていたのだ。
近接も、そして魔法攻撃もこなす魔獣。これまでに中層階以上にしか存在しなかった魔獣が、早くもアムルたちの前に現れたのだ。
詠唱を終えたスキュラの掌に、緋色の火炎を伴った球体が出現していた。
「気を付けろっ! こいつは、魔法も使ってくるぞっ!」
「……バーン・ヴァーミリオン」
アムルがブラハムに注意を喚起するのと、スキュラが魔法を放ったのは殆ど同時だった。
即座に回避行動を見せようとしたブラハムだったが、アムルの動きを目の端に捉え思い止まり、するりとアムルの前に出た。
だがその行動は、何もアムルの盾となってその魔法を防ごうというものではない。
直後、アムルとブラハムの周囲で爆音が響き渡るとともに火炎が渦巻いた。
もしも何の算段も無くその火球を受け止めていたならば、間違いなく2人はその渦巻く火柱に呑まれて大ダメージを負っていただろう。
勿論、そうはならなかったのだが。
瞬時に展開されたアムルの耐魔防御障壁は、詠唱を必要とせずともこの程度の魔法ならば難なく防ぐ事が出来るのだ。
落ち着き払っているアムルに気付いたからこそ、ブラハムも回避を取りやめて次の行動の為にアムルの前へと出たのだ。
如何に自分の魔法と言えども、一端具現化させてしまったならばその影響は術者にも及ぶ。
つまり、攻撃で出現させた火炎柱が消えうせるまでは、スキュラも攻撃してこれない。
無論、追加で魔法攻撃を行う事は出来るし、遠隔攻撃ならばそれも可能なのだが。
しかし、スキュラの装備に遠隔攻撃の出来るものは見受けられなかった。
魔法で執拗に攻撃を繰り返す様な気配もない事を考えれば、次の一手は周囲の炎が消えた時になるだろうとブラハムは考えていた。
そして、アムルもその考えには同意だった。
それを感じ取っているのだろう、ブラハムはその時に備えて腰を落とし剣を構え、一手でも早くスキュラに攻撃を加えようと身構えていたのだが。
「……ぬおっ!」
不意を突かれたブラハムが、思わず驚きの声を上げる。
それとほとんど同時に、周囲には金属音が響き渡ったのだ。
「ブラハムッ!」
アムルも意表を突かれたのか、ブラハムに向けて慌てた声音の声をかけた。
もっとも、金属音が鳴り響いた時点でブラハムがその攻撃を防いだことは明確なのだが。
スキュラは炎が収まるまで待つことなく、炎柱を割って斬撃を繰り出してきたのだ。
その、わが身を顧みない攻撃は魔獣の行動からはまず考えられず、人であっても決断できるかどうか……と言う程に苛烈な行為だ。
だからこそ、アムルもブラハムでさえ不測だったと言える。
むしろここは、そんな予測不能な攻撃を受け止めることの出来たブラハムの技量をこそ褒めるべきところだった。
だが、当然今はそれどころではない。
耐魔法に特化した防御障壁だっただけに、簡単にスキュラの攻撃を許してしまった事は否めない。
そしてこのまま押し込まれれば、その剣撃の範囲にアムルを巻き込んでしまう。
「おおおぉっ!」
不利な体制からであったが、ブラハムは気合を込めてスキュラを押し返した。
そして自身もそのまま、スキュラと共に未だ燃え盛る炎の中へと踏み込んでいった。
「グババ……」
思いのほか強い力を押し込まれたのだろう、それまで殆ど声を出さなかったスキュラが、初めて驚きとも苦しみとも取れる言葉を発する。
先ほどのように、完全に受けに回っていた訳では無いブラハムの膂力は尋常ではない。
彼は言うまでも無く、「勇者の中の勇者」でも指折りの戦士なのだ。もとより、スキュラ程度の魔獣に後れを取る筈はない。
スキュラの、ブラハムと剣を合わせている反対側の腕が振り下ろされる。
強靭な四肢でブラハムの押し込みを堪え体制を整え、力の乗った斬撃がブラハムを襲った。
「ちぇいっ!」
その攻撃にも素早く反応したブラハムは、驚くべき反応速度でその攻撃に対応を見せる。
彼の持つ巨大と言っても良い両手剣を、まるで片手剣か短剣を振るうように操り襲い来る湾刀を弾いたのだ。
そしてその位置で、両者は目を見張る様な速さの剣撃を繰り出してはそれを受け止め往なしている。
燃え盛る炎は徐々に勢いを弱め、しまいには霧散して消えうせた。
それでも双方の攻撃は衰えることなく、逆に激しさを増していった。
