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魔王城へ

アムルの元に齎された報告は、意表を突くという一点だけでも効果絶大だった。

そしてその内容は、考えられる限りで最悪のものだったのだ。

 バトラキールより齎された報告は、これまでにない凶報となってアムルの元へと齎されていた。


「な……何故、そんな事になってるんだ!?」


 事態の状況把握を行おうと、アムルは僅かに震えた声をバトラキールへと向けたのだった。

 闇雲に動き出したところで、事態は決して好転などしない事を彼はよく理解していたのだ。

 本当ならばすぐにでも駆け出し魔王城へ向かいたい衝動を強靭な理性で抑えつけ、アムルは詳しい話をバトラキールに問うた。


「されば、我らの監視の目を掻い潜り人界の勇者が2名、この魔界に侵入していた由にございます。彼奴等はこの地に最も近い魔界第4の街であるアンギロに潜入。その街を治めていたセルベンスを倒して伝魔境を用い、魔王城への侵入を果たしたと思われます。不意を突かれた魔王の間は沈黙。現在は魔王城内部より封鎖され、他の伝魔境での侵入は不可となっております。犯行声明は、内部に立てこもる勇者たち自身により齎されました」


 バトラキールの簡潔な説明に、アムルもようやく魔王城陥落の全貌を掴みつつあった。

 アムルたちは大軍を擁する人界軍に注視するあまり、その他の侵入者の可能性を見落としていたのだ。

 勿論、バトラキールが差配する監視網に穴があったとは思えない。

 それを知るアムルだから、その事について彼を問い詰める様な事はしなかったのだ。

 今回においては、バトラキールの敷く監視網を潜り抜けるだけの技量を持っていた、人界の勇者側が一枚上手だったという事なのだ。


 しかし、その結果は最悪を突くものであった。

 人界軍との戦いを有利に進めているこの状況で、まさか本陣が襲われ容易に落ちるなど誰が考えられるだろう。

 しかもそこを護るのは、アムルと互角の戦いを見せる「白の勇者」カレン、そして「赤の勇者」ブラハム、「青の勇者」エレーナ、今は戦えないものの「黒の勇者」マーニャ、そして彼女たちに引けを取らない実力者であるレギーナと言う、錚々(そうそう)たるメンバーなのだ。

 この陣容にはアムルは当然、バトラキールでさえ異論を挟みこむ余地など無かったであろう。

 そして魔王城には、古龍種でも最上の力を持つセヘルマギアが控えている。

 真正面からの攻撃ならば、アムルたちが軍を整えてゆっくりと戻るまでいくらでも持ち堪えられる布陣なのだ。

 もっとも、予想外の部分から攻め込まれるから不意打ちや奇襲と呼ばれているのであり、それもまた相手の方が上手だったと認めざるを得ない。


「では、今はレギーナ達全員が囚われているってのか!?」


 残してきた者達は全員手練れだが、その子供たちまでがそうであるはずがない。

 要塞である魔王城に子供たちを立ち入らせたという事実はこれ以上ない失策だが、今はそれを論じても始まらない状況なのだ。

 少なくとも要人8人が全員人質となっているならば、相手の手腕も考えて最悪の事態も想像しなければならないのだが。


「……いえ。今囚われているのは、カレン様お一人でございます。レギーナ様、アミラ様、ケビン様、マーニャ様、アーニャ様、エレーナ様、ブラハムは無事でございます。今はアンギロの街にて保護され、護衛も付けております」


 それを聞いたアムルは、なんとも拍子抜けした表情を浮かべてしまっていた。

 魔王城魔王の間にいたのは、何も大人だけではない。

 明らかに非力と言って良い子供が、3人もいたのだ。

 そして、その保護者である大人も2名。レギーナとマーニャである。

 人質の名がこの中の誰かであったなら、アムルもそう驚く事は無かったであろう。

 または懐妊しているエレーナだったのならば、彼もその状況を想像して納得していたかも知れない。

 だがバトラキールの口にしたのはそんな彼女達ではなく、アムルと対等に戦えるカレンだったのだ。


「……カレン様は、押し入った賊の一瞬の油断を突き伝魔境にてレギーナ様達を逃がしたとの事です。しかし自身も逃げるまでには至らず、そのままその場に取り残されたとそう伺っております」


