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能力の底

突如大蛇へと変容を果たしたセルペンス。

そんな初めて見る異様を、チェーニとラズゥエルは愕然と見つめていた。

 異形へと変貌を遂げたセルペンスに、ラズゥエルは「それが本性なのか」と問いかけたのだが。

 質問をしたラズゥエル自身、目の前の大蛇がセルペンスなのかどうかの確信を持てないでいた。

 彼が大蛇を見てそれがセルペンスだと思ったのは、偏にこれまでの流れから推察した事と、その大蛇が自らその様な告白を呟いたからに過ぎない。

 しかしラズゥエルの記憶に、人が大蛇へ……魔獣へと変貌を遂げる様な覚えは無かった。


「ちょ……ちょっと、ラズゥエルッ! こ……こいつがさっきまでの奴だって……言うのかよっ!?」


 そして、チェーニにもその様な怪奇な現象に思い当たる処は無かったのだった。

 人が魔獣へと変容するような怪奇な現象は、それこそ空想上の物語にしか登場しない。

 人界は勿論、魔界に関する記録にもその様な事は一切記されていなかったのだ。

 無論、魔界の事は人界に伝わる伝承でしか知る事は出来ず、それも抽象的なものしかなかった。

 実際チェーニとラズゥエルがこの魔界へと訪れた時、真っ先に思った感想は「聞いていたものと全然違う」に尽きるのだ。

 それを考えれば、魔族の生態が人族に知られていなくとも、それはそれで仕方のない事だった。

 そんなチェーニたちの眼前で、それまで戦っていた魔族が……それが如何に外見上蛇や蜥蜴に似ていたとはいえ、突然大蛇に姿を変えれば思考が追い付かなるのも致し方ない事である。


