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建国前夜祭

魔王アムルの前で、賑やかな会話を交わす一同。

ここは仮とはいえ魔王の間で、今は魔王の御前であるのだが……?

 カレン、マーニャ、エレーナはともかく、レギーナに娘のアミラ、息子のケビンまで、臨時とはいえ魔界の最高執政室である仮の魔王の間へと訪れていた。

 如何に寛容な性格の魔王アムルとはいえ、仕事中に用のない者の安易な入室を許可するものではない。

 それでもアムルが次に口にしたのは、その事について彼女たちを咎めるものではなかった。


「それで、ブラハム。この場にこのメンツを集めたんだから、何か報告があるんだよな?」


 ともすれば雑談で終わりそうな雰囲気を引き締めたのは、当然と言おうかやはりとでも言うのか、この場の主たる魔王アムルであった。


「はっ! リィツアーノ団長より、『準備が整いましたので、いつでも出立いただけます』との報告を承っておりますっ!」


 そんなアムルの問いかけに、居ずまいを正して片膝をつき頭を垂れたブラハムが、先ほどまでとは打って変わった真剣な声音でそう告げた。

 その姿は、正しく主に使える騎士そのものである。

 いっそ頼もしいとも思えるその所作を前に、アムルもまた王の威厳を湛えて鷹揚に頷き応えた。


「よし。それでは、早速出立する事にしよう。レギーナ、アミラ、ケビン。それにカレン、マーニャ、エレーナは準備を。ブラハムは我らに付き、警護の任に当たれ。リィツアーノには、そのままこの街の警護を続けるよう。バトラキールは俺に代わって、この場で政務に当たれ」


