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それから

魔王と勇者の決戦から数カ月が経過していた。

魔界は、勇者一行に受けた傷を、急速に癒そうと動いていたのだった。

 魔王と勇者の戦いの後、魔王城は急速に復興作業へと入っていた。

 何と言ってもここは、魔界の中枢であり、軍事のすべてをコントロールする指令所であり、何よりも魔王の座す場所である。

 如何に跡形もなく破壊された魔王の間であっても、いつまでもそのままと言う訳にはいかず、それどころかいち早い修復が必須だったのだ。

 修復が必要と言えば、魔王城の各所にも必要な処置であった。

 何せ、この魔王城に攻め込んで来たのは、人界でも屈指の戦力である勇者パーティである。

 彼らが暴れれば、如何に耐魔耐衝撃処理の施された魔王城隔壁であっても、全くの無傷でいられる訳はないのだ。


「魔王様。この調子でしたら、今月中にも魔王城および魔王の間は使用可能となる予定でございます」


 現在の修理進捗状況を報告し終えたバトラキールが、恭しく頭を下げてそう締め括った。


「そうか。やっぱり政務を行うのには、あそこじゃないと気分が乗らないからな」


 それを聞いたアムルは、ニッと笑みを湛えて感想を口にした。

 もっともバトラキールとしては、気分の如何に依らず政務には真摯に取り組んでもらいたいと考えてはいたのだが、彼がその事を注意する必要など無かったようだ。

 何故なら。


「ちょっと、アムル。気分が乗らない……じゃないわよ! あなた、仮にも魔王なんでしょ? 気分で仕事をするなんて、ちょっといい加減なんじゃない?」


 彼の代わりに、アムルに突っ込んでくれる存在が同席していたからであった。


「い……いや、カレン。そうはいっても、仮の王の間だと、どうにも落ち着かないというかだな……」


 的確に否定的な意見を言い切られ、アムルは即座にタジタジとなっていた。


「まぁ? それがアムルの人柄と言うか? 良さと言うか? ……ねぇ、エレーナ?」


「……マーニャ―――。何故に疑問形ですの―――? そして―――私に話を振らないでください―――」


 そんな彼に助け舟……かどうか分からない台詞を投げかけたマーニャは、エレーナの言う通り全て疑問形で告げた後、結局エレーナに丸投げしたのだった。

 あきれ顔のエレーナがマーニャにその様な抗議の声を上げても、当のマーニャはどこ吹く風と言った風情でそっぽを向いている。


「おいおい、3人とも。余計な茶々を入れてちゃあ、それこそ魔王様の仕事の邪魔になるってもんだぜぇ」


 そんな、ともすれば賑やかな会話を始めそうなカレン、マーニャ、エレーナに向けて、どこか呆れたような、それでいてバリトンボイスを伺わせる声で注意をしたのは、元勇者パーティ(・・・・・・・)で唯一の男性であり年長者でもあった、ブラハムである。


「ちょっと、ブラハム! 私たちは何も、アムルの邪魔をしようなんて考えてないんだからね!」


 そしてそんなブラハムに向けたカレンの対応は、当時からどうにも風当たりのきついものであった。

 もっとも、当のブラハムがその事を気にしている様子はないのだが。




 元人界勇者一行(・・・・・・・)

 今でこそ魔王であるアムルの前で賑やかに話をしている4人ではあるが、数か月前にはその魔王アムルを討伐にわざわざ魔界までやって来た、れっきとした人界側の刺客であった。

 長きにわたり人界側の異界門(トロン・ゲート)を護っていた魔族を倒したカレンたちは、その余勢をかって……と言うよりも、人界側の主導者である世界国家元首の命を受け、この魔界まで攻め込んできたのだ。

 当初、カレンたちも、魔王を倒す事には賛成であった。

 人界側に陣取っていた魔族は、周囲の人族を寄せ付けず、それどころか強制的に従え、意に添わぬものは殺すというスタンスを、それこそ数百年も続けてきたのだ。

 その様な無法を行えば、誰であれ討伐を考えるだろう。

 しかもそれが異種族ともなれば、その敵愾心(てきがいしん)は相当なものとなる。

 そして、その様な悪行を部下に許す魔王もまた、相応の「悪」であると考えられて当然だったのだ。


 しかし彼女たちの考えは、この魔界に来てがらりと変わっていた。

 疫病が蔓延し、飢餓に苦しみ、それでも些細な利権の為に争いを止めることなく、共通の敵を持ってようやく停戦出来た人界に比べ、魔界の平穏とそこに住む人々の表情や活気を感じてしまえば、それまで教え込まれた知識に揺らぎも感じようというものだ。

