闘争拮抗
襲い来るセルペンス。
そしてそれを迎え撃つチェーニとラズゥエル。
戦いは、まだ始まったばかりだ。
魔界と全く同じではないにしろ、蛇と言う種は人界にも生息しておりその生態はある程度解明されている。
そしてチェーニたちの前に立ちはだかるセルペンスが蛇を模している以上、その能力や動きをラズゥエルが予測する事も不可能ではないのだ。
「まずはっ! お前からだっ!」
作戦だったのか偶然なのか、セルペンスの攻撃により分断されてしまったチェーニとラズゥエル。
そしてセルペンスは2手に別たれた彼女たちの内、今度はラズゥエルを攻撃対象と定めたようであった。
そして、その判断は強ち間違いと言うものではなかった。いや、実に合理的とでも言おうか。
冷静に観察し、理により考察を行い、間違いのない判断を下す。
いわゆる頭脳的な役割を担うラズゥエルを先に倒す事は、彼女たちと対峙する者にしてみれば当然の結論だったのだ。
「んぐっ!」
ラズゥエルに向けて恐るべき速度と力でもって振り下ろされた巨大な湾刀を、横から飛び込んできたチェーニが剣と盾を使い受け止める。
巨体の重量が載せられたその剣圧を受け、思わずチェーニの口から喘ぎ声が零れた。
もっとも彼女の助けがなくとも、ラズゥエルには先の刻印魔法がある。
それを使えば、チェーニの介入がなくとも自分で何とか出来たかもしれない。
それでもセルペンスの攻撃は速く、如何に即効性のある刻印魔法でも間に合っていたかどうか定かではない。
刻印魔法とは瞬間的に発動出来るというものではなく、通常の魔法に比べれば遥かに早く行使出来るというものだからだ。
そして何よりも、回数制限のある刻印魔法を温存出来たという点は大きい。
「助かりました、チェーニ」
だからラズゥエルの感謝の言葉も、決して口だけのものでは無かった。
しかし残念ながら、彼の礼もチェーニの耳には届いていない。
「つあぁっ!」
「ふんぬっ!」
セルペンスの攻撃がチェーニに防がれた程度で終わる訳はなく、チェーニも防御姿勢のままで留まっていなかったからだ。
ラズゥエルの眼前では、2人の激しい攻防が繰り広げられていた。
2本の巨大な曲刀を巧みに操り攻撃を仕掛けるセルペンスに対して、チェーニはその動きでもってセルペンスの攻撃を躱し、隙を見ては斬撃を繰り出している。
だが正面切っての攻防では、分はセルペンスにあるようであった。
如何に勇者の称号を得ているチェーニとはいえ、特に戦闘力が特化している訳でもない。
彼女の能力も戦闘と言うよりは隠密に特化しており、自力ではセルペンスに軍配が上がるのはラズゥエルの目にも明らかだったのだ。
「……くはっ!」
セルペンスの攻撃を避け損なったチェーニは、胴を薙ぐ攻撃を手にした盾で受け止めるも、その威力を往なしきれずに吹き飛ばされる。
直撃こそ免れたものの、その威力は防いだ盾を貫通し彼女の身体にダメージを与えていたのだった。
「大丈夫ですか、チェーニ」
素早く彼女に近づいたラズゥエルが、小さくその耳元に囁きかけた。
彼の目に外傷は伺えないが、体の芯へと届く攻撃を食らっていたのは明らかだったからだ。
「ゴフッ……だ……大丈夫だ」
如何にも強がりだと分かるのだがチェーニはラズゥエルに対してそう答え、それを聞いたラズゥエルも幾分安堵していたのだった。
虚勢だろうと我慢していようが、彼女が動けるというのならば安心出来るというものだ。
「この者の肉体に強化の力を。フィジカルレインフォース」
そしてそれを確認したラズゥエルは、チェーニに肉体強化の魔法を掛けた。
1対1ならばその力量差で勝負が決まるのだろうが、こちらは元々2人で攻め込んで来ているのだ。
相手が1人だからとて、わざわざ相手の現状に併せてやる必要などない。
「……サンキュ」
力量では相手が勝っているが、強化魔法の恩恵を受ければその差を埋める事も不可能ではない。
少なくともラズゥエルの魔法は、チェーニにとって有難いものだったのだ。
