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攻防、急転直下

第2ラウンド……。

確かに仕切り直しなのだが、チェーニもラズゥエルも、人が巨大な蛇と化した魔獣と戦った経験など無かった。

「本番はここからって言われてもなぁ……」


 負傷から回復したチェーニが、大蛇と化したセルペンスを前にしてそう呟いた。

 彼女の台詞ももっともで、今までにお目に掛った事の無いほどの巨体を持つ蛇と戦えと言われたところで、どのように対処すれば良いのかチェーニには想像もつかなかったのだ。

 呆れた……と言うよりもどこか苦笑を浮かべ、チェーニは乾いた笑いを零す。


「ですが、戦わないという選択肢も無いでしょう。それに……」


 そんな、どこかお道化ていると言った態度のチェーニとは対照的に、それに答えるラズゥエルの言葉は至極真面目そのものだ。

 普段であったなら、そんな彼の返答を聞いたチェーニが悪態の一つも吐こうというものなのだが。


「……もうあまり、時間もありませんよ」


 彼がそう続けたことで、チェーニの表情にも真剣みが差したのだった。


 この部屋はチェーニの特殊技能である「オンミツフィールド」の恩恵を受け、今はここで行われている戦闘の気配や騒音、振動などが外部に漏れだす事は無い。

 しかしここは敵地であり、増援などいくらでもやって来る。

 時間を掛け過ぎればいずれ下階の誰かがやって来て異変に気付き、多くの魔族が殺到する事は容易に想像出来る事なのだ。


「……ああ。……だなっ!」


 ラズゥエルの言わんとすることを汲み取ったチェーニが、彼にそう答えると同時にセルペンスへと向けて駆け出した。

 とにかく今は、見合っていても活路など開けないのだ。

 ならば積極的に仕掛け、攻略方法を見つける以外にないというのが彼女の見解だった。


「冷気を伴う矢玉! コールド・アロウ」


 そしてそれは、ラズゥエルも同意するところであった。

 チェーニが飛び出すのとほとんど同時に魔法を詠唱したラズゥエルが、彼女が接敵するより早く氷弾を作り出して攻撃する。

 先ほどまでの攻防で、セルペンスが氷属性に弱いという事は知れている。

 それに先だって使用した「アイスフィールド」の効果も、未だ生き続けていた。

 今ならば初歩ともいえるこの魔法であっても、セルベンスに有効であると考えるのは妥当であった。

 変容したセルペンスにどれほどの効果が見られるのかは不明だが、それこそ先制攻撃としては有効であり、敵の出方を伺うには適当だといって良いだろう。

 ラズゥエルがこの魔法をチョイスしたことも、それらを踏まえれば当然と言って良かった……のだが。


「グウウッ!」


「……何!?」


 だがその攻撃を受けたセルペンスの対応は、彼の想像とは違っていたのだった。

 如何に目前にチェーニが迫っているとはいえ、意識の埒外から攻撃を受ければわずかでもそちらに関心が向いてしまう。

 それが野生の動物であるならば、尚更危機には敏感であろう。

 避けようとするか堪えようと構えるか。そのどちらを選択したとしても、一瞬でも動きが止まってしまいそれが隙に繋がる筈であった。

 しかしセルペンスは、ラズゥエルの攻撃を……無視したのだ(・・・・・・)

