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寒慄の難

セルペンスの弱点を見つけ出すために、チェーニとラズゥエルは協力して戦う事にした。

 ラズゥエルの提案に了承したチェーニは、セルペンスへ向けて疾駆する。

 丁度魔法の効果も切れるタイミングであり、チェーニとセルペンスは再び剣を交えた……と思えたのだが。


「……むっ!?」


 そうはならなかった。

 セルペンスと接触する直前に、チェーニはその気配を消したのだ。

 その技術は大したもので、その光景を見ていたラズゥエルには、まるでチェーニがその場から消えうせたと錯覚させるに十分なほどである。

 普通の人ならば、恐らくそれだけで大きく隙を晒してしまっていただろう。

 もしかすれば、その次の瞬間で勝負は決していたかも知れない。

 しかし。


「姿を消しても……無駄だっ!」


 視覚に頼れば、チェーニはまさに目の前から消えて見失われていた事だろう。

 それでもセルペンスは動揺した素振りを見せず、それどころかまるで見えているかのように回り込もうとするチェーニへと向けて剣を併せていった。


「くぅっ!」


 まるで行く先を遮られる様に剣を繰り出され、チェーニは急制動を余儀なくされるどころか、その攻撃を避ける事も出来ず盾で受け止めねばならなかった。


「風纏わせ、放つ矢玉。ウィンド・アロウ」


 受け止められた剣とは別の手に持つ攻撃がチェーニを襲わんとしたその瞬間、ラズゥエルの魔法が放たれセルペンスの動きを阻害する。

 呪文を聞いても分かる通り、先ほど彼の放った「ファイア・アロウ」と同様に初歩の魔法であるが、その属性は風であった。

 そしてやはり当然とでも言おうか、その攻撃でセルペンスが痛手を負った様子は伺えない。

 それでも、チェーニが追撃を受ける前に距離を取る為の牽制には十分なっていた。

 魔法で造られた矢は、その効力が失せると消えてなくなる。

 セルペンスが刺さった魔法の矢を抜かなくともすぐにそれらは消えうせ、僅かに残ったかすり傷程度の跡だけが見て取れた。


「……ほんっとに、頑丈な体だな」


 弱い魔法とはいえ、直撃しているにも拘らず然したるダメージも見せない。

 そんなセルペンスに向けて、またもや呆れ返った声を出したのはチェーニ。

 彼女の能力も今のままでは(・・・・・・)有効ではなく、ラズゥエルの魔法も弱いものでは大して傷つける事が出来ない。

 それでも。


「もういっちょ、行くぜっ!」


 馬鹿正直に正面から立ち向かうより手は無い。

 チェーニは啖呵を切ると、再三再四となる攻撃を敢行した。

 そうはいっても、先ほどと全く同じ……と言う訳では無い。


 再びチェーニは、セルペンスの眼前でその気配を消し姿を隠す。

 だがそれは、すでに通用しない事は先の攻防で立証済みだ。

 先ほどとは違う方向に向けて、セルペンスはその剣を振り下ろし。


「……ぬぅっ!?」


 チェーニを斬り付ける直前でその攻撃を止め、大きく飛び退いた。

 退避したセルペンスは、先ほど振り下ろした腕をしきりに気にしている。

 それもそのはずで、彼の腕には一筋の……氷線が刻まれていたのだ。

 そして一方のチェーニはと言えば、ニヤリと口端を吊り上げている。

 そんな彼女の周囲には、何かが浮遊し旋回していたのだった。


「貴様……。それは一体……」


 動揺の隠しきれていないと分かる表情を浮かべ、セルペンスはチェーニに向けて問いかけた。

 その顔は、チェーニたちとセルペンスが対峙して初めて見せる面様だったに違いない。


「……そうそう、それそれ。その顔を見たかったんだよ」


 チェーニはセルペンスの質問に答えることなく、歪に吊り上がった口角を更に引き上げてそう口にした。


 チェーニの周囲に旋回しているものそれは。

 彼女が魔力で作り上げた、数本の氷で出来た両刃の短剣(ダガー)であった。

 これは魔法と言うよりも、彼女の使用する「オンミツフィールド」同様に技術(スキル)の色が濃い能力だ。

 チェーニとて「勇者の中の勇者ブレイブ・オブ・ブレイバー」に名を連ねる、選ばれた者の一員である。

 その能力が隠密活動に特化しているとはいえ、攻撃に特殊なものが全くないかと言えばそうではないのだ。


 彼女のもう一つの能力、それは。


道化師の短剣(シュート・ダガー)」と呼ばれる、魔力で作り出した氷の短剣を自在に操るというものであった。

 顕現できる短剣の数もそう多くなく、操れる範囲も自身の周辺だけと用途は非常に限定的となるが、手数を圧倒的に増やせるという事と、出現させたダガーに氷属性を持たせる事が出来るという利点があった。

