変容
弱点が露呈したセルペンス。
そしてそんな敵に対して攻勢をかけるチェーニとラズゥエル。
セルペンス=ラケルタはその容姿が物語る通り、爬虫類の特徴と変温動物の特性をその祖に持つ魔族である。
しかし蛇や蜥蜴と言った爬虫類は、寒さが苦手と言う訳では無い。
単純にその身体機構から自ら発熱する術を持たず、周囲の気温から自身の体温を確保し活動しているのだ。
当然、温かければ活発に動く事が出来、気温が下がればその動きは鈍くなる。
更に低温ともなれば活動を休止し、冬眠に入る個体も少なくはない。
だが、セルペンスがその「爬虫類」に該当するかと言えば、その限りではないだろう。
見た目や特徴は蛇や蜥蜴のそれに該当するのだが、極寒の地に赴いたからと言って動けなくなったり冬眠する訳ではないのだ。
あくまでも、彼の先祖に「爬虫類」の流れをくむ者がいた……と言うだけなのだから。
それでもその血は……遺伝子は彼にわずかでも受け継がれており、自身の意思とは無関係に周囲の温度が低くなればその動きが抑制されてしまっていたのだった。
そして。
「うりゃぁ―――っ!」
ラズゥエルの激に応えた……と言う訳でもないのだろうが、チェーニは気合を込めた声を発してセルペンスに襲い掛かる。
彼女の能力「道化師の短剣」を発動させた攻撃は冷気を帯び、動きが緩慢となったセルペンスを捉えその鱗を斬り割き、出来上がった傷口を氷結させる。
「くぅっ! このっ!」
「ははっ!」
それにセルペンスは苛立ちを含んだ怒気を吐き、対するチェーニは嬉々とした声を上げた。
先ほどまではその動きを追う事も難であったことを考えれば、チェーニが歓喜するのも当然の事と言える。
「ラズゥエル! あんたの言った通りこいつ、冷気に弱いみたいだな!」
詳しくは理解していなくともそのカラクリを把握したチェーニが、ラズゥエルに楽し気な言葉を向けた。
そして、チェーニが良く分かっていないだろう事を分かっているラズゥエルは、いつもと変わらぬ表情でセルベンスを見つめていた。
確かに、セルペンスは寒さに弱い。……本能的に。
しかしだからと言って、氷属性の攻撃に弱いかと言えばそうではない。……本来ならば。
セルペンスの身体は周囲の温度が低下した事を知り、過剰なまでに委縮していた。
それは彼の運動能力に影響を与えただけではなく、体を構成する成分にまで波及していたのだった。
細胞までもが寒さで収斂し、その結びつきを弱め、強度を脆弱にしていた。
―――つまり、セルペンスの強固だった鱗は今、脆くなっているのだ。
このような現象は、通常であれば起こりえない。
だが彼の祖先の記憶は長い年月で曲解されて行き、低温下での行動が鈍るから苦手へ、そして苦手から弱いとなり、終には弱点であると認識し刻みつけていた。
無意識下とは言え、強い強制力を持つ思考は実際の肉体にまで影響を与える。
その結果、セルペンスだけには留まらず彼の同族は皆低温下での行動を抑制され、極低温による攻撃には過剰な惰弱性を晒していたのだった。
チェーニの、踊る様な動きから繰り出される「道化師の短剣」を交えた攻撃は、まるで本当に舞っているかのように勇壮かつ華麗であった。
その動きに翻弄されるセルペンスは、一度の肉薄で複数の切り傷を作っていた。
もっともその傷は瞬時に凍り付かされ、出血などは全く見られないのだが。
「ははっ!」
一気に優勢となった攻防に、チェーニは殊の外機嫌が良くなっていた。
気分が向上すればその動きにも影響を来す。
先ほどよりも精彩を放つ彼女の動きは、今は完全にセルペンスを圧倒していると言って良かった。
そこへ。
「ぐぅっ!」
ラズゥエルの魔法攻撃が襲い来る。
彼もまた攻撃を氷属性に絞り、弱いながらも連射の効く「アイス・アロウ」を主体として放っていたのだ。