「良いですか、チェーニ。ここからは、2人で奴を仕留めます。時間を掛けてはいられませんし、確実に2人とも生き残らなければなりませんからね」
今にもセルペンスに飛び掛かって行きそうなチェーニを引き留めて、ラズゥエルはまるで言い聞かせるようにそう口にした。
血気に逸る……という性格でもないのだが、戦いにのめり込みそうだったチェーニも、ラズゥエルのそのセリフに冷静さを取り戻し自重したのだった。
ここは敵地であり、時間を掛ければ増援などいくらでも現れるだろう。
セルペンスはチェーニたちが逃げられないように鍵を掛けたようだが、それが外からの援軍に有効かどうかはチェーニたちに判別出来ない。
また、魔界に於いて味方を失うという事は作戦の続行が困難となるだけでなく、自身の生死にも関わる事である。
ここまで彼女たちが極力戦いを避けて来たのも、パートナーを失う愚を避ける為でもあったのだ。
「ここからは、私の魔法で援護や牽制を行います。こちらで魔法を使うタイミングを計りますが、あなたもこちらへ気を配る事を忘れずに」
その事を重々承知しているのだろう、共闘を持ち掛けるラズゥエルにチェーニも頷いて応えた。
「放つ矢玉は火を纏う! ファイア・アロウ!」
それを確認したラズゥエルは、すぐに魔法の詠唱に入り攻撃を仕掛けた。
使用したのは、火の属性を持つ初歩の魔法「ファイア・アロウ」。
攻撃力は低いのだが、牽制と言う目的ならば十分に果たすだけの力はある。
何よりも、それなりの術者が使用すれば具現化できる火の矢の本数は増え、それだけでも相手にとっては脅威となる。
そしてラズゥエルの作り上げた矢の本数は……15本。
「……ぬぅっ!?」
飛来する火矢を両手に持つ剣で迎え撃つセルペンスだが、流石にその全てを叩き落す事は出来ず何本かその身に受ける事となった。
それでもその攻撃で、ダメージを受けているようには伺えないが。
「はぁっ!」
「ぬおっ!」
チェーニが肉薄する隙を作り、攻撃を加える間を得るには十分だった。
肉体強化の恩恵を受けてチェーニは、セルペンスの死角を突くような動きから攻撃を放ち、セルペンスはそれを躱し受け止めるだけで精一杯であった。
しかし元々の地力はセルペンスに地力があるようで、魔法で動きを速めているチェーニだが仕留め切れるまでにはいかず、それどころか間を置くことなく攻守が後退する羽目に陥っていた。
「燎原の如く、炎よ広まり敵を包め。フレイム・プレイン」
劣勢に立たされ追い込まれるその前にラズゥエルは次の魔法を行使し、それに併せてチェーニも大きく距離を取った。
追撃を掛けたいセルペンスだったが、自身の周囲に発生した炎の絨毯に一瞬怯みその気を逸してしまう。
「……ふん」
だが足止め出来たのは、チェーニが退避する僅かな間だけ。
ラズゥエルの使用した魔法では、やはりセルペンスにダメージを与える事が出来なかったのだった。
ただしやはりと言おうかこの魔法もまたレベル自体は低いもので、全く意に介していないセルペンスの様子を目の当たりとしてもラズゥエルに動揺した様子は伺えない。
「ふぅ……。速いし固いし力もあるし……。めんどくさい相手だなぁ」
ラズゥエルの傍に降り立ったチェーニは、どこか辟易した様にそうぼやいた。
相手の方が格上なのだからそれは仕方のない事なのだが、口にせずにはいられないのだろう。
「こういう相手は、弱点か弱味を見つけるのが手っ取り早いですね。チェーニ、出し惜しみは無しです。あらゆる角度から、様々な攻撃を放って下さい」
そんなチェーニに対して、ラズゥエルが新たな作戦を提案する。
そう簡単に、その様に都合の良い弱所が見つかるかどうか定かでは無いのだが。
「それしかないか。あんたも、弱点が見つかったらすぐに教えなよね」
彼女もその案に乗ると明言し、そのままセルペンスの方へと駆け出したのだった。
力量で上回るセルペンスを相手に、チェーニとラズゥエルの死力を尽くした戦いは続く。
果たして、2人に活路は見いだせるのか!?




