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やり取りの顛末

魔王の引き渡しを要求したチェーニだが、良い放った後の空気はどうにも……甘ったるいものとなっていた。

 チェーニはカレンとの問答を切り上げ、自分たちの目的を達するべく啖呵を切った。

 そして不思議な話だが、良い放ったチェーニは……なぜかキョトンとしていたのだ。

 それは、返って来た反応が余りにも……緊迫感に掛けたものだったからだ。

 当初、強い視線をカレンへと向け要求を声高に述べたチェーニだったが。


「ちょ……やだ。……嫁って。……それに旦那だなんて。そ……そりゃあ、その通りなんだけど、面と向かって言われると……」


 そのカレンはと言えば、チェーニの台詞に含まれていた部分(ワード)に反応して大いに照れていたのだった。

 顔を真っ赤にして照れまくっているカレンを目の当たりにし、チェーニは肩透かしを食った状態に陥っていた。


「ちょっと、カレン? 勘違いしちゃあ困るんですけどぉ……」


「アムルは―――、あなただけの主人ではありませんからね―――?」


 そこに、ややムッとした雰囲気を含ませて後方から2人の女性が参戦する。

 別にチェーニはカレンにだけそう言おうとしていた訳では無く、ただ知らなかっただけなのだが。

 それに彼女だけでなくラズゥエルにしても、この魔界での風習を全て把握出来ている訳では無い。……と言うよりも、知らなかったのだ。


「わ……分かってるわよ!」


 後方からの異議に対してそう返答し、カレンは改めてチェーニとラズゥエルの方へと正対した。

 どうにも気の抜けるようなやり取りに、チェーニとラズゥエルの気は削がれていた。

 血気に逸る侵入者の気勢を削ぐ事は、戦法としては申し分ないのだが、実はこれにはもう一つ理由があったのだ。


 カレンたちは何も、チェーニたちを前に本気で(・・・)コントの様な(・・・・・・)事をしている(・・・・・・)訳では無いのだ(・・・・・・・)


