駭然とする暴露
隣室で響き渡り悲鳴を聞き、カレンたちはすぐにその部屋へと駆けつけたのだが。
隣室からの悲鳴、何よりもアミラとケビンの叫び声を聞き、それまで寛いでいたカレンたちは即座に席を立ち行動を開始していた。
もっとも早く動き出していたのはカレン。次いでブラハム。この辺りの反応の速さは、流石は戦士と言った所である。
その後に続いたのはやはりと言おうか、レギーナであった。
母として彼女は、自分の子供たちの危急を告げる声を聞いて考えるよりも早く動き出していたのだ。
そしてエレーナ、マーニャが続いて席を立ち、隣室の方へと向かった。
「あ……あぁ……。アミラ様が……ケビン様が……」
カレンたちが伝魔境のある隣室の入口へ到達するよりも早く、中から職員たちが数名飛び出して来た。
その誰もが慌てふためき青い顔をして、回らない舌を動かし状況を告げようとするも上手くいってはいない。
しかし現状を見て想像すれば、中でアミラとケビンの身に危険が生じる異変が起こっている事は考えるまでも無い事だった。
「アミラッ! ケビ……ッ!?」
真っ先に室内へと飛び込んだのは、当然の事ながらカレンである。
彼女はアミラとケビンの安否を気遣う声を発し、警戒心を最大にして部屋の中に乗り込んだのだが、そこで見た光景に声を詰まらせてしまっていた。
「カレンッ! ……ぬっ!?」
その次に続いたブラハムだが、やはりカレンの見ているものを見た彼も絶句を余儀なくされていたのだった。
それは、改めて誰かに説明されなくとも一目瞭然の状況だったからに他ならない。
―――アミラとケビンは、見も知らぬ侵入者に囚われていたのだ。
これはそのまま、この魔王城魔王の間に不審人物の侵入を許し、アミラとケビンが人質となった事を意味する。
そしてその事は、後続のレギーナ、エレーナ、マーニャと、更にその後に続いたマリンダとミリンダも理解出来ていた。
「ア……アミラッ! ケビンッ!」
それでも母親としては、2人の名を叫ばずにはいられない。
レギーナは悲痛な面持ちで、彼女達の名を呼んだ。
それを聞いたアミラとケビンは一層取り乱し、もはや言葉にならない声でレギーナの名をしきりに叫んでいる。
「あんたたち……何者?」
そんなある意味で騒々しい周囲を気にするでもなく、すでに不審人物たちへと意識を集中しているカレンが、随分とドスの効いた声でそう問い掛ける。
ともすればその声は喧騒に溶け込んで聞こえなくなりそうだが、相対している者達にはしっかりと聞き取れていた。
「……いや、カレン。こいつら……人族だぜぇ」
カレンの問いに応じたのは、目の前の人物たちではなくブラハムだった。
もっとも彼の言葉は「誰」と言う質問に対する答えではなく、その者達の「正体」を示すものだったのだが。
「……カレン? ……って」
そんなブラハムの言葉に誰よりも早く反応したのは、2人の子供を人質とした侵入者の片割れ……チェーニだった。
そしてそれはチェーニだけでなく、もう一人の不審者……ラズゥエルも同様で、目を見開き驚きを露わとしていた。
「カ……カレンって、あのカレンかよ!? カレン=スプラヴェドリー!? 人界きっての実力者、『勇者の中の勇者』にして『神色の勇者』、その序列一位にして『白の勇者』の……あのカレンか!?」
その理由を、チェーニは自ら口にしていた。
本当ならばそんな事を話してしまっては、自分たちの素性を公言する様なものである。
どのような場面であっても、敵を前にして自らの立場を知られてしまう様な説明を口にするなどあってはならない。
特にチェーニたちが今負っている任務の様に、敵地に入り込んで暗殺を目的としている場合は、漏れてしまった情報からどの様な不利益が主君や雇い主に生じるか知れたものでは無いのだ。
それが分からないチェーニではない。それでも、口に出さずにはいられない……それほどの衝撃だったのだ。
「……そこまでスラスラと私の事を話せるって事はあんた達……人界の勇者ね?」
