とどめの一撃
蛇体を切り刻まれたセルペンスは、もう動けない。
誰の目から見ても、勝敗は決していた。
蛇と言う動物の体は、その殆どがしなやかな筋肉で覆われている。
そしてそれらを上手く撓らせる事で、絶妙のバランスを取り様々な動きを可能としていたのだ。
しかしその身体の大半を失ってしまっては、セルペンスには普通に移動する事さえ出来ない。
動く事さえ出来ないのだから、もはやその姿を維持し続ける意味なんてないだろう。
「いえ……って。どう言う事だよ?」
敵を前にして動けなければ、それはそのまま死を意味してしまう。
普通の思考ならば……少なくともチェーニだったならば、すぐにもその変化を解いて人型に戻ろうとするだろう。
―――例えその結果が、五体満足でなくとも……。
手足の1本でも残っていれば、移動も出来るし剣や盾も持てる。戦う事が出来るのだ。
だが今の状況では、一方的に蹂躙されるだけで反撃や防御などをする事さえ出来ない。
チェーニがラズゥエルの返答に疑問を持つのも、普通に当然の事なのだ。
「もう奴は……元には戻れないでしょう」
「……んん?」
そんな彼女に、ラズゥエルは冷静な……いっそ冷淡とも言える口調でそう返したのだった。
もっともそれだけを告げられても、チェーニには何故その様な結論を口に出来るのか一向に理解出来ないのだが。
「……いいですか? 成長を果たした蛇が、その脱皮した皮に戻れると思いますか?」
そんな彼女に向けて、ラズゥエルは例え話を使用して説明した。
ただし例え話とはいっても、その内容な正しく真実を突いているのだが。
「戻れる訳ないだろ? 体も大きくなってるだろうし、何よりも脱いだ皮は薄くて脆いからな」
そんな彼の意図を察する事も無く、チェーニはラズゥエルの話した内容そのままの問いに対して答えた。
彼女の回答は間違ってはいないのだが、そこから想像の翼を羽ばたかせるという事は出来なかった様であった。
「……奴も同じですよ。一度人の姿を捨てたのですから、もう元には戻る事が出来ません。……恐らく奴も、その覚悟でこの姿をとったと思います」
ラズゥエルの説明を聞いて、チェーニは改めてセルペンスの方を見た。
確かに大蛇は殆ど頭だけとなっているにも関わらず、その姿を元に戻そうとする気配を感じさせない。
何か策でもあるのならば話も変わるのだろうが、切れた胴体と口から大量の体液を吐き続け、それでも再度変化しようとしない今のセルペンスを見ればラズゥエルの説明にも信憑性があるというものだった。
「それに、奴は言いました。『お前たちにも付き合ってもらうぞ』……と。その言葉の裏を考えれば、それは奴が向かうだろう死出の旅路に私たちを道連れにするという意思表示だったのでしょうね」
もう人の姿に戻る事が出来ないと知りつつ、それでもセルペンスはチェーニたちに対して「最終形態」ともいえる術を使用したのだ。
「……そうか」
そんなラズゥエルの説明に何を思ったのか、チェーニはそれだけをポツリと呟くと剣を構えてセルペンスの方へ向けて歩き出した。
その様子には、決して相手を侮り油断している風情は無い。
まるでこれから決闘へと赴くかのような緊張感を纏って、チェーニは徐々に大蛇との距離を詰めて行く。
そしてセルペンスもまた、近づくチェーニに向けて威嚇行動を取り警戒感を露わとした。
その姿は、未だに勝負を諦めた様子など無い。
それどころかチェーニが少しでも隙を見せたなら、一気に頭部をかみ砕かんとする殺気を放っている。
慎重に歩を進めるチェーニと迎え撃つ態勢のセルペンスとの間は、みるみると狭まって行く。
そして。
「ヌウゥ!?」
チェーニの姿が掻き消えたのだった。
それは、彼女だけの特殊技である「オンミツフィールド」の発動以外の何ものでもなかった。
普通の者がそれを目にしていたならば、正しくチェーニの姿はその場から消え失せたと錯覚するだろう。
それほどに、見事と言ってよい隠密技であった。
