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魔王城、沈黙

カレンは、自分をも巻き込んでチェーニを魔法の中に捉える。

そしてブラハムたちに告げたのだった。

……逃げて、と。

 カレンの必死の訴えに、マーニャとエレーナは困惑の表情を見せていた。

 アミラとケビンを助け出したのだ。ここからは、マーニャ達が反転攻勢に移れば事態はすぐに解決する……そう考えた2人なのだから、この疑問も当然と言える。


「カ……カレン―――? 逃げろとは―――どういう―――?」


 アミラの処置を早々に済ませたエレーナも、疲労を滲ませつつそう問いかけた。

 今は取り込み中(・・・・・)でそんな事は難しいと理解しつつも、エレーナはカレンにその理由を問い質した。

 しかし超重圧下にあるカレンには、声を出す事も困難だったのだ。


「ブ……ブラハムッ! 早くっ!」


 だからカレンは説明するのではなく、ブラハムを急かしたのだ。

 ブラハムとて、カレンの意図を汲み取ることは出来ないでいた。

 それでも彼は言葉に込められた切迫感から、事態の危急を判断した。


「とにかく、ここはカレンの言う通りにしよう! レギーナ様はアミラ様とケビン様を連れて先に伝魔境へ。マーニャも、アーニャとマリンダ、ミリンダを連れていけ。エレーナは済まないが、残った者達の誘導を俺と!」


 テキパキと指示を出したブラハムには、反論を行う余地のない気迫が籠っていた。

 それを受けたマーニャ達も、不承不承と言った態で行動を開始したのだった。


 精霊魔法と言う、マーニャ達の使う魔法の源泉とも呼べる術を行使している以上、外側からマーニャやレギーナが魔法を使って攻撃しても高い効果は望めない。

 物理攻撃にしても、力自慢でもあるブラハムがその効果内では動く事も至難なのだ。

 はたして、有効な打撃を与える事が出来るかどうかは不明であった。

 そして、この状態がいつまでも続けられるかどうかも不確かであり、更にはこの状況が続く事で巻き込まれているカレンにもダメージを与え続けるのだ。

 カレンが魔法を解いて捕縛を指示するのではなく、カレンを置いてその場を逃げる様に懇願したのには訳がある。

 ブラハムはすぐにそれを察し、マーニャやエレーナ、レギーナもすぐにその事を理解した。ただ、何か理由があると推察は出来ても、どのような意図があってなのかはとうとう分からなかったのだが。


