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帰趨

ラズゥエルの魔法が、チェーニを締め付けて離さないセルペンスを激しく傷つける。

一気に形勢は逆転した……かに見えるのだが。

 ラズゥエルの唱えた「アイスランス」はセルペンスの胴体へ無数に突き刺さり、その一部を引き千切って見せた。

 と言ってもその部分は全体の3分の1ほど。ほとんどの部分は大きな穴を開けながらも繋がっており、セルペンスの目的を果たすためにチェーニを捉えて逃していない。

 切り離された尻尾側の胴体がのたうち回る様が、その生命力を見せつけているようである。

 ただしそのお陰で、チェーニの身体も下半身が露わとなった。

 未だ上半身は取り込まれたままだが、それでもセルペンスの締め上げる力は減衰したと言って良いだろう。

 そしてそれにより、それまで不明であったチェーニの状態も判明する。


「……チェーニ」


 自由となったチェーニの両足がバタバタと動くのを見て、ラズゥエルは安堵のため息と共に彼女の名を呟いた。

 いや、その嘆息は安心したからだけではなく、疲労から来ているのかもしれない。


 先ほど彼の使用した魔法「アイスランス」は魔王アムルが最初に魔王城を攻略した際、下層で遭遇した魔獣「DS―09 デスウルフ」を蹴散らした際に用いたものだ。

 その時アムルは、詠唱なしに「アイスランス」を使用した。しかもその効果は、ラズゥエルのものより数の面でもその大きさでも上回っていた。

 魔王アムルや「黒の勇者 マーニャ」が「アイスランス」を使えば、この程度の魔法ならば(・・・・・・・・・・)詠唱を必要とせずとも最大効果を発揮させることが出来るだろう。

 しかしこの魔法は、ラズゥエル程度(・・・・・・・)の魔法使いにしてみれば多大な魔法力を必要とする。

 そして何よりも、今回のようにこの魔法(アイスランス)に力を与えようとすれば、極度の集中力も発揮しなければならないのだ。

 それを考えれば、ラズゥエルが疲弊する事も仕方がない。

 さらに言えば、続けて同等の魔法はおろか弱い魔法でさえ使用する事が困難だと考えられた。


 ラズゥエルの魔法攻撃によりその蛇体を著しく傷つけられ、セルペンスのチェーニを拘束する力は極端に落ちていた。

 それでもみっちりと巻き付いたその蛇身に込められる力は、多少衰えた程度ではちょっとやそっとでどうにかなるようなものではない。


(こ……のぅ……)


 漸くセルペンスの拘束から逃れるチャンスを掴んだチェーニは、何とか上半身を動かしてここより抜け出す術を模索していた。

 両足の締め付けが解かれてから、上半身に掛かる力も弱くはなっている。

 それが証拠に先ほどまではピクリとも動かしようのなかった腕や首が、今ではほんの僅か動かせるようになっている。


(あと……ちょっと)


 そして、もうほんの僅かでも腕のスペースを確保出来たならば、チェーニにはここから反撃する手段(・・・・・・)を行使できると考えていた。


「貴様ダケハ……ココデ息ノ根ヲ止メテヤル!」


 口からも体液を零しながら、苦し気にそう告げるセルペンスの思考は初志貫徹だ。

 ラズゥエルの魔法によって如何に傷つけられようとも、まずはチェーニを仕留める事に徹底している。

 それもそのはずで、戦士と魔法使いの2人を天秤にかければ、セルペンスとしてはまずは戦士をどうにかしておきたいと考えていたからだった。

 魔法使いの方が厄介と考えがちだが、セルペンスにしてみればラズゥエル程度の魔法使いならば恐るるに足りないのだ。

 それよりも魔法使いへの攻撃を阻止され、結果として双方から攻撃を受けるという方が難だと考えていた。

 実際、もしもセルペンスがチェーニを仕留める事に成功すれば、彼が残されたラズゥエルを仕留める事など造作もない事であった。

 確かにラズゥエルの魔法で多大なダメージを負ったセルペンスだが、その魔法もラズゥエルにしてみれば長い詠唱時間と高い集中力が必要であり連発は出来ない。

 しかし弱い魔法ならば、今の状況でも歯牙にも掛ける必要が無い。

 ラズゥエルが強力な魔法を使おうとした瞬間、するりと近寄り攻撃を仕掛ければそれで終わりなのだ。


(ヤハリ、マズハコイツカラダ!)