「ム……無駄ダ! 俺ニソノ技ハ……ムウゥ!?」
しかしチェーニのこの技は、体温を感知出来るセルペンスに一度破られている。
全く同じ技であったのなら、「オンミツフィールド」をここで使う意味など無いのだが。
「ド……何処ニッ!? 奴ノ居場所ヲ感知出来ナイダト……グムッ!」
チェーニの居所を知る事の出来なかったセルペンスは動揺の声を上げたのだが、その直後にその口を閉じさせられる事となった。……チェーニの剣によって。
上あごから下あごまでを剣にて貫通させられたセルペンスは、今はまるで標本の様に床に縫い留められている。
本当ならば長い尻尾を利用してチェーニに反撃も出来るのだろうが、今はその尻尾を含めた蛇体が無いのだ。
逃れるに逃れられない状態となったセルペンスが足掻き、それを完全に姿を現したチェーニが随分と覚めた目で見下していた。
チェーニの「オンミツフィールド」を以てすれば、その姿を完全に感知不能とする事も不可能では無かったのだ。
ただしその為には、通常よりも遥かに多い魔力を使用しなければならない。
元来魔力保持量が多いとは言えないチェーニにとって、その技を使用するのは本当に最後の手段……勝ちを確信し相手を確実に仕留められる時だけだったのだ。
使いどころの難しいこの技の本当の能力ではあるが、長くこの技を使い続けてきたチェーニは最も効果的なタイミングと言うものを熟知していた。
「グ……グブ……。貴様ハ、体温スラ隠ス事ガ出来タノカ……。不覚デアッタ……。ダガ最後ノ相手ガ貴様タチデ……ガハッ」
口を縫い留められても尚、セルペンスは言葉を発しようとしていた。
それはチェーニに対する賞賛であり、この戦いに対する賛辞の言葉だったのだが。
チェーニはそんなセルペンスに最後まで言い切らせる事なく、改めて頭部を串刺しとして止めを刺したのだった。
「……チェーニ。奴はあなたに何かを言おうとしていたようですが?」
そんなある意味で無情な行動を取ったチェーニに、やや嘆息交じりでラズゥエルがそう告げた。
「……は? それが?」
それに対してチェーニは、何か不思議なものを見るような目でラズゥエルに問い返したのだった。
もはや動かなくなったセルペンスの頭部より、剣を抜き鞘に収める彼女の動きには一片の淀みも無い。
そしてチェーニには、ラズゥエルが何を言わんとしているのか本当に分からないと言った様子が漂っている。
「奴が今際の際に何を言おうとしたのか、あなたには気にならないのですか? それに、敵とは言えあっぱれな最期。その最後の言葉を聞いてあげようという……」
ラズゥエルの言っている事は、ただの感傷に過ぎない。
死にゆく敵の言葉を聞いたからと言って、何か得るものがあるとは思えないだろう。
だがだからと言って、問答無用でその口を閉ざすというのも騎士道から言えばあるまじきことかもしれない。
「はぁ? 何で敵である奴の言葉を聞いてやらなきゃならないんだ? そんな事をしているうちに、もしも反撃を受けたらどうするってんだ」
そんなラズゥエルの一般論に対して、チェーニの反論は騎士道に悖るものであった。
もっともそのセリフこそ、実に彼女らしいと言えるものだったのだが。
「……それに、そんな事なんてこれっぽっちも思ってないくせに。ラズゥエル、お前の方がどちらかと言えば死者を冒涜してるぜ」
明らかに冷めた目でラズゥエルを見据えて、やはり呆れたような声音でチェーニは彼にそう返した。
そんな辛辣とも思える言葉を投げ掛けられたにも関わらず、当のラズゥエルはどこ吹く風と言った表情をしている。
「……まぁ、そうですね。実際死にゆく敵の言葉を聞いてやる行為に、なんら感じるものはありませんが」
その様にしれっと答えるラズゥエルへ向けるチェーニの目は、これ以上ないほど嫌らしいものを見る様に……呆れていた。
セルペンスに止めを刺し、この戦いにも終止符が打たれた。
しかし、チェーニたちの目的はここからが本番なのだ。