「それで残念なんだけど……。実は、魔王アムルはこの“居城”にはいないのよ」


 チェーニたちの要求に対して、カレンはそう返答した。

 そのこと自体は真実であり、彼女は決して嘘を吐いてはいない……のだが。


「う……嘘を吐くなっ! 魔王が魔王城にいないなんて、そんな訳ある筈ないだろうっ!」


 チェーニたちは、俄かにその言葉を信じられなかったのだった。

 それもそのはずで、彼女達の認識では支配者は己の居城でふんぞり返っているのが常だった。

 余程の事でもない限り、その“居城”から離れるという事は有り得ないのだ。


「……もしかすると、外遊にでも行っているのでしょうか?」


 そして、魔王がこの城から離れる最も高い可能性をラズゥエルが口にした。

 この城の主が自らの住処を留守にする理由の中で、それが一番考えられる有り得そうな行動だったからだ。


「いいえ―――。アムルさんが―――、私たちの誰も連れずに外遊するなんて―――それこそありえません―――」


 そんな彼の考えを、エレーナがやんわりと否定した。そして。


「アムルは今、この魔界に攻めてきた人界軍を食い止める為に出陣しているわ」


 マーニャが、エレーナの後を継いでそう説明したのだった。

 それもまた真実であり、彼女達はチェーニを謀ろうとする意図などなかったのだが。


「……人界軍が攻めてきている!? ……この魔界に!?」


 マーニャの返答を聞いて、ラズゥエルはまずその事に驚きを露わとしていた。

 彼にとってもその事実は初めて知る事であり、人界軍の動向についてチェーニたちに指令を伝えた大臣から何も知らされていなかったのだ。

 この事で、ラズゥエルの動揺は少なくなかった。

 それも当然であり、事前にこの情報を知らされていれば他にやりようなど幾つもあったのだ。

 それこそ、人界軍来襲の騒動に乗じての潜入ならば、遥かに安全に済んでいただろう。

 それに魔王が戦場に出ているのならば、そちらで暗殺を謀った方がはるかに簡単である。少なくとも、魔王城へと忍び込む算段を求めなくて良かったのだ。

 これらの事を踏まえ、ラズゥエルはマーニャの話に驚くと共に少なくない憤りも感じていたのだが。


「嘘も大概にしろっ! 魔王が……この魔界の支配者が、わざわざ戦場に出向く訳あるかぁっ!」


 チェーニは、ラズゥエルとは別のところに引っかかりを覚えて憤っていた。

 先の通り、チェーニたちの見解では権力者がわざわざ危険な場所へと赴くなどありえない事だ。

 それが如何に安全だと保障されていたとしても、保身に走る輩と言うのは危ない場所へ向かう事はまず有り得ない。

 余程の物好きか、自らの身を顧みない能無しか。一般的な見解では、まず考えられないのだ。


「嘘ではありません。魔王アムルは……。いえ、歴代の魔王は自らを矢面に立たせることを旨としております」


 そんなチェーニの疑問に答えたのは、それまで口を噤んでいたレギーナだった。

 チェーニの余りにも決めつけたその物言いに、魔族であるレギーナは口を挟まずにはいられなかったのだ。

 しかしこれは、チェーニの冷静を誘う結果となる。


「……あんた、魔族だな? そりゃ、ここは魔族の本拠地魔王城だ。魔族がいてもおかしくはない……が」


 まるで、値踏む様にレギーナへと視線を向けたチェーニが言葉を続ける。


「あんた……。あんたが魔王の妃ってやつだな? って事はつまり……『白』や他の奴らは妾って事か?」


 レギーナの容姿や立ち居振る舞いを見て取ったチェーニが、やはり人族らしいもっともな意見を口にした。

 しっかりと説明されずに、魔界に対して教育も受けていない人族にすれば、この見解は当然のものと思われるのだが。


「だ……誰がっ!」


「め……妾よっ!」


「あらあら―――まぁまぁ―――」


 今度はその言葉に、カレン、マーニャ、エレーナが反応した。

 基本的に人界で「妾」とは二号さん、側室、愛人……つまりは正妻とは別の、妻の様な関係(・・・・・・)の女性を指す言葉であり、決して正妻とは認められない立場である。

 その事の正否はともかくとして、カレンとマーニャ、エレーナは何も「妾」となった覚えは無い。

 第二、第三、第四夫人とは言え立派な正妻に違いなく、その事はこの魔界でも認められているところなのだ。


「……何? 何だ……? ち……違うのか!?」


 自分の発した台詞で殊の外憤慨しているカレンたちを前に、チェーニは思わずその気勢に呑まれてシドロモドロとなり。


「「全っぜん、違うわよっ!」」


 カレンとマーニャに、声を併せて否定されてしまっていた。

 因みにエレーナは、そんな2人の発言にウンウンと力強く頷いて同意を露わとしていた。

 余りの剣幕に、チェーニは思わずラズゥエルを見て意見を求めるも、彼も理解しがたいようで首を横に振り応えている。

 やはり傍から見れば、現在の状況には似つかわしくない無為なやり取りだと言えるだろう。


 ただこのやり取りにも、内容はともかくとして意図はあったのだ。

 ……カレンたちの方に。


「虚無の彼方に住まう者ども!」


 密かに移動を済ませ(・・・・・・・・・)すでに準備も(・・・・・・)終えていた(・・・・・)マリンダとミリンダが同時に(・・・)詠唱へと入った(・・・・・・・)


「な……何っ!?」


「しまった! こ……これは!?」


 完全に不意を突かれる形となったチェーニとラズゥエルに、この死角からの魔法に対処する術はない。


「捕らえよ! その頑強なる鉄鎖持ちて……」


 マリンダの詠唱に併せて、ミリンダの呪言も淀みなく紡ぎ出される。

 双子ならではの息の合った唱和は、まるで2人で1人の魔女がその場に存在しているかのようだ。

 チェーニとラズゥエルが動き出そうとするその前に、双子の魔法はその完成を見る。


「「彼の者の動きを封じ込めよ!」」


 マリンダとミリンダが魔法を高らかに唱えきったその直後、チェーニとラズゥエルの足元に魔法陣が出現する。

 その赤紫色に輝く光を、チェーニたちは慄いた表情で見つめるしかなかった。


「「束縛の鎖(カウティペリオ)!」」


 そして、魔法が発動する。

 双子の姉妹が魔法名を告げると同時に、チェーニとラズゥエルの足元より黒い鎖が幾本も出現し、2人を見事に束縛したのだった。


不意を突くことに成功したマリンダとミリンダの、魔女だけが使える魔法が発動する。

回避不可能のタイミングで放たれたこの魔法で、事態は大きく動き出す。

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