 ラズゥエルの攻撃で、多少なりともダメージはある。

 実際セルペンスの鱗は何枚かがはじけ飛び、傷ついた肉体からは体液を流している。

 それでも大蛇()はそちらへ注意を払うことなく、ただ迫りくるチェーニにのみ集中していたのだ。

 そこから導き出される意図はと言えば。


「チェ……チェーニ!」


 それを察したラズゥエルが、再びらしくない(・・・・・)声を張り上げてチェーニの名を呼んだのだった。

 ただの魔獣であれば(・・・・・・・・・)、知恵を持つ人にも打つ手がある。

 野生の魔獣であるからこそ、その身を護ることに……生きる為の行動を最優先し、危険を察知すればそれを躱そうとする。

 だが知性持つ魔獣ともなれば、ラズゥエルの考えの裏を読む事など造作も無いのだ。

 そして悟性持つ魔獣(セルペンス)は、最も効率的であり、至極当然の行動を取ったのだ。


 ―――1人ずつ、確実に仕留める……という事を。


 だから、ラズゥエルの攻撃を無視し。

 だからこそ、チェーニの一挙手一投足に注視したのだ。


「がっ!」


 すでに至近となっていたチェーニに向けて、セルペンスの強力な尾に依る一撃が加えられる。

 その攻撃をチェーニは、足を止めて踏ん張り手にした盾で受け止める形となった。

 先ほどの攻防を考えれば、巨蛇の一撃を真正面から受け止めるのは愚策としか言いようがない。

 そんな事は、当事者であるチェーニだって十分に理解している事であった。

 それでも、|そうせざるを得なかった《・・・・・・・・・・・》のは。


「……フェ……フェイント」


 ラズゥエルが呟いた通り、セルペンスは尻尾での攻撃に移る一瞬前に(あぎと)による攻撃を臭わせたのだ。

 ほんの僅か……常人では気付けない程の微妙な動作。

 だが、チェーニはそれに気づいてしまった。

 それは、彼女の能力が並外れている証左である事に違いはなく、これは平時であったなら喜ばしい事であろう。

 しかし今は戦闘中であり、訓練場で仲間たちと鍛えている場ではない。 

 そしてその結果が呼び込むものは、命の危機に他ならないのだ。


 先ほどラズゥエルが意図した事を、丁度意趣返しのようにチェーニが受ける形となった。

 本当ならば躱す事が最善手であるにも関わらず、チェーニは足を止めて攻撃を受け止めてしまったのだ。……大蛇(セルペンス)の目の前で。


「がはっ!」


 その好機を、セルペンスが逃す筈もない。

 驚くべき動きで滑らかに行動へと移したセルペンスは、音もなくしゅるりとチェーニの身体にその蛇身を巻き付けたのだ。

 完全にその太い蛇体に呑み込まれたチェーニは、その小柄で細身の体が幸いしたのか頭だけを覗かせると言う事もなく、それ故にその頭部をかみ砕かれるという事は無かった。

 即死を免れた……とはいえ、危機に陥っている事に変わりはない。

 蛇の獲物に巻き付く力は尋常ではなく、まずは絞め殺してから食らう事が多いという。

 それを考えれば、チェーニの命は風前の灯だと言って良かった。


「……氷柱舞」


 そんな光景を目の当たりにしてラズゥエルは取り乱す事も、そして救出しようとさえせずに俯き加減で動きを止めていた。

 勿論それは、チェーニの事を諦めた訳では無い。

 今ここで彼が慌てた行動を取ったところで、魔法使いであるラズゥエルに有効な手立てはない。

 チェーニよりもはるかに非力である彼に、すぐに彼女を助け出す手立てなど無いのだ。

 そして、彼だからこそ出来る救出手段が……ある。


「……凍結により鍛えられし氷華よ……咲き誇れ」


 ラズゥエルのとった手段は、魔法使い(・・・・)である彼にしか出来ない方法。


 ―――魔法に依る攻撃であった。


 驚くほど静かに……緩やかに。

 それでいて深く集中を高めて、ラズゥエルは呪文を詠唱した。

 今ラズゥエルが唱えている魔法は、恐らくは今彼の行使出来る最大級の攻撃魔法である。

 それは中級下位に属する魔法であり、決して強力過ぎるという訳では無い。

 だがそれでも、ラズゥエルにとってその魔法を行使するには強く集中力を発揮して魔力を最大限にまで高める必要があったのだ。

 チェーニの危機に逸る気持ちを抑え、可能な限り魔法の詠唱を早くして、彼は見事に呪文を唱えきる事に成功する。そして。


「アイスランス!」


 ラズゥエルが高らかにそう叫ぶと。


「ガアァッ!」


 チェーニを絞殺さんとするセルペンスの下方……石床から、鋭利な氷柱が無数に突き出て来たのだ。

 そしてセルペンスはそれを躱す事など出来ず、無数に胴体を貫かれたのだった。

 先ほどとは違い、チェーニを絞殺す為に|動きを止めてしまっていた《・・・・・・・・・・・・》大蛇に、その攻撃を避ける術など無かった。

 ラズゥエル想いが籠っていたからなのか、その渾身の魔法(アイスランス)は強固な上に巨大であり、大蛇(セルペンス)の胴体を引きちぎる程の威力を発揮する。


「グ……オオォッ!」


 それでもセルペンスはチェーニの身体を解放する事なく、死力を尽くさんばかりに締め上げる力を更に加えたのだった。


ラズゥエルの魔法が炸裂し、セルペンスに大きなダメージを与える。

だが大蛇は、チェーニを離すような事はしなかったのだった。

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