領主セルペンス
潜入を果たしたチェーニとセルペンスだったが、思惑に反してその行動は……存在は、すでにバレていたのだった。
侵入し奇襲をかけようとしていたチェーニたちが、逆に待ち構えられていた理由は判明した。
「ああ、自己紹介がまだだったか。俺はこの街を魔王様より預かる領主、セルペンス=ラケルタだ。もうすぐ永遠に話すことも無くなるだろうから、覚えてもらわなくて結構だけどな」
剣を構えなおしたセルペンスが、表情が分かり辛いもののニヤリとしてそう話した。
彼の言う通り明らかに相手を排除しようと対峙している以上、どちらかが倒れて二度と口を開く事は出来なくなるだろう。
それを考えれば、わざわざ自己紹介をするのもバカバカしいと言えなくもないのだが。
「……ああ。確かに、あんたがすぐに死んじまう事を考えたら、今のうちにこっちの名前を教えておいた方がいいな。あたいの名はチェーニ=アウグステン。人界の勇者で、『勇者の中の勇者』の一人だ。あの世に行っても、自分を殺した者の名として苛まれれば良い」
礼儀正しく……と言う訳でもないのだろうが、セルペンスの言い様にカチンときたのだろうチェーニが自己紹介で返したのだ。
そのやり取りを傍で聞いていたラズゥエルは、小さく嘆息を吐いて呆れていたのだった。
その理由の一つとして、何故に戦士と言う人種は戦う前に名乗り合うのかと言う事に対して。
今から殺し合いをしようかと言う相手の名を知ったところで、何がどう変わるというものでもない。
魔法使いであり学者肌のラズゥエルにとってそれは、どうにも理解に苦しむ行動だったのだ。
そしてもう一つ。
彼が呆れたのは、その絵面にあったのだ。
勇者と魔獣……それこそドラゴンとの対峙ならば絵にもなるだろうが、相手は魔族である。
しかも、とても人とは思えないような異形の者と似たようなレベルの会話をしているのだ。
ラズゥエルの目にそれはどうにも滑稽であり、ため息を吐くに十分な理由だった。
ただし、彼がそんなことを考えていたのはその時まで。
「……勇者? ……お前も?」
チェーニの口にした「勇者」と言う部分に、セルペンスは僅かに反応を示した。
それをチェーニは、バカにされたと捉え。
ラズゥエルは、セルペンスが勇者という言葉について何か思い当たっていると察した。
「なんだよ!? あたいが勇者じゃあおかしいっての!? なら、相応しいかどうか、その体で分からせてやるよ!」
ただその真偽は、チェーニの啖呵によってハッキリとされる事は無くなってしまった。
剣を構えたチェーニはネコのように身を屈めると、その細身の体の何処にその様な瞬発力が潜んでいるかと思う程の動きを見せ、一足でセルペンスとの距離を詰めに掛った。
その動きを見れば、流石は勇者と頷かせるものがある。
並の兵士と比べれば、その技量は卓越していると言って過言ではなかった。
もっとも、残念ながら比較の対象が「訓練を受けた一般の兵士と比べて」という事に限定され、これが同じ「勇者」ともなればその限りではなく。
当然、カレンやブラハムと照らし合わせれば大きく見劣りしてしまう。
それでもチェーニの初撃は、確実にセルペンスを捉えたと誰の目にも映ったのだが。
「なにっ!?」
「チェーニッ!」
セルペンスを捉えたはずのチェーニの剣は虚しく空を切り、宙に浮いたままのチェーニへと向けてセルペンスの剣がカウンターで振り下ろされようとした。
それを具にキャッチしたラズゥエルが、彼女の名を叫び手をそちらの方へ差し出した。
その途端彼の腕が僅かに光り、チェーニの身体がそれまで飛び進んでいた方向とは全く逆へと引き戻されたのだった。
これにより、セルペンスの剣も同じく空を切る。
「ほほう。さすがは勇者という事か。それとも……そちらの男。お前の能力と言うやつか?」