この部屋全体に及んでいる「アイスフィールド」の効果により室温を下げるだけでなく、氷属性の攻撃力も強化されている。
ラズゥエルはそれを踏まえた上で、魔法を選択し使用していたのだった。
「ぬあああぁぁっ!」
しかしセルペンスもまた、このまま黙っている訳にはいかない。
弱点を暴かれてそこを突かれているからと言って、手をこまねいている訳にもいかなければ黙って殺られてやる謂れも無いのだ。
体に幾つもの傷をつけたセルペンスが、突如大声を発して気勢を上げ始めた。
その行動に、ラズゥエルは改めて警戒感を露わとした。
確かに今はラズゥエル達が優位に展開しているこの攻防だが、それも決定打を打ち出してのものではない。
故にセルペンスの行動も窮地に陥った者の取る無駄な足掻きでは無く、いよいよ本気となった事を示していると……そう考えたのだが。
「叫んだからって、強くなる訳じゃあ無いってのっ!」
彼と同じような思考には、チェーニは至らなかった様だった。
セルペンスの奇行は、チェーニには最後の悪足掻きにしか見えなかったのだ。
そう考えたからこそ明らかに異様な気を発しだしたセルペンスに向けて、彼女は勢いよく突っ込んでいった。
「チェーニ! 待ちなさい!」
そんなチェーニに、ラズゥエルの声は届かない。
その威勢を駆って、一気にセルペンスに肉薄する。
そしてそのまま、彼女は再び踊るように攻撃を仕掛けたのだが。
「っ! ……は……れ?」
その余りに無い手応えに、チェーニは肩透かしを食ったような声を零していたのだった。
そしてそれは、ラズゥエルも同様であった。
セルペンスから得体のしれない雰囲気を感じて危機感を露わとしていただけに、チェーニに対して迎撃行動を何も取らずただ斬られるままだった敵の姿に、彼も一瞬呆気に取られてしまったのだ。
その右手は、あの「刻印魔法」を使う直前であったかのように彼女へと向けて差し出され、宙を掴む様な仕草のまま止まってしまっている。
チェーニが攻撃しラズゥエルが見つめていたのは、セルペンス……の抜け殻だった。
つい先ほどまで間違いなくそこから感じられた気配や生気も、今は一切感じる事が出来ない。
ただ仁王立ちし動く事の無いそれは、まるで精巧に作られたセルペンスの銅像の様だ。
それを前にして、チェーニとラズゥエルの動きが制止する。
しかしそれは、ほんの刹那の間だけ。
「っ!? 危ない、チェーニッ!」
その気配を感じ取った……と言うよりも、その姿を視界に収めたラズゥエルが、声を上げて今度こそ本当にグラマ・マジアを発動する。
「え……って、うわっ!」
先ほどと同じように、動きを止めていたチェーニの身体が殆ど強制的に、そして僅かにラズゥエルの方へと引き寄せられる。
それとほとんど同時に、先ほどまで彼女の体が合った場所へ巨大な何かが落ちて来たのだった。
いや……落ちてきたというのは適当では無い。
上方より急襲した……といった方がより妥当であろう。
それが証拠に、チェーニに襲い掛かったそれはゆっくりとその鎌首を持ち上げて2人の方へと目を向けた。
「よもや……この姿を貴様たちに晒す事となろうとはな」
そして、憎々し気にそう言葉を発したのだった。
その余りの異形に、チェーニとラズゥエルは声を出す事さえ出来ない。
それは正しく現在の構図通り、蛇に睨まれた蛙のように。
「……それが、あなたの本性……という事ですか」
漸く我を取り戻したラズゥエルが、それだけを何とか言葉にした。
圧倒的な威圧感を発して、その大蛇は明らかな怒気をまき散らしていた。
その姿を変えたセルペンス。
大蛇と化した彼の威容に呑まれるチェーニとラズゥエル。
戦況は、目まぐるしくその攻守を変えてゆく。