 そして今回は、チェーニの能力がセルペンス相手(・・・・・・・)にだと非常に相性が良い(・・・・・)事が判明したのだった。


「……なるほど、そうでしたか」


 その事に真っ先に気付いたのは、誰あろうラズゥエルであった。

 彼は自身の考えをまとめ上げると、チェーニの背中に向かって声を向けた。


「チェーニ。あなたの『道化師の短剣(シュート・ダガー)』は、奴相手には非常に効果的です。どんどん攻撃なさい」


 ただその助言はと言えば、今更チェーニに向けて掛ける様なものでは無かったのだが。

 すでに彼女はその能力を使って攻撃しているし、チェーニ自身もそのつもりであったのだ。


「んな事言われなくても、そうするつ……」


「良いですか、よく聞きなさい」


 もっとも、彼女の場合はその真意を理解してと言う訳では無く、どちらかと言えば遮二無二……といった方が正しいのだが。

 現状打つ手がなく、他に手段がなかったから「道化師の短剣」を用いて不意を衝き手数を増やそう……チェーニ自身はそう考えていたのだ。

 それでもラズゥエルに反論しようとしたチェーニは、静かに被せられた彼の言葉に閉口させられていた。


「考えれば……簡単な事でした。奴の見た目に、冷静な判断力を損なわれていたようですね」


 今も尚、チェーニはセルペンスと対峙している。双方は今すぐにも斬り結びそうな雰囲気を醸し出しているのだ。

 それでもラズゥエルはマイペースに、自分の考えに自嘲していた。

 そんな彼の風情をどう感じたのか、不思議とチェーニとセルペンスはラズゥエルが次に口にする言葉を知らず待ってしまっていたのだった。


「チェーニ。奴は、蛇や蜥蜴と同じ姿形をしています。それがどういう事か……分かりますね?」


 それだけを言うとラズゥエルは、静かに魔力を高めだした。無論、次の魔法に備える為である。

 しかしセルペンスはラズゥエルの口にした言葉の意味が分からずに、暫し思考にその動きを抑制されてしまっていた。

 そしてそれは、チェーニも同様で。


「……んん?」


 彼女は今一つ、ラズゥエルの話した内容を理解出来ていなかったのだ。

 本当ならば、そんな相棒に呆れるくらいはするだろう。

 だが彼は、そんなチェーニに何を言うでもなく。


「原野に踊れ、氷嵐の調べよ。遊べよ踊れ、氷原の幼子たち……アイスフィールド」


 そのまま魔法の詠唱に入ったのだった。

 そしてその魔法は、すぐに効果を発揮する。


「ぬぅ!?」


 と言ってもその魔法は、直接セルペンスに向けて攻撃を放つものではなく。


「ちょ、ラズゥエル! 寒い!」


 任意の範囲を氷の属性下に置く魔法であった。

 これにより、彼の魔法下にあるエリア……今はこの部屋の中全てに限定されているのだが、そこは気温が下がり氷属性が活性化した領域と化していたのだ。

 強い力を持つ者がこの魔法を使えば、それだけで魔法の有効区画内は氷原と化すこの「アイスフィールド」だが、ラズゥエル程度の魔法使いでは肌寒く感じさせるのが関の山である。

 事実、チェーニは「寒い」と感じる程度でしかなかった。

 それでも。


「ぐ……ぐぅ」


 セルペンスには、一定の効果が表れていた。


 言うまでも無く、セルペンスはその容姿から見て取れる通り蛇、もしくは蜥蜴の姿をした魔族である。

 その本質……本性は「爬虫類」。

 人界や魔界に「爬虫類」と言う種族別けは無いが、蛇や蜥蜴が寒さを苦手としている事は知られていた。

 当然、ラズゥエルもその事を理解している。

 そしてもう一人、その体質を嫌という程実感していたのは、誰でもないセルペンスであった。


 ラズゥエルの「アイスフィールド」の効果で、セルペンスにダメージを与えられた訳ではない。

 それでも、その動きは目に見えて鈍くなっていた。


「チェーニ、今です! 畳みかけなさい!」


 そんな状況を把握しているラズゥエルが、チェーニに攻撃を仕掛ける様声を上げたのだった。


セルペンスの弱点は、やはりとでも言おうか当然なのか冷気だった。

敵の弱点を見つけ出したチェーニとラズゥエルの反撃が始まる。

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