「この姿になってしまった(・・・・・・・)からには……貴様たちにも付き合ってもらう(・・・・・・・・)ぞ」


 そんな2人の疑問に、再び口を開いた大蛇が答えを告げる。

 その内容は、どう考えてもそれがセルペンスだと言っている以外の解釈は出来なかった。


「チェ、チェーニッ!」


 未だ動きを止めてしまっているチェーニに向けて、大蛇の……セルペンスの容赦のない尻尾での攻撃が加えられる。

 その恐るべきスピードは、先ほどまでのセルペンスを軽く凌駕しており。


「ふぐっ!」


 辛うじて受け身を取ったチェーニだが、それでもその威力の殆どを往なす事など出来ず吹き飛ばされる羽目となった。


「がっ! ……かはっ!」


 彼女はそのまま部屋の壁に叩きつけられて床の上に倒れ込んだ。

 余程のダメージがあったのだろう、チェーニは倒れ込んだまま吐血し咳き込んでいる。


「チェーニ!」


 ラズゥエルが珍しく……と言うよりもこの旅が始まって恐らくは初めて、血相を変えて彼女の元へと駆け寄った。

 叩きつけられた壁に大きく亀裂が入る程の勢いで吹き飛ばされたのだ。心配するなと言う方が無理な話だろう。


「ガアアァッ!」


 そこへ、間髪入れずに大蛇と化したセルペンスの攻撃が襲い掛かる。

 その瞳に理性の灯火は見えず、まるで野生を解放したような動き、そして咆哮であった。


「数多の物質を防ぐ盾よ、ここに具現し我らを護れ! マテリア・シールド!」


「ググッ!」


 セルペンスの猛攻が不可視の壁にぶち当たったかのように防がれ、巨蛇は一端滑る様な動きで後方へと下がり蜷局を巻いて様子を伺う。

 チェーニを、セルペンスの牙を剥いた獰猛な攻撃から防いだのはラズゥエルの作り出した魔法の盾であった。

 急襲したセルペンスを間一髪で防ぐ事が出来たのは、その魔法がそれほど高位のものではない為に詠唱が短かった事もある。

 しかし何よりも、その滑らかに紡がれた呪文に淀みは無く、彼が非常に優れた魔法使いである事を示していた。


 ラズゥエルは「勇者の中の勇者ブレイブ・オブ・ブレイバー」において、決して高い序列を得ている訳では無い。

 それどころかその順位は62位と、低いと言っても良いだろう。

 単純に序列を決める基準は、勇者の強さに起因している。

 それを考えれば、彼の能力は「黒の勇者 マーニャ」に大きく後れを取っていると言って間違いはなかった。

 だが「勇者の中の勇者」を選定する基準は、何も戦闘能力だけを注視している訳では無い。

 彼等彼女等の持つ特殊な能力……これらも多分に考慮されているのだ。

 ラズゥエルもまた、その魔法使いとしての能力を買われて「勇者の中の勇者」に抜擢された訳では無かった。

 彼の持つ特殊技能が、今の彼の序列を決しているのだ。

 それでも、ラズゥエルが通常の能力(・・・・・)で他の者より大きく劣っているのかと言えばそうではない。

 特に彼の得意とする魔法の分野で考えれば、ラズゥエルは在野の魔法使いよりも優れていると言って良かった。

 その技術の一端が、今披露された形となりチェーニを救ったのだ。

 至急の場合においても滑らかに素早く詠唱し、ランクの低い魔法であっても強力に行使出来る魔法力。

 それだけを見ても、彼が並の魔法使いではない事が伺い知れた。


「チェーニ、大丈夫ですか?」


 素早くチェーニの元に辿り着いたラズゥエルは、彼女の傍らに跪きそう声を掛けた。

 彼の目から見ても、チェーニの受けたダメージは決して軽いものではなかったからだ。


「う……あ……」


 派手に壁へと打ち付けられたチェーニだったが、意識は保っているようでラズゥエルの問い掛けに呻き声で応える。

 それを聞いたラズゥエルは、幾分安堵の表情を浮かべ。


「意識があるなら、すぐに回復してくださいね。敵は待ってはくれませんので」


 チェーニにそう言うと、ラズゥエルは彼女の眼前にコトリと小瓶を置いた。

 すぐ隣で倒れているチェーニに声を掛けているにも関わらず、彼の目はそんな彼女に一瞥もくれず動きを見せないセルペンスへと確り見据えられていた。


「……ったく。……お……お前はほんとに……やさ……しさに欠けるな……」


 呼吸も荒く息も絶え絶えなチェーニはラズゥエルの言葉と態度に悪態をつきつつも、目の前に置かれた瓶を掴むとそれを一気に呷った。

 その直後に、彼女の身体は淡い白色光に包まれる。

 それはまるで、回復魔法を使った時のように優しく柔らかな光りだった。

 そして、その効果もやはりそれらと同等であったのだ。


「……行けますか、チェーニ?」


 満身創痍に見えたチェーニがむくりと体を起こすと、ラズゥエルは待っていたかのようにそのセリフを口にする。


「ああ、問題ない」


 それを受けて、チェーニもしっかりとした口調で応えた。

 その声音は、決して無理をしているようには伺えない。

 それもそのはずで、チェーニが口にしたのは回復薬(クラーレ)の中でもより上位の「星光回復薬(アステリ・クラーレ)」や「月光回復薬(ルーナ・クラーレ)」ではなく、最上位に当たる「陽光回復薬(ソール・クラーレ)」だったのだ。

 人界でもっとも高価であり、その効能は比類ないものであり、そしてその効用は見てのとおりである。

 大きなダメージを負ったチェーニだったが、陽光回復薬のお陰ですぐにも動けるだけの回復を果たしたのだった。


 魔法使いであるラズゥエルがおりながら、彼が回復魔法を使ってチェーニの傷を癒すと言う方法を取らなかった事には訳がある。

 と言っても、それほど大した理由ではなく。


「倒れても、気を失わないでくださいね。回復薬(クラーレ)が飲めなければ、あなたを助ける事も出来ませんので」


「……はっ。お前が回復魔法さえ使えりゃ、そんな問題もないのにな。人選、誤ってんじゃないのか?」


「……それは、お偉方に言ってください」


 つまり、そういう事だった。

 ラズゥエルは、確かに魔法使いとして非凡なものを持っている。優秀と言っても良いかもしれない。

 しかしそれは、野にいる有象無象の魔法使いたちと比べれば……と言う注釈が付いてしまう。

 特に「勇者の中の勇者ブレイブ・オブ・ブレイバー」に選ばれた他の魔法使いたちと比べれば、その能力は下位に属するだろう。

 そして彼には、回復魔法を使う技能(スキル)が無かったのだった。

 ただ彼の名誉の為に付け加えるならば、魔法使いでありながら回復魔法を使える者はそう多く存在していない。

 アムルにマーニャやレギーナと言った「僧侶」でない者が頻繁に回復魔法を使用している姿を目の当たりにすれば、魔法使いが回復魔法を行使出来るのも普通に映ってしまうだろう。

 だが元来、回復を司る魔法は「僧侶」の様な神属性魔法 (それは聖魔を問わず)の使い手が得意としており、専売特許だと言っても過言ではない。

 魔法使いは魔法を使用して、攻撃やその補助を行う事を得意としているのだ。

 だから彼が回復魔法を使えないのは、特に驚くような事でも、ましてや文句を言われる様な筋合いでもなかったのだった。


「さて……。ここからが本番ですよ」


 体勢を立て直した双方は改めて対峙し、戦いは第2ラウンドへと突入していくのだった。


驚異的なセルペンスの攻撃、そしてその動き。

今までの戦いとはまた違う次元の戦闘が、ここに開始されようとしていた。

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