強襲! 魔王の間!
魔王の間で繰り広げられる、優雅なお茶会。
日常ではありえないそんな光景から、事態は大きく動き出す。
ティータイムを取るための準備を、何もこの魔王の間で行う必要はない。
当初はエレーナも、そんなつもりで双子の魔女であり今はアミラとケビンの教育係を任されているマリンダとミリンダに願い出たのではなかった。
この魔王の間にも小さなバルコニーがあり、てっきりそこに準備されるものと思い込んでいたのだ。
それでも2人はどう解釈したのか、魔法を使いあっという間にこの魔王の間玉座前に大きめの丸テーブルとイスを用意したのだった。
「……それでは、座りましょうか」
やや唖然とした雰囲気だったレギーナだが、気持ちを入れ替えたのか一同にそう提案し、カレンたちも了承し各々椅子に腰をかけた。
それを確認したマリンダとミリンダは軽く一礼すると、そのままその場より退出していった。恐らくはお茶とお菓子を取りに向かったのだろう。
「ま……まぁ、たまにはこんな趣向もあり……よね?」
2人が退室して暫くし、カレンが不思議な沈黙を破るように口を開いた。
荘厳に鎮座した、数段高くに設置されている玉座。
そこからまっすぐに伸びている、深紅のカーペット。
真っ白な大理石で造られた豪奢な支柱が幾本も並び、その柱と同じ色の壁や床。
厳格ささえ感じられる白と赤の世界にポツンと設けられたテーブルとイスは、誰が見ても違和感を覚える以外の何ものでもなかったのだ。
「そ……それはそうなんだけどぉ……。これは……どうなのかなぁ……?」
確かに、普段とは違う趣を楽しむのもおかしな話ではない。
それでもそれは、時と場所に依る。
時間的には問題ないとしても、魔界の軍事的中枢を担う「魔王城」の枢軸「魔王の間」の「玉座正面」と言う場所が、お茶会に適しているかと言えばその限りではないのだ。
もしかすれば流石のアムルも、このことを知れば怒るかも知れないのだが。
「大丈夫ですよ―――。彼ならばきっと―――笑って許してくれますよ―――」
そんな彼女たちの杞憂を、エレーナは然したる不安も感じさせずそう一言発し、用意されたお茶に口を付けたのだった。
余りにも普段通りな彼女の振る舞いに、少しばかり不安に感じていたカレンとマーニャも安堵の吐息を漏らし。
「そうですよ。アムルなら、この程度の事でイチイチ目くじらを立てたりはしないでしょう。勿論、時と場合に依りますが」
そしてエレーナの意見を、正妻であるレギーナが補完する。
他の誰でもない彼女の意見は真実味があり、カレンたちの誰からも異論などでなかった。
「まぁ、今日だけって事で……ね?」
最後にはカレンのその言葉が切っ掛けとなり、お茶会は和やかに始まったのだった。
「ねぇ、おかあさまぁ。かがみをみてきてもいい?」
「…‥いい?」
お茶会も進み、大人たちは会話に花を咲かせている。
普段はそれぞれに忙しくしている彼女たちに、こうやってのんびりと話をする機会は意外に少ない。
積もる話……と言う訳でもないのだろうが、一同の話は尽きることも無くいつまでも止む気配はなかった。
もっともブラハムは、そんな話に加わることも無く黙々と飲食に集中していたのだが。
そして女性陣の詰まらない会話に飽きてしまったのは、何も男性であるブラハムだけではない。
早々にお菓子を食べ切りお茶を飲み干した子供たちにとって、大人たちの難しい話は退屈以外の何ものでもなく。
子供の楽しめるものが少ないこの魔王の間にいる事を飽きたアミラとケビンは、やはり子供らしく行動を開始しだした。
「良いですが、決して触れてはなりませんよ? それから、作業を行っている者達の邪魔をしないように」
アミラとケビンの要求は、子供のものとしては妥当なものであった。
もっともそれは、他に興味を惹くものが無かったという事でもあるのだが。
2人は、普段はゆっくりと見せてもらえない「魔導鏡」を見たいと言い出したのだ。
「うん、わかった―――! いこ、ケビン!」
「ねぇちゃ、まって」
元気だけは良いアミラはレギーナの注意に大きな声で答えると、ケビンの手を取って隣室にある魔導鏡の元へと駆けていったのだった。
操作の難しい魔導鏡を、子供が触れただけでどうにかなることは万に一つもあり得ない。
うっかり発動……などと言うベタな展開は、この魔導鏡に限っては有り得ないと言って良かった。
無論その魔導鏡を使って作業をしている魔王直近の部下たちは少なからず居り、本来ならば子供がその近辺で眺めているだけでも邪魔となってしまう可能性は高いだろう。
だが今は魔王もおらず、この魔王の間に訪れる者も制限されている。
つまり、殆ど外部の者が訪問する可能性はなく。
「あら? アミラ様にケビン様。伝魔境の見物ですか?」
ここで働いている者達もアムルたちとは気心が知れており、今の状況でアミラとケビンが伝魔境を見に来たからと言って目くじらを立てる様な者などいなかったのだった。
「うんっ!」
職員の問いかけに大きな声で応えたアミラは。
「ふわぁ―――……」
再び伝魔境へと視線を向け、見上げたまま感嘆の声を零したのだった。
魔道具としても随一の性能を誇る伝魔境だが、古美術品としての価値も相当なものである。
何せこの魔道具が作られた時期は判然としていないのだが、少なくとも初代魔王が在籍した時点では存在していた。