両手剣を巧みに操るブラハムに対して、スキュラは魔獣特有の腕力を駆使して左右の手に持つ湾刀を軽々と繰り出してくる。
しかもスキュラの攻撃は剣だけでなく、ブラハムの足元付近にある狼の牙も含まれるのだ。
この死角からの攻撃は、本当であったのなら剣士であるブラハムには厄介この上ないものだったろう。
「……この」
「ギャンッ!」
しかしブラハムは、狼の首が彼の足に噛みつこうとする瞬間を見透かしたようにその攻撃を躱し、逆にその頭を踏みつけたのだ。
溜まらず狼は、その首を引っ込めて退避する。
そうしてブラハムは、そのまま激しくスキュラと剣を交え続けたのだった。
ブラハムは以前、人界の騎士団に所属していた正統な騎士であった。
騎士団は主に、対人戦闘を得意とする集団だ。
普通に考えれば、スキュラの剣による攻撃に対応できても足元の不意を突くような噛みつきには不慣れであってもおかしくはない。
それでも彼がこの様に柔軟な対応が出来ているのは、偏にカレンたちとの旅で得た経験が大きくものを言っている。
時には多数の、また時には多頭の、はたまた動きが不可思議な魔物たちとの戦闘は、ブラハムに騎士団に所属していた時には得られなかった体験を齎した。
それが今、ブラハムに初めて対する魔獣との戦いにおいて後れを取らない動きを体現させていたのだった。
「ギョアアァァッ!」
ブラハムの斬撃がスキュラを捕らえ、その左腕を見事に切り落とした。
絶叫を上げるスキュラのスキを突き、ブラハムは返す刀でもう片方の湾刀を弾き飛ばす。その衝撃で、スキュラの態勢は大きく崩れた。
スキュラから武器を奪い取ったブラハムだが、そのまま追撃を行う様な事はせず大きくその場から飛び退いたのだ。
「アムルッ!」
「応っ!」
そして彼はそのまま後方に控えるアムルへと声をかけ、アムルもまたその言葉を待ち構えていたかのように即応した。
それは何も、彼にすぐに返答した……という事だけにはとどまらない。その言葉には、ブラハムの意図を確りと汲み取ったという意味合いも含まれているのだ。
ブラハムが飛び退きアムルに合図を送ると同時に、それを受けたアムルはバッと掌をスキュラへと向ける。そして。
「フロスト・ピラー!」
高らかに魔法名を唱えた。
それと同時に、スキュラの足元から青い光が発し四足魔獣を取り込む。
息を呑む間もなくスキュラを包み込んだ青光は氷結し、白煙を漂わせる氷柱へとその姿を変えたのだった。
本来ならば相手を閉じ込め捕らえる「フロスト・ピラー」だが、アムル程の術者が加減もせずにこの魔法を使うと。
「ブラハムッ!」
「ああっ!」
今度はブラハムが、アムルの声に応えて動き出す。
何をどうすると言った話はしていないにもかかわらず、ブラハムは何の躊躇も見せずに氷漬けとなったスキュラへと肉薄し。
「ぬぅんっ!」
力一杯にその氷の柱目掛けて手にした剣を叩きつけたのだった。
その結果。
「おお―――……」
キンッと甲高い音を出したかと思うと、青柱は中のスキュラもろとも粉々に砕け散ったのだった。
まるでダイアモンドダストのように、キラキラと煌めきスキュラの肉体を取り込んで舞う氷霧はいっそ幻想的ですらある。
捕縛を主とするこの魔法も、アムルが使えば閉じ込めた対象でさえ瞬時に凍り付かせてしまう。
その結果、僅かな力で氷柱ごと粉々にする死の魔法と化すのだ。
「おっそろしい魔法だねぇ」
それを目の当たりにして、ブラハムは実に素直な感想を述べた。
一瞬で体の芯まで凍り付かせる氷の棺。
衝撃を与える事で骨の一片すら残さずに砕け散らすことの出来る魔法を見れば、彼が恐ろしいと口にすることも当然であった。
「まぁ、本当は捕縛魔法なんだけどな。ちぃっと、力が入っちまった。……それより」
「ちぃっと……って」
アムルの台詞に答えながら、ブラハムは彼の視線を向ける先に目をやった。
そこには。
先ほど倒したスキュラが2体、ゆっくりとアムルたちへ近づいてくる姿が見える。
「さて……と。さっさと倒して、先へ進みますか」
ブラハムが剣を構え、前傾姿勢の姿を取る。
その姿は、まるで今にも弾け飛んでいきそうであった。
「……ああ。こんな所で、グズグズはしてられないしな」
ニィッと笑みを浮かべるアムルもまた、著しい魔力の活性が見られたのだった。
次々と押し寄せるスキュラ。
いよいよ、魔王城が2人に牙を剥き始める。