案の定……と言う訳でもないのだろうが、チェーニの口から洩れた情報から、カレンは目の前の人物たちの素性にある程度当たりを付けていた。
「……なるほど、見覚えがあるな。確か『影縫い』……チェーニ……=アウグステンと、『知識の手』ラズゥエル……=コントニスか。共に『勇者の中の勇者』だな?」
「……『赤』……。ブラハム=エーエマンか。お前までこんな所に……。いや……」
カレンの台詞をブラハムが補完させ、それを聞いたチェーニが苦虫を噛み潰した様な表情で言い返した。
下の者が上位の者に憧れその名を覚えている事はあっても、上の者が下位の者達の名まで覚えている事は稀である。
そう考えれば、カレンでさえ覚えていないチェーニたちの名をブラハムが覚えていたというのは、彼女達にしてみれば驚くべき事であった。
それと同時に。
「ええ、チェーニ。そちらの女性はエレーナ=アドウェントスと……マーニャ=アディビノ。共に『神色の勇者』の『青』と『黒』です」
チェーニの言葉を継いで、ラズゥエルがエレーナとマーニャの事も言い当てる。
それが意味するところは、互いの素性が相手に知れているという事だ。
しかもこの場合は、ただ単に名前を知っていると言うだけには留まらない。
ブラハムは、チェーニとラズゥエルの「二つ名」まで言い当てているのだ。
これはそのまま、彼がチェーニたちの特徴まで知っていると言っても過言ではなかった。
「お前ら……こんな所で……何……。何やってんだよっ!」
震える声で言葉を絞り出したチェーニだったが、最後には絶叫に近い大声でカレンたちへと問い掛けていた。
それまで彼女たちの腕の中で泣きじゃくっていたアミラとケビンも、この怒りと憎悪の込められた叫声にはビクリと体を震わせて閉口を余儀なくされる。
「……え……っと。……その。……何って……ねぇ?」
しかしその怒声を向けられた当のカレンは怯むような事は無く、それどころか……照れだしてシドロモドロとなっていた。
その、想像の埒外ともいえる反応を目の当たりにしたチェーニとラズゥエルは、思わず声を失ってしまっていた。
それまで沸点に近い怒りを露わとしていたチェーニでさえ、一気に毒気を抜かれてキョトンとさせられるほどだ。
「え……ええ―――。それは―――……ねぇ?」
「あ……あははは……。そりゃぁ……ねぇ?」
しかも、その挙動不審はカレンだけではない。
何故か彼女が話を振ったエレーナやマーニャも、同じ様に顔を真っ赤にして動揺を露わとしていたのだ。
厳めしい顔つきのブラハムでさえ、明後日の方向に視線をやり頬をポリポリと掻いている。
その光景は、それまでのシリアス展開を全て台無しにしてしまうような、そんな雰囲気まで醸し出す程であった。
博学を自称するラズゥエルだが、流石にこの状況の原因には心当たりがない。
彼の頭をもってしても、何故カレンを始めとした「神色の勇者」の面々が魔王城魔王の間に居り、自分たち「勇者の中の勇者」と相対しているのか理解不能なのだ。
誰もこの空気となった理由を説明出来ない……説明しない状況が暫し続いたのだが。
「……あ―――。……コホン」
ここで意を決したのか、先頭でチェーニたちと相対しているカレンが、どうにも不自然だと思える咳払いをして口火を切った。
「私たちその……今はこの魔界で暮らしてるのよ」
「……はぁ!?」
カレンが口にした真実を聞き、チェーニの口からはこれまでに聞いた事の無い素っ頓狂な声が発せられていた。
もっとも、これは彼女の心情を鑑みれば至極当然な行動と言って良い。
相方のラズゥエルに至っては、思考が停止したのかポカンと口を開けて動きを止めている。
「それでその……私は。いえ、私だけじゃないんだけど……」
ただしカレンから投げつけられる爆弾は、何も先ほどの一言だけではなかった。
「今は魔王と結婚してるのよ」
「はぁ―――っ!?」
続けて齎された重大発表を聞いて、チェーニの混乱は極致となっていた。
カレンの放った爆弾発言に、チェーニとラズゥエルはその場で凍り付く。
2人の混乱は、そう簡単に収まりそうにない……。




