勇者の地力
こっそりと死角に回り込んだマリンダとミリンダが、魔女固有魔法でチェーニたちの拘束を謀る。
このまま侵入者2人を拘束出来れば上首尾な訳だが……。
カレンたちの策略は、最初から企まれていた訳では無い。
最初に飛び込んだカレンは勿論、ブラハム、レギーナ、エレーナ、マーニャと、全員が慌てて事態の確認を行う為にこの部屋へと入室している。
その間に、何かを打ち合わせる様な時間は無かった筈であった。
それでも、マーニャが状況を把握してマリンダとミリンダをコッソリ死角に回り込ませる策を弄し、それを伝える事を気付かせない為にあえてカレンたちが下らない話題に乗ったのは、やはり彼女たちの意思疎通の成せる業だった。
もっともカレンたちの心情の半分ほどは冗談ではなく、わりと本気で受け答えしていた訳だが。
チェーニとラズゥエルのように即席のパーティではなく、カレンたちは数年を共に旅した仲間たちだ。
それも、ただの旅ではない。
常に死と隣り合わせにある、命がけの冒険をカレンたちは熟してきたのだ。
そんな彼女たちにしてみれば、アイコンタクトと言わず仕草一つ、指の動き一つで思惑を伝える事など造作もない事だった。
殊更に大きな仕草や声でカレンとエレーナ、マーニャはチェーニたちの意識を自分たちに向ける。
もとよりチェーニたちの注意はカレンたちに向いているのだから、これはそれほど難しい事ではなかった。
ただしいつも通り、念の為にこのやり取りにブラハムは極力加わらなかった。
ブラハムが参加すると、一気にわざとらしさが増す事を、本人以下元勇者パーティの面々は知っていたからだ。
それにより、然して気配を消す事が得意ではないマリンダとミリンダは上手くチェーニとラズゥエルの死角に潜り込むことに成功した。
そして。
「ぐ……ぐうぅっ!」
「こ……これは……!?」
漆黒の鎖に体を雁字搦めとされ、チェーニとラズゥエルは思わず呻き声を上げていた。
それほどに、拘束する力が強い魔法だったのだ。
それでも、未だに2人ともアミラとケビンを放そうとはしない。
今となっては、この2人がチェーニたちの生命線ともいえるのだ。
彼女たちが必至となってそれを逃すまいとする事も、分からない話ではなかった。
そして、マーニャがマリンダとミリンダにこの役目を与えた理由。
この部屋に残る者達の中で、もっともチェーニたちの意識に残らない者であると同時に、マーニャがこの役を与えるに足ると判断したからに他ならなかった。
マリンダとミリンダは、未だに幼さの抜けきらない双子の少女である。
今年12歳となる彼女たちは、普通に考えれば未熟と評されておかしくない年齢である。
それでもマーニャは、彼女達が失敗するだろうと言う考えなど抱かなかった。
それは何も、同郷から来る贔屓目と言う訳では無い。
マリンダとミリンダ……彼女たちも、れっきとした「魔女」であるからだった。
「く……マリンダ……」
「え……ええ。ミリンダ……」
余程意思の疎通が取れているのだろう、マリンダとミリンダは互いの名を呼ぶだけで相手が何を伝えたいのか全て把握しているようであった。
如何に魔女とは言え、相手にしているのは人界でも実力者である「勇者の中の勇者」。
明らかに格上相手に、彼女達が死力を尽くさなければならない事は道理であった。
それが証拠に、2人の額からはほんの僅かの間に珠の様な汗が浮かび上がっている。
未だ人質を解放しておらず動きも完全に封じ込めていないこの状況ではカレンたちが加勢する事も難しく、この状況を打開するのはマリンダとミリンダの魔法の成否に掛かっていた。
人界では、魔法を得意とする者は殊の外少ない。
それは人界に漂う「魔素」の量が圧倒的に少ないという事も起因している。
魔法を使う為には魔素を多量に必要とするのだが、その魔素量が少なければ魔法を思った通りに使う事は至難の業なのだ。
それが原因なのか、人族に「魔法力」の高い者もまた少ない。
魔族には多く見られるが、魔法力……魔法適性の高さと言っても良いが、その力が人族は総じて低いのだ。
その代わり人族は「神聖力」に精通しており、これは魔族の不得手としているジャンルとなるのだが。
それでも、中には生まれながらに「魔法力」が高い人々……一族が存在する。
それがマーニャ達「魔女」の一族であり。
遥か古の昔から「魔族の血」を受け継ぐ者たちであったのだ。
その血は随分と薄まり、とても魔族を名乗るには不足している。
だが確かに脈々と受け継がれており、結果として人界でも特異とする「生まれながらに魔法に精通している者ども」として存在していたのだ。