 上手く力の入らない蛇体にそれでも力を籠め、セルペンスがチェーニを仕留めに掛った。


 思い通りに力が伝わらないという事は、巻き付く力にも部分的な強弱が発生する。

 セルペンスが止めとばかりに力を込めた蛇身であったが、そのせいで逆に(・・・・・・・)チェーニの望んでいた隙が生まれたのだ。


(……腕の締め付けが!)


 幸運ともいうべきか、チェーニの腕に掛かる大蛇の締め付ける力が弱まった。

 それにより、ほんの僅かだが彼女の腕が自由を取り戻す。


「……んのがぁっ! 『道化師の舞(ナル・バラリノ)』っ!」


 手にして離さなかった剣を握り直し、チェーニはそう叫ぶと「道化師の短剣(シュート・ダガー)」を出現させると同時に自らの身体を回転させた。

 一定の距離を置いて浮遊する通常の「道化師の短剣」ではなく、刃を外側に向けたまま体にぴったりと密着させて回転するその様は、まさに幾本もの刃物を宿した独楽のそれだ。


「グッハアアァッ!?」


 突然内側から無数に斬り付けられ、セルペンスは思わず驚きを含んだうめき声を上げていた。

 今まさに息の根を止めようと締め上げる力を更に強くした矢先の出来事に、巨蛇(セルペンス)の吃驚は相当なものだったのだ。

 そしてその内側からの攻撃で、残っていた蛇身の更に半分が千切れ落ちる。

 その結果。


「大丈夫ですか、チェーニ?」


「がはっ! ……はぁ……はぁ……。だ……大丈夫だよ」


 チェーニは見事にセルペンスからの脱出を果たして、ラズゥエルの元へ退避していた。

 もっともラズゥエルの言う「大丈夫」と言う状態には程遠く、チェーニの言う「大丈夫」には偽りの成分が多く含まれていた。

 セルペンスから逃れてきたチェーニは呼吸も荒く跪き、吐血もしており正しく満身創痍である。その様子から、数か所は骨折し内臓も傷ついている事が伺えるほどだった。


「ん……んぐ……んぐ……」


 視線をセルペンスに固定し、チェーニは取り出した回復薬を一気に呷った。

 その途端に彼女の身体が僅かに光りを帯び、その直後チェーニはすっくと立ちあがったのだった。

 その姿には、全く無理している様子など伺えない。

 人界に現存する中で最高の回復能力を持つ「陽光回復薬(ソール・クラーレ)」の恩恵を受け、彼女の負った外傷はたちどころに完治したのだ。


「でも、あっぶなかったぁ。もうちょっとあの中にいたら(・・・・・・・)、間違いなく死んでたな」


 だが相当の危機感を覚えたのだろう、チェーニは素直な心情を思わず吐露していた。

 そう呟く彼女の顔は、その態度とは裏腹に心なしか青ざめている。


「……ですが、これでようやく」


 目の前にいる傷ついた大蛇(セルペンス)を前に、ラズゥエルが口を開いた。

 すでに蛇体の3分の2を切り離され、セルペンスにはもう自力で動くことは出来ない。

 蛇はその胴体をうねらせ、または蠕動運動を利用して移動を行う。

 しかしそれも、長い胴体を駆使して初めて可能となる行動方法なのだ。

 それがない今、セルペンスはもうその場から動く事など出来ない。

 ……今のままなら。


「……ああ。人型に戻るか」


 チェーニが、ラズゥエルの台詞を引き継いだ。

 魔族の生態に詳しくないチェーニだが、単純に魔獣へと変身したならばその逆もあり得ると思いそう口にしたのだった。


「……いえ」


 そんな彼女の言葉を、ラズゥエルは静かに否定した。


「グ……ググ……」


 殆ど頭だけになったセルペンスが、何とか体勢を立て直して2人の方へと頭を向けようとする。

 だがそんな簡単な作業も、体の大部分を失ってしまった今の巨蛇(セルペンス)には難しい動きだったのだ。


正しく、勝敗は決した。

しかし、セルペンスが人の姿へと戻ればその限りではない。

そんなチェーニの意見を、静かにラズゥエルが否定したのだった。

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