「カ……カレンッ! あとはお前だけだぜぇ!」


 全員伝魔境を使い、チェーニたちが出現した場所……アンギロの街へと避難を済ませた事をカレンに告げるブラハム。

 肝心のカレンがどうするのかは、それこそ彼女にしか分からない事だったのだ。

 そして、カレンから返って来た答えとは。


「そ……そのまま……閉じて!」


 カレンを置いて、そのまま伝魔境を閉じろと言うものだった。

 さすがにその指示には、ブラハムもすぐに従う事は出来ず。


「そ……それじゃあ、お前はどうするってんだっ!?」


 返答するのも窮する状態のカレンに、ブラハムはそれでもそう問わずにはいられなかったのだ。

 このままでは、言うまでも無くカレンだけが取り残されてしまう。

 カレンならば、たった一人でもチェーニたちを抑え込むことが出来るだろう。それだけの実力を、カレンは備えている。

 それでもブラハムは、単純に女性一人だけを置いて逃げるのに戸惑いを見せていたのだが。


「……ブラハム。……お願い」


 カレンの言葉を聞き、その向けられた瞳の輝きを見てしまってはブラハムにはそれ以上彼女に掛ける言葉など無かったのだ。


「……無事でいろ」


 強く歯噛みしたブラハムは言いたい言葉を全て飲み込み、それだけをカレンに告げて伝魔境に姿を消したのだった。

 そしてその直後、伝魔境はその役目を終えた様に天頂の赤い宝石は光を失い、鏡面は何も映さないガラス面と化したのだった。




 ブラハムが姿を消し、伝魔境がその機能を停止した直後、カレンは使用していた魔法を解除した。


「ぶ……ぶはぁ! はぁ……はぁ……」


「く……はぁはぁ」


「……はぁはぁ。……ふぅ」


 その途端、その場に残った3人は大きく息を吐いて喘ぎだした。

 凄まじい圧力は呼吸さえ困難にし、カレン、チェーニ、ラズゥエルは空気を求めて深呼吸を繰り返したのだ。

 カレンの用いた精霊魔法は、以前魔王アムルに使用したほどの殺傷力は未だない。

 その力で対象を圧殺する程ではないのだが、大の大人……「勇者の中の勇者ブレイブ・オブ・ブレイバー」であってもその行動を束縛し、骨折程度なら与える程の力はある。

 上方から抑えつける様な力に耐えるために、3人は多大な労力を必要としたのだ。

 労力……体力を削られた3人は、カレンを含めてすぐに動き出せる状態ではなかった。

 そして。


「痛っ!」


 カレンが、苦痛の声を上げる。

 皮肉な事に、彼女は自身の魔法により左足を骨折していたのだった。

 弱いながらも回復魔法を使えるカレンならば、すぐに折れた足を治す事も不可能ではないかも知れなかった。

 だが、すぐにそれを行使する機会をカレンは与えられなかったのだった。


「……は!?」


 同時に術を解き、同じように疲弊していた3人だったが、真っ先に動き出したのはカレンの眼前にいたチェーニだった。

 もっともそれは、チェーニが体力的にカレンよりも上回っていたという訳ではなく。


「……ラズゥエル、ありがとな」


 ラズゥエルの技により僅かに回復したチェーニが、カレンよりも先んじて動けたに過ぎなかったのだ。

 ラズゥエルに回復魔法は無いのだが、彼の固有技「刻印魔法(グラマ・マジア)」ならばそれを可能とする。

 勿論その効果は非常に微弱で、回復と呼べるまでの効力はない。

 だからこそ彼も、先のセルペンスとの戦闘では回復を「回復薬(クラーレ)」に頼ったのだ。

 それでも今この時だけを見れば、彼の「刻印魔法」による回復は効果絶大だったと言って良かった。

 何せカレンに先んじて、チェーニに動けるだけの体力を与えたのだ。この利点は大きい。

 その結果。


「……く!」


 即座にカレンへ「魔力封じの札」を張り付けたチェーニは、体力が戻らず左足を痛めているカレンを拘束する事に成功した。

 この札は先にアミラとケビンにも使われたもので、張り付けられた者の魔力の動きを阻害する働きがある。

 それは精霊魔法や神聖魔法にも効果があり、完全に封じる事は出来ずとも使用不可とするのに高い効果を見せるのだ。

 そしてカレンもまた、その札の効力により魔法の類を使う事が出来なくさせられたのだった。


「……これからどうするよ、ラズゥエル?」


 誰もいなくなった魔王の間で、チェーニがラズゥエルにそう問いかけた。

 現在はオリジナルの伝魔境を使い、他の伝魔境からの繋がりを封じている状態であり、チェーニたちが行ったように伝魔境を用いての奇襲や攻撃は考えなくても良い。

 それでも目的の魔王がこの場にいないのであれば、彼女達がここにいる理由も無く、それどころか魔王城に閉じ込められた……追い込まれた感まであるのだ。


「……とにかくここには、勇者カレンがいます。……嘘か誠か、今は魔王の妃となった女性がね」


 チェーニからどうすると問われたラズゥエルだが、魔王の間に突入して魔王がいなかったという場合は勿論の事、その魔王の間に勇者のパーティがいるという事など考えもしなかったのだ。