攻撃を躱されたセルペンスだが、それに然して驚いた様子を見せない。
その見た目から猪突猛進のパワーファイターを連想させるセルペンスだが、冷静な観察眼を持つ戦士だと伺える。
ただこの呟きに、ラズゥエルが丁寧に返答をするという事は無かった。
チェーニであれば応えていたかもしれないだろうが、彼としては情報をほいほいと開示していくような愚を犯す気などなかったのだ。
「ラズゥエル! ありがとう、助かった!」
もっとも、チェーニの口からはどんどん情報が漏れだし、彼はまたもや胸中で嘆息を吐く事となるのだが。
「ラズゥエル……と言ったか。不思議な技だ……。魔法の様であり、魔法のように詠唱をした訳ではない。それにあの、不可思議な動き……。一瞬で、しかも進行方向とは逆に引き戻すなど、そう簡単に出来るものではない」
案の定、ラズゥエルの名はセルペンスに知られてしまっていた。
それどころか、わずかな時間でもう自らの能力を詳らかにされてしまっている。
ラズゥエルが先ほど使用した「技」は、魔法と技術の融合と言って良いものだ。
その名を……刻印魔法と言う。
しかしそれは、一般的に知られているものではない。
この技法は彼が編み出した、彼だけにしか使いようのない技であったのだ。
ラズゥエルが勇者に引き立てられた能力の副産物とでもいうべき技なのだが、使い勝手が良い反面、使用回数が制限されている。
その回数は……4回。
すでに1回使用している事を考えれば、残る残数は3という事になる。
ラズゥエルの両腕には片方に2つ、合計で4つの刻印が彫られている。
そこに彼は魔力をため込み、任意に引き出し使えるようにしてあるのだった。
これにより詠唱をすることも無く、魔法に似た効果を瞬時に行使する事が出来るのだ。
ただし蓄えて置ける魔力は少量であり、それに比例して使える魔法も大して強力なものではない。
即効性の魔法であり、不意打ちや緊急事態に対応する為のものだと彼は理解している。
だがそれも、切り札として出来るだけ知られないからこそ効果があるのであって、こんなに早く披露してしまっては余り意味がない。
「でも……あいつの動きは……何だ?」
もっとも、相手の能力を見極めたのは何もセルペンスだけではなく。
「まるで……目の前から消えた様な動きだった……。あれは一体……?」
「あいつの動きの正体は……蠕動運動ですね」
実際に眼前でその動きに翻弄されたチェーニの疑問に、それを離れた場所から見ていたラズゥエルが答えを口にした。
しかし残念ながら。
「ぜ……ぜんどうって……何だ?」
チェーニには、その簡潔な答えでは理解を得られなかった様であった。
申し訳なさげに質問を重ねるチェーニは、どこか小さくなっていて可愛らしくもある。
だが、言うまでも無く今はそんな場合ではない。
「……チェーニッ!」
動きを止めてしまったチェーニとラズゥエルに向けて、今度はセルペンスの方が攻撃を仕掛けてきたのだ。
それも、普通に考えられる足を使った前進ではなく。
予備動作も何もなく、突然恐るべき速度で飛び掛かって来たのだった。
一瞬気の抜けた状態になっていたチェーニとは違い、ラズゥエルが油断をするという事は無くじっとセルペンスの方を注視していた彼の反応は早かった。
チェーニの名を叫びながら彼女を突き飛ばすと、自身もその反動を利用してチェーニとは逆の方へと跳躍しセルペンスの攻撃を躱したのだ。
「……ほう、やるじゃあないか。俺の様なビボラも人界にはいるってことか。これは気を引き締めないとな!」
ラズゥエルの反応を称賛したセルペンスは、今度はそれと分かる歓喜の表情を浮かべたかと思うと、そのままラズゥエルに迫ったのだった。
蛇かトカゲと思しき動きを見せるセルペンス。
正しく「魔獣人」とも思える怪人を相手に、チェーニとラズゥエルはどう戦うのか!?




