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古龍、出現

遂に、魔族軍と人界軍との前哨戦が開始された。

アムルの指示通りに動く魔族軍と、闇雲に突進する人界軍。

絵に描いたように、アムルの思惑通り事は進んでゆく。

 アムルの挑発的軍事行動により、前衛に攻撃を受けた人界軍、その部隊司令官は実に安直な指示を自軍に向けて発令した。それは。


 ―――攻撃を仕掛けてきた魔族少数部隊を殲滅せよ。


 ただそれだけであった。

 その命を受けて、人界軍は何ら規律の取れた行動を起こさずにただ単純に前進を開始したのだ。

 そこには部隊ごとの行動や意図など無く、ただ闇雲に突出している様にしか見えなかったし、事実そうであった。


「こんなに簡単に挑発に乗ってくれるなんてなぁ」


 半ば呆れかえるような口調でそう呟き、アムルはその光景をはるか後方の僅かばかり高くなった丘の上の本陣より眺めていた。

 彼の目には今、人界軍に攻撃を仕掛けた魔族軍中隊が全力で後退しており、それを追いかける様に人界軍が進軍している様が見て取れた。

 もっともそれは整然としたものではなく、ただ無様に戦列を延ばしている様にしか見えなかったのだが、それこそが彼の意図したところでもあった。


「よし。後はリィツアーノが上手くやってくれれば、こちらの作戦は概ね完了するな」


 見事にアムルの思惑通り事が進んでいる情景を目にしながら、彼はそれでも戦況より目を離す事無くそう呟いた。

 それにアムルのすぐそばで控えるバトラキールが、深い頷きで同意を示す。

 細く長く伸びた人界軍の戦線は、僅かな圧力で分断出来る事だろう。

 切り離せる敵の兵数はそう多くはないのだが、実際それがどの程度になるのかは指揮官であるリィツアーノの判断如何に依る。

 だがアムルは、リィツアーノが決めるタイミングに危惧など微塵も抱いていない。

 彼ならば間違いなく最高の時期で突入を敢行し、見事にその義務を果たしてくれると疑っていなかったのだ。


「……して、その後は如何いたしますか?」


 そしてそれはバトラキールも同様であり、この作戦が成功する事に彼も懐疑を抱いていない。

 それよりも、その後の展開をアムルに問うたのだった。


 この作戦に、戦略的意味は無いだろう。

 ただ相手の準備が整わないところでちょっかいを掛け、それに反応した人界軍に逆撃を掛けて痛い目を見せる……この作戦とは、そんなところだ。

 ただし、心理的な意味合いは少なからずある。

 魔族軍に攻撃を加える事の難しさを、その身を以て分からせるという効果は多分にあるのは間違いなかった。

 村を襲った人界軍は、その圧倒的勝利に今は楽観している者も少なくない。

 そんな油断を巧みに突き、人界軍の心胆を寒からしめるという効果は確かにある。

 もっともその様な感情を相手に植え付け慎重にさせたところで、魔族軍にはあまり益はないのだが。


 バトラキールの問い掛けに、振り返り彼と正対したアムルは口角を吊り上げて答えた。


「分断した人界軍先陣部隊には、我らの怒りの捌け口となってももらう。その後本隊には進軍を思い留まらせ、出来ればそのまま魔界からご退場願う」


 アムルの口からはなんら迷う事なく今後のプランが話され、それを聞いたバトラキールも深く頷いて応えたのだった。


 アムルは勿論、バトラキールやリィツアーノ、そして魔王城に残るカレンたちも、人界軍の殲滅を望んでいる訳では無い。

 人界側がそう考えているのならば仕方がないが、逃げ帰るならばそれを阻止しようという考えはなかった。

 実は今の魔族軍ならば、そうしようと思えば不可能ではない。

 地の利は魔族軍側にあり、緒戦は優勢に事を進めつつある。

 現在大きく迂回し移動している巨人族部隊は、人界軍の後背に出る様な進路を取っていた。

 戦場が膠着し時間を稼ぐ事が出来れば、魔族軍の圧力に押されて人界軍は撤退を考えるだろう。

 その時退路を防がれれば、正しく人界軍は袋の中のネズミに同じだ。

 異界門(トロン・ゲート)を潜る前に、その殆どは殲滅させられる事は考えるまでも無かった。

 しかしその場合、魔族軍側にも少なくない被害が出る。

 特に退路側に回った巨人族は、下手をすれば全滅の危機に瀕するかもしれないのだ。

 今回のように、どちらかと言えば人界側の冒険の様な侵攻に魔族軍側が大きく被害を出す必要性を、アムルを始めとして誰一人考えていなかった。


「……それではこのまま?」


「ああ。マロールとマレフィクトには、人界軍本隊の鼻先で大暴れしてもらうとしよう」


 バトラキールの念押しに、アムルは作戦の続行を告げたのだった。




「……頃合いだな」


 みるみると延びてゆく戦列を横から見つめ、リィツアーノがそう呟いた。