その当時より使い方の全ては知られておらず、未だにこの魔道具の研究は行われているほどだった。
そんな神秘的な魔道具を前にすれば、例え幼子であっても興味を惹かれるのも仕方がない事だった。
「すごいねぇ、ケビン。これで、いろんなところにいけるんだよ」
「いろんな……とこ? それって……どこ?」
「いろんなところは……いろんなところよ」
アミラが聞きかじった程度の知識をケビンに披露するのだが、ケビンの何気ない質問に答えを窮してしまうあたりは如何にも子供らしい。
そんな無為に思える問答を繰り返してもなお、二人は楽しそうに目を輝かせながら伝魔境を食い入るように見つめ、時にはその鏡面に触れたりしていた。
そしてその様子を伺う職員たちも、その事を注意する素振りは無い。
それどころか彼女たちから目を離し背を向け、自分の仕事に一心不乱だ。
伝魔境は、魔力を持っていれば誰にでも作動させる事が出来るというものではない。
動かす為には複雑化された魔力の波長をもって、手順通りに操作を行わねばならない。
しかも幾通りもの手法を何度も行う必要があり、子供が一度や二度触れただけで動き出すような代物ではない事をこの場の誰もが知っていたからだ。
「……あれ?」
その事は、幼いながらもアミラは理解していた。
自分たちがこの伝魔境に触れても、起動していない状態ならば反応する訳が無いという事を。
だから普段とは違う反応を見せたその魔導鏡を見て、アミラがその様な声を上げたのも自然な事だった。
「……映ってる」
それまで彼女たちだけが近くにいる時に、その鏡がアミラやケビンの姿を映しだした事は無い。
それにも拘らず今、その鏡は彼女たちの姿を映し出していた。
思わず鏡を見上げるアミラは、その魔道具の天頂部にある宝石が赤く輝いている事に気付いた。
「……ってる」
それが異変だと気付かないケビンは、自分の姿が映し出された事が嬉しいのか鏡面をペタペタと触って喜んでいる。
だがアミラの方はと言えば、それまでにない反応を見せる伝魔境に少なくない困惑を覚えていた。
もっともそれは、伝魔境から感じる不安ではない。
自分たちがその魔道具に触れていた事で、もしかすれば余計な事をしてしまったのではないか……ひょっとするとレギーナに怒られるかもしれないという畏怖の念だった。
「ね……ねぇ。うごいてる……」
とにかくこの異変を誰かに伝えなければいけないと、アミラはその部屋にいる職員へと声をかけようとした。
その行為自体は、この年齢の子供としては驚くほど適切なものだろう。
子供と言うのは、自分に不利益な事は隠そうとするものだ。
だからこの場合のアミラも、下手をすれば口を噤みその場から逃げ出していたかも知れない。
いや……その方が、まだ良かったのかもしれない。
結果としてその場に留まった事が、事態をさらに深刻としてしまったのだから。
小声だったからかアミラの声は誰の職員の耳にも届かず、アミラがもう一度声を出そうとするよりも早くその伝魔境からは2人の人影が染み出してきたのだ。
その光景を初めて目の当たりにするアミラとケビンは、その時点で声を上げる事も出来ない。
「……ああ!? ……おい、ラズゥエル。ここって魔王城のはずだよな?」
影の一人である勇者チェーニが、目の前にいるアミラとケビンを見てもう一つの影である男性に小声で声をかけた。
「間違いなく魔王城ですよ」
チェーニに問いただされた勇者ラズゥエルは周囲に目をやりつつも落ち着いた声音で、やはり小さな声で彼女に返答する。
どこもかしこも2人にとって初めて見る部屋であるのは間違いないが、操作を誤る筈がないこと誰よりもラズゥエルが理解していた。
「……じゃあ、なんで子供がここにいんだよ?」
その答えを聞いたチェーニは、足元で怯えた顔をして自分を見上げる2人の子供をみて、どうにも納得の出来ないと言った声音で再度問いかけたのだが。
「知りませんよ。しかし……チェーニ」
ラズゥエルがチェーニの名を口にすると、その意味を理解した彼女はするりと動き、あっという間にアミラとケビンを後ろから羽交い絞めにした。
勿論、子供相手に力加減を誤るという様な事をチェーニはしなかったが、それでも2人の子供に恐怖を与えるには十分だった。
「きゃ……きゃあ―――っ!」
「う……うわ―――んっ!」
殆ど2人同時に、叫び声と泣き声を上げだした。
如何に個々の戦闘能力が高い魔族と言っても、アミラとケビンはまだまだ幼児の域を出ない子供である。
戦闘訓練を受けた訳でもなく、捕まったからと言ってその場から自分たちの力で何とかしようという発想には到底ならなかったのだ。
「……ちぃ。おい、ラズゥエル」
2人の行動の自由を奪ったチェーニだが、その口を封じるまでにはいかない。
早々に声を出させないようにする事を諦めたチェーニは相棒のラズゥエルに合図を送り、その意図を汲み取った彼もまた素早く動いて2人の子供に札を張り付けた。
「ア……アミラ様? ケビン様? 一体どうし……きゃ―――っ!」
アミラとケビンが取り乱した声を上げた事に不信を抱いた職員が伝魔境の方へとやって来て、そこで捕まる2人の子供と同じく2人の不審者を見止めたのだった。
そして今度こそ本当に、その悲鳴は隣室にいるカレンたちの耳にも届く事となったのだった。
伝魔境より現れたチェーニとラズゥエル。
そして、捕らえられたアミラとケビン。
人界の勇者たちに依る魔王城奇襲が始まった。