 そしてそれは、魔王との戦いで確信に変わる。

 魔族が、決して悪鬼羅刹の如き存在ではないと、否が応でも知らされてしまうのだ。




 ブラハムの言葉にカレンと違う反応を示したのは、魔法使いのマーニャであった。


「……あら、ブラハム? あんた、アムルの事『魔王様』って呼んでんだ?」


 どこか面白そうに、それでいてそれを隠そうともしないニマニマとした表情で、マーニャはブラハムにそう問いかけた。

 彼女が知る限りでは、少なくとも数週間前までは彼もカレンたち同様「アムル」と呼んでいたはずであるのだが。


「ああん? そりゃ、当然だろ? 俺は魔王様に『親衛騎士団副長』を拝命したんだぜぇ。それを受けたからには、主に敬意を払わなくてどうするんだよ。……それに」


 ともすれば、あっさりと主人を鞍替えした節操のない人物に取られ兼ねない行為ではあるが、当のブラハムにその様な後ろめたさは全く感じられない。それどころか。


「俺は魔王様に、真に使えるべき主の姿を見たんだ。やっぱり支配者として民の上に君臨するなら、自ら矢面に立って戦わないとなぁ。人界の奴らみたいに、人に命令する事が当然って態度は、本当の指導者とは言わないだろが」


 シレッとそう口にするブラハムは、本当に辟易しているという表情をしていた。

 そんな彼の様子を見るカレン、マーニャ、エレーナは、一様に真摯な面持ちで頷き返していたのだった。


 人が未だ踏み入れた事の無い世界、魔界に侵攻すると決めた時でさえ、世界国家の重鎮たちはカレンたちの身を案じる事よりも、自らの保身と名声のみを危惧していた程だ。

 更に彼らは、決死の戦いに身を投じようとするカレンたちへ向けて、魔王を倒さずして生きて戻る事を許さなかったのだ。

 それでもカレンたちは、その事に疑問を持たなかった。

 人界の期待と希望を背負って発つのだ。

 もとより彼女たちも、その決意を抱いての出立であった。


 そんなカレンたちの考えも、この魔界に来て揺らぎ、今では違う想いを抱いていた。

 ブラハムの言は、そんな彼女たちの気持ちを代弁しているものでもあったのだ。


「もっとも、俺が心から剣を捧げるに値すると感じ取った人物が、まさか魔界の王だったなんて、思いも依らなかったんだけどなぁ」


 ハハハと乾いた笑いを零しながらそう話を締めくくったブラハムに、カレンたちは今度はどこか優しい眼差しを向けていた。

 誰も、何も口を挟まないが、3人とも同じ胸中なのは言うまでもない。


「お……お前ら、当人の前でそんな恥ずかしい話をするなよな」


 ただ、どうにも居た堪れない気持ちにさせられたのは、その様に心情の吐露を聞かされた魔王アムルである。


「ふふふ、良いではありませんか。彼らの真意が改めて聞けて、あなたも実は嬉しいのでしょう?」


 そんなやり取りを黙ってみていた王妃レギーナが、まるで女神を思わせる柔らかい笑みでそう口にした。


「おとうさん、なんだかうれしそうっ!」


「とう……うれし?」


 それに続いて、アムルの娘アミラと彼女の弟であるケビンが、やはり満面の笑みでレギーナの意見に賛同する。


「……ちぇ」


 臨時とは言え執務室であるというのに、その場に似つかわしくない雰囲気が流れ、アムルは何とコメントしていいのか分からずそっぽを向いてしまった。

 そしてそんな彼の姿に、その場の一同はやはり同じような柔らかい笑みを零していたのだった。


 勇者襲来と言う危機を退けた魔界は、長閑(のどか)な日常を得ていたのだった。


新たに元勇者たちが魔王陣営に加わり、彼の元は俄かに賑やかさを増していた。

そして、そんな騒ぎに拍車をかけるイベントが用意されていた。

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