 撤退する魔族中隊は、魔族軍本隊にどんどんと近付いて行く。

 このまま近付き過ぎれば分断後の人界軍部隊も相当の数となり、魔族軍に被害が出る事も予想される。

 しかし少な過ぎれば、この作戦の意味も本当になくなる。


「よしっ! 全軍、突撃するぞっ! 我に続け―――っ!」


 リィツアーノは攻撃点を見つめて、大きく突入の声を上げた。

 それに呼応して、彼に従う魔族兵1,500名が一斉に鬨の声を上げる。

 先陣を切る司令官に遅れまいと、一気に1,500人(大隊規模)の一軍が軍馬を駆り突撃を開始したのだった。

 眼前を逃走する少数の魔族軍に気を取られ、人界軍は今の今までリィツアーノの遊撃部隊に気付けず、突如現れた部隊に驚き恐慌を来す。


「進め―――っ!」


 そんな醜態を晒す人界軍目掛けて、リィツアーノを先頭に魔族軍が突入した。


「よ……横から敵襲だ―――っ!」


「と……止められないっ!」


「ふ……踏みとどまれっ! これ以上、奴らの突進を許すな―――っ!」


 奇襲を受ける形となった人界軍は、まさに右往左往の大混乱だ。 

 そんな人界軍に一騎当千と言って間違いないリィツアーノを誰も止める事など出来ず、驚くほどあっさりとその長い戦列は引き千切られ、まんまと人界軍先陣部隊は孤立を余儀なくされてしまった。

 そこへ、準備万端に待ち構えていた魔族軍本隊の精鋭が襲い掛かる。

 孤立した集団を円陣の中に包囲し、一斉に周囲から攻撃を仕掛けたのだ。

 その激しい集中攻撃に、人界軍は成す術なくただ倒されるのを……殲滅させられるのを待つのみだった。


「ぬぅ……ぬぅっ! 全軍、止まるな―――っ! 味方を見捨てるな―――っ!」


 取り残される形となった前衛軍を救うべく、切り離された状態だった後衛の司令官が大声を張り上げた。

 その判断自体は、決して間違いではない。

 単に味方を助けるという人道的な話だけではなく、二分された部隊を一つに戻す努力をする事は必要不可欠だと言って良かった。

 そして魔族軍側は、その人界軍の思惑を挫く必要性があった。

 切り離した人界軍が再度合流を果たさないよう、突入した部隊はそこで踏みとどまり阻止する役目も担っている。

 だがリィツアーノが率いた部隊数では、後続の数万からなる人界軍を押し留めていられる時間などたかが知れていた。

 如何に無双を誇るリィツアーノが参戦していたとしても、大隊規模の部隊が蹴散らされるのは時間の問題だったろう。

 勿論アムルはその様な事など予想済みであったし、リィツアーノや魔族兵をこの様な戦いで無下に散らせる気など毛頭ない。

 しかし当然アムルは、人界軍の後続本体を先陣部隊と合流させる気など更々無かった。




「…やれやれ、ようやく出番かよ」


 リィツアーノの部隊の最後尾に付けていた2騎の軍馬が、歩みを止めてその戦場に留まっている。

 そしてあろうことか、その戦場のど真ん中で下馬したのだ。

 普通で考えればそれは単なる自殺行為でしかなく、人界軍の誰もがそう考えたであろう。


「ヌオオオォォッ!」


 だがその考えが誤りだった事を、その場にいる誰もが痛感する事となった。

 マロールがその気合を雄たけびと共に口にした瞬間、そこには巨大な龍……古龍が2体出現したのだ。

 その余りの威容と禍々しい姿に、人界軍の誰もが動きを止めて呆けるより他に出来なかった。

 灼熱を思わせる真っ赤な体に、炎を連想させる鱗を持ち、巨大な体躯に長い首と尻尾。

 誰の目にもそれは、紛うことなく古龍と映っていた。

 その巨龍が大きく息を吸い込み、それを一気に前方へと吐き出す。

 凄まじい炎がその口から放出され、瞬く間に至近にいた人界軍兵数十を飲み込み跡形もなく消し去ったのだ。

 その余りに凄惨な光景を目の当たりにして、更に人界軍兵は声も出せずに立ち尽くすよりなかった。


「まったく……。つまらないなぁ」


 そしてそんなマロールの隣にいた古龍もまた、自身の得意とするブレスを吐き出したのだった。


 その姿は、マロールの様な龍の姿をしていない。

 その容姿はどちらかと言えば……巨大な蛙だろうか。

 ぬめぬめとした紫色の表皮に大きく裂けた口、ギョロギョロと除く両目はどう見てもカエルのそれだ。

 ただしやはりただのカエルとは違う所も多く、その背からは蝙蝠を思わせる巨大な翼が生えていた。

 そしてその尻部に当たる部位からも、普通では見ることの出来ない程長い尻尾が伸びている。

 その大きさはともかくとして、それだけを見てもマレフィクトがただの巨大カエルではない事を物語っていたのだった。





分断された人界軍の前に出現したのは、圧倒的な力を有する古龍2体。

その力の前には、人界軍も呑み込まれるより他は無かった。

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