特に現在ではマーニャに強くその影響が現れており、忌み嫌われながらも「神色の勇者 序列第4位」の座を獲得している。
そんな魔女の一族であるマリンダとミリンダは、今回のこの奇襲に打って付けだったと言って良かった。
年齢に見合わぬその魔法力はこの魔界で更に鍛えられ、カレンたちから見ても「勇者の中の勇者」と比べて引けは取らない。
それは、マーニャを始めとしてカレンたちも認める所であり。
マリンダとミリンダも、その事を強く自負していた。
―――しかし、誤算と言うものは存在する。
「ぐ……あああぁぁっ!」
「……む!」
自らを縛ろうとする黒鎖をチェーニは気合一閃、ラズゥエルは静かに気を込める事で破砕し霧散せしめたのだった。
「……あっ!」
「……くっ!」
その結果マリンダとミリンダはその反動を受け、その場で尻もちをついてしまっていた。
言うまでも無く、双子の魔法がチェーニたちに防ぎきられ破られたのだった。
マーニャの……いや、彼女達の誤算はマリンダとミリンダを起用した事ではない。
むしろ、この場では申し分のない人選だったと言って良いだろう。
カレンを始めとして、この場にいる大人たちの誰が動き出しても、人質の無事は保証されなかった。
如何に動きで上回っているカレンやブラハムと言えども、チェーニたちに近づくまでにアミラ達に傷を負わせる事は無いと断言出来る訳ではない。
心情として、この場の誰もが子供たちに出来れば傷ついて欲しくないと願っていた。
それを考えれば、マリンダとミリンダに死角から攻撃させるこの作戦は最適だったと言って良かった。
ただ……計算外だったのが。
如何に下位とは言え、チェーニとラズゥエルが「勇者の中の勇者」であるという事をマーニャ達は軽視してしまっていた事と。
ラズゥエルの固有技「刻印魔法」から放たれる即効性魔法の存在を知らなかった事だった。
「あ……危なかったぜぇ……。ラズゥエル、サンキューな」
「……どういたしまして」
彼女達は確かに不意を突かれて、チェーニは勿論の事ラズゥエルもマリンダとミリンダの魔法に対応出来なかった。
対抗する為の魔法を唱える準備も、そして時間さえなかった状況では、魔法を防ぐための手段は無かった……筈であった。……普通ならば。
しかしラズゥエルには、取って置きともいえる「刻印魔法」があった。
彼は刻印の1つを解放し、瞬時に自身とチェーニへ防御魔法を展開したのだ。
弱く属性も持たされていない防御魔法は、流石に双子の魔法を完全には防げなかった。
だが偶さかとでも言おうか、マリンダとミリンダの使用した魔法は無属性魔法であったのだ。
この偶然が、決して強くはないラズゥエルの魔法に力を与えた。
そして何よりも見誤ったのは、チェーニたちの魔法に対する耐性の高さであっただろう。
如何に引けを取らないとはいえ、マリンダとミリンダは「勇者の中の勇者」ではなく、チェーニたちは「勇者の中の勇者」に選ばれた猛者なのだ。
この差が今回は、如実に現れたと言える。
「お前たちぃ―――っ! 自分たちの置かれた状況が、良く分かってねぇようだなぁっ!」
危うく囚われる羽目に陥るところだったチェーニは、顔を真っ赤にして激怒していた。
「あ……うう」
「ア……アミラッ!」
怒りのあまりアミラを捕らえるチェーニの腕に力が入り、アミラは呻き声を上げて苦しみ、それを見たレギーナが悲痛の声を上げる。
怒り心頭の犯罪者がとる行動と言うのは、たいていが……1つだ。
「あたい達が本気だって事、分からせる必要があるかもなぁっ! ……ラズゥエルッ!」
このセリフから、その場の誰もが次にチェーニたちの行う所業を想像した。
そしてそれは、間違いではなかった。
「……あなたがやればいいでしょうに」
愚痴を零しながらもラズゥエルは、腰から短剣を取り出し淀みのない動きでその刃先をケビンの首へ向けた。
「……本当は、こんな事は苦手なんですけどね」
そういうラズゥエルの顔には、何の感情も浮かんでいない。
本当に先ほどの言葉が真実なのか、その場の誰もが疑ってしまう程だった。
「ケ……ケビンッ!」
レギーナは今度は、息子の名を声高に叫ぶ。
そして次の瞬間。
その場には、惨劇が繰り広げられる……と、誰もが思ったのだが。
「こ……これは……!?」
「お……おい。どうした、ラズゥエル!?」
次の瞬間、ラズゥエルの上方から何かが圧し掛かってその動きを阻害し、チェーニはそれを目にし驚きの声を上げていたのだった。
マリンダとミリンダの魔法を破ったチェーニたちが逆上する。
その凶刃は、囚われのケビンに向くのだが……その時!