 そして彼は、そのままスラスラと各人に指示を与えてゆく。

 僅かな逡巡も見せず、明確に指示を与えてゆくその姿は、アムルをして魔王と言わしめるに十分なのであるが。


 どうにも、その内容は小首をかしげるものであった。


 彼の人選は、これから重要な政務を行う様には思えない。

 選ばれたのが大人だけならば、そこに何か思惑があるのかとも考えられるのだが、アムルの口にした者の中には彼の子息の名も含まれているのだ。

 もっとも、それもそのはずで。


「畏まりましてございます、アムル様。ごゆるりと、お楽しみくださいませ」


 命を受けたバトラキールが、にこやかな笑顔を湛えて腰を折りそう答えると。


「さあさあ、アミラ、ケビン。早速着替えましょうね」


「わ―――いっ! さ、ケビン! いこう!」


「ねえちゃ……まって!」


 アムルの妻であるレギーナ、アミラ、ケビンは楽しそうに奥の間へと消えていった。

 そして。


「ねぇ、カレン。どんなの着ていくの?」


 先ほどまでの緊張感はどこへやら、マーニャもまた楽しそうな笑みを湛えて隣に立つカレンへそう話を振り。


「う―――ん……。こういう時って、どんな服が良いんだっけ?」


 その問いかけに、カレンは真剣な表情で考え悩んでいた。

 多感な時期を戦いに費やしてきたカレンたちには、どのような服装が適当なのか、もう殆ど忘れてしまっていたのだ。


「ふふふ―――。飾らない普段着で良いのではないでしょうか―――?」


 そんな彼女に、エレーナが普段と変わらない、それでいてどこかワクワクとしている笑みでそう助言する。


「それじゃあアムル、また後でね」


 少しばかりその場で談義していた3人だが、レギーナたち同様、彼女たちも着替えるためにこの場を後にした。


「それでは魔王様。私も団長へ報告に戻ります。……それでは、後程」


 そして、それまでの成り行きを黙って見守っていたブラハムもまた、すっくと立ちあがると、踵を返してその場を後にしたのだった。

 各人が「準備」に向かったのだ。残されたアムルもまた、その為の用意をしなければならない。


「さて……と。俺も、さっさと着替えてくるかな」


 仮の玉座から立ち上がったアムルが、一つ大きな伸びをし、傍らで控えるバトラキールにそう告げると。


「あまり、目立つような行動は厳にお控えください。くれぐれも、用心なさいますように」


 バトラキールは、アムルに頭を下げながら忠告と思われる言葉を口にした。


「分かってるよ。心配するなって」


 そんな彼に対するアムルの返答は、どこか気楽で深刻さが感じられない。

 だからだろう、バトラキールは大きく嘆息するとどこか不安げな、そして憐れむような視線をアムルへと向けた。


「そうは申されてもアムル様。昨年もその様な事をおっしゃって結局……」


 その理由を、彼はしみじみとその時の事を……去年の事を思い出しながら口にし。


「あ……あれはっ! あれは……その……」


 そして、バトラキールにたったそれだけ言われただけでアムルは口籠り、反論さえおぼつかなくなってしまっていた。

 それほどに、その時の事は言い逃れも出来ないほどの失態だったのだ。


「それでも今年は、お妃様と王女様、王子様がご同行です。それに元勇者であるカレン様、マーニャ様、エレーナ様、親衛騎士団副長となったブラハムも帯同しますからな。いくらアムル様と言えども、そうそう無茶はなさいますまい」


 蓄えた口ひげを揺らし笑みを浮かべるバトラキールを前にして、アムルはどこかバツが悪そうだ。


 昨年アムルは、周囲の心配をよそに単独行動を行った挙句、秘匿行動を課せられていたにも拘らず大騒ぎを起こし、それを収めるためにバトラキール、そしてリィツアーノがたいそう骨を折ったという経緯を持つ。

 アムルの性格上、どれほど注意を促しても仕方がないと分かっているバトラキールだが、今年は昨年のような騒動にはならないのでは……と期待していた。

 同行者として、彼の奥方であるレギーナがいる。

 彼女はバトラキールの知る限りで冷静を旨としており、アムルの独断先行を抑止してくれる事を期待できる人物だ。

 それに、この度親衛騎士団副長に着任したブラハムもまた、大人な対応が出来る男性である。

 この2人が抑止力となれば、如何なアムルとは言え、そうそう羽目を外すような事は出来ない筈であった。


「……ちぇ。俺って、信用ないんだな。……でもまぁ、確かに今年は同行者も多いからな。俺も、いつもより気を付けて行動する様にするよ」


 バトラキールの歯に衣着せぬ指摘を受け、若干心理的ダメージを受けたアムルであったが、今はその事よりもこれからの事に気持ちが向いているようで、それほど沈み込むという様な事は無かった。


 そう。アムルたちはこれから、魔王都レークスにて開催されている「建国祭」の「前夜祭」に参加しようというのだった。


 昨年は、レギーナが体調を崩しアムルに同行できず、アミラとケビンもこの催しには参加できなかった。

 1人で訪れた前夜祭であったが、その喧騒に気分が高揚したアムルは大いに飲み、笑いそして……そこで起こった騒動に加わっていたのだった。

 当初こそ、町人同士の小さないざこざが原因であったのだろうが、駆け付けたリィツアーノが事態を収束させたその中心には、魔王であるアムルの姿があったのだ。

 これにはリィツアーノも、そしてバトラキールも肩を落としてため息を吐くしかなかった。

 老執事が心配しているのは、まさにこの事である。

 昨年こそ、とにかくアムルの不祥事……と言うか乱交をもみ消すのに苦労したのだが、今年はそうならないだろう。バトラキールはそう考えて、アムルに頷きを返していた。


「この世界の王として、下々の生活や気持ちを知るいい機会ではありますので、前夜祭を覗かれるのには賛成でございます。魔王として、節度を保ちながら楽しまれるが宜しいと存じます」


 バトラキールがそう締めくくると、アムルは強く頷きそれに応じ、そのまま自らも着替えに向かった。

 そんな主の姿を、バトラキールは穏やかな笑みで送り出したのだった。


いよいよアムル一行が、街へと繰り出し祭りを楽しむことに。


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