 余りにもアムルの顔が呆けていたのか、バトラキールはその時の様子を掻い摘んで説明した。

 意識を取り戻したアムルも、彼の説明に何とか理解を示したのだった。


「……その情報、人界軍は?」


 そしてアムルは、真剣な表情に戻るとバトラキールに次の疑念を問い質した。

 現状、最も危惧しなければならないのは、魔王城が人界の勇者によって押さえられたという事実を人界軍が知る事である。

 何らかの手段でその事を伝えられていたのならば目も当てられないが、アムルたちが見る限りでは人界軍に反転攻勢に出る様子は伺えない。

 ただし今は見て取れないだけで、すぐにその様な兆しが見られる様になるかもしれないのだが。


「周辺都市の伝魔境は、改めて我らの手の者が押さえております。少なくとも伝魔境を使用しての情報漏洩は考えられません」


 バトラキールの答えは、アムル危惧を振り払うものだった。

 それでも安心出来る様子は今のところ無く、このまま状況を静観して良い場合でもない。


「……それで? その立て籠もり犯共は、何らかの要求を突き付けて来たのか?」


 おおよその見当がついているアムルであったが、あえて彼はバトラキールにその様な質問を投げ掛けたのだった。

 命を懸けて魔界へと侵入し、決死の覚悟で魔王城へと突入したのだ。

 そんな者達が望むものなど、考えられるだけでも1つしかない。


「……は。魔王様の首を……」


 その返答を聞いて、アムルは小さく安堵し笑みを浮かべていた。

 人質としたからには、簡単にカレンを殺害するような事はしない。

 唯一の人質となってしまったカレンを害しては新勇者たちに手札は無くなり、魔族に依る魔王城への大攻勢を呼びかねない。

 目的を果たす前に自分たちが命を失っては、何の為にこの地へ決死行を行ったのか分からなくなってしまう。

 ひとまずのカレンの無事は確約された訳だが、だからと言って賊たちの要求が取り下げられるはずもない。

 人質を取る事が当初の目的だったのかどうかは定かではないが、新勇者たちが魔王城に乗り込んで来た理由ははっきりしているのだ。


 新勇者たちの望み……目的は、魔王アムルの首だ。


 侵入者たちは刺し違える覚悟でその場にいるのだから、その要求は至極妥当なものであった。


「……期限は?」


「……3日後までにとの事」


「随分と、悠長な勇者さま達だな」


 冷静に事態を把握しだしたアムルは、バトラキールの言ったタイムリミットを聞いて思わず吹き出しそうになっていた。

 そしてそれはそのまま、アムルが抱いた考えが正しいという確信に変わっていたのだった。

 即座に行使させようとするならば、3日と言わず明朝であったり数時間後であってもおかしくはない。

 それでも3日の期限を切ったのは、新勇者たちは魔界の事情を把握しきれていないからに他ならない。

 人界では有効な人質をとっての交渉も、魔界ではどれほど効果があるのかは未知数なのだ。

 探るように持ち出した条件が、3日と言う時間だったのだろう。


「よし。バトラキール、俺はこのままアンギロへと赴き、そのまま魔王城へ行く」


 それらを鑑みて、アムルはバトラキールにそう宣言した。

 ただし、この場を投げ捨ててカレンを助けに戻ると言う訳では無く。


「この場の指揮はバトラキール、お前に任せる。リィツアーノには全軍の指揮を執らせろ。戦い足りないだろうマロールとマレフィクトを前面に押し出して、人界軍を牽制しておいてくれ。臨機応変な判断は任せるが、基本的な方針は人界軍の魔界からの撤収だ。ほどほどに痛めつけて、その上で拮抗状態を維持してくれ」


 冷静な為政者としての顔を覗かせて、アムルはバトラキールにそう命じた。

 そしてバトラキールも、その事に反論せずに腰を折って応えた。


 バトラキールをしても、今のアムルをこの場に留める事が出来ないと悟っていたのだった。



意を決したアムルは、即座に行動を起こす。

眼前の人界軍の事もあり、時間的猶予はない。

アムルは詳しい話を聞くために、レギーナ達が保護されているアンギロの街へと向かったのだった。

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