 そう簡単に、代案が用意出来る訳も無い。

 自分たちの計画が破綻し、最悪の結末に向かっているという感覚を彼は何となく感じ取っていた。

 それでも、今その事を口にして意気消沈する訳にはいかない。

 だからラズゥエルは、その頭脳を必死に働かせて何とか状況を好転させようと試みた。


「……私が、魔王アムルの事についてペラペラと喋ると思う?」


 まずラズゥエルは、カレンに魔王の事を聞こうとして失敗していた。

 もっともそれは想定内であり、あまり期待していなかった事ではあるのだが。


「お前、自分の立場ってのを理解してるのかよ?」


 苛立ちを含ませたチェーニがカレンに向けて凄むも、当のカレンはどこ吹く風だ。

 そしてその理由を、ラズゥエルも良く理解していた。

 今や、人質はカレン一人となってしまった。

 そんな彼女を害してしまっては、それこそ魔王城に孤立を余儀なくされ、いずれは魔王を筆頭として大攻勢を呼んでしまうだろう。


「……とりあえず」


 今にもカレンへ手を上げそうなチェーニに、彼はそれを思い留まらせる為にも声を掛けた。

 怒りに顔を赤くしたチェーニだったが、相棒の声には耳を傾けるだけの冷静さが残っていたようだ。


「伝魔境を駆使して、こちらの要求を突き付けて見ましょう。どのみち、その要求が通らなければ私たちは破滅です。出来る事は全て手を打ちましょう」


 ラズゥエルの諭す様な声音に、チェーニは真剣な表情に戻って頷き同意した。

 もっとも。


「……で? 具体的には何をするんだよ?」


 結局は、ラズゥエルに丸投げとなるのだが。


「そうですね……。とりあえず数日の猶予を与えて、魔王の首を要望しましょう」


「はぁ? そんなに時間を掛けなくても、すぐに要求したら良いんじゃないか?」


 ラズゥエルの第1の提案に、チェーニは思った事を口にして返した。

 確かに、数日待つという様な悠長な事を言う彼に、チェーニが疑問に思うのも間違いではない。


「……確かに。ですが冷静に考えて、権力者にその首を差し出せと言って、それをすぐに実行すると思いますか?」


「……ねぇな」


 逆にラズゥエルに問われて、チェーニは口角を吊り上げてそう返答した。

 通常でも人質の命と引き換えに自らの首を差し出す権力者など、彼女もお目に掛ったことが無いのだ。

 権力者は、常に切り捨てる側に立っている。

 その事に思い至って、チェーニは皮肉を含んだ笑みを湛えたのだ。


「でしょう? ただ、この魔界の魔王と言う存在や立場、制度について、私たちは何もわかりません。もしかすれば魔王と言う立場は代替えが利く役職かも知れませんし、そうなれば現魔王の首を取る事も不可能ではないかもしれませんよ? それなら、少なくとも私たちの任務は果たせたことになるでしょう?」


 ラズゥエルの話は、完全に希望的観測だ。

 それでも、今のチェーニたちには残された僅かな希望でもある。

 チェーニはラズゥエルの説明を聞いて、頷いて続きを促した。


「そして念のために、魔王城を戒厳令下に置きましょう。面白い事にこの城の魔物は、伝魔境で作り出されていてその強さの設定も自在なようです。そして、この魔王城の構造や配置も変更出来るようです」


「ほえ―――……」


 人界では見られないような技術の数々に、チェーニは思わず感嘆の声を上げていた。


「……そして、この城に(・・・・)囚われている(・・・・・・)彼女(・・)にも指示を与えましょう。そうすれば、私たちが実行しなくても魔王の首を取れるかも……」


 先ほどの発言通り、ラズゥエルは出来る手を全て打つべく行動を開始したのだった。


魔王城での籠城を確実なものとするため、ラズゥエルはあらゆる手段を行使する。

その中には、あの者を迎撃に使う術も含まれていた。

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