魔王軍、出撃
邪竜マレフィクトの協力を取り付けたアムルたちは、再び軍議の席に着いていた。
カレンの活躍により? 無事に? 伝説級の古龍マレフィクトの参戦にこぎつけた。
その代償? は一部の者にとっては大きかったのだが、結果としてはその犠牲により作戦の大筋を変更する事なく進められる様になった。
「これより、作戦要領を伝える」
これにより、先ほどの話し合いでは行き詰っていた行動次第を決定し、正式に作戦発動を行えるのだ。
「親衛騎士団長、リィツアーノ!」
「はっ!」
アムルに名を呼ばれ、リィツアーノは短く返答すると席より立ち上がり直立不動の姿勢を取った。
「リィツアーノ。お前は魔王軍1万を率い、人界軍との会戦が予想される地点へ速やかに移動を開始しろ」
「心得ました! ……して、その場所とは?」
アムルの指示にまたも簡潔明瞭な返答をしたリィツアーノは、そのまま移動先を問うた。
リィツアーノ自身にも幾つかの候補はあるのだが、何処が最適なのか、そしてアムルはどこを会戦の場として選ぶのかは彼の思惑とは別問題であるのだ。
「うむ。お前は何処が良いと考えるか?」
リィツアーノからの質問に、アムルは質問で返した。
本当ならばその様な行為は返事としては愚と考えられているのだが、この場合の問答で言えばその限りではない。
2人の行為は質問の態を取った、相互理解の確認でもあるからだ。
「はい! 幾つかの地点が候補に挙げられますが、土地への影響や周辺町村への被害を考えれば、やはりエーベネ沼沢地が最適であるかと! そしてその場に比較的広くあるエーベネ平原が、今回の会戦に最適だと考えます!」
一見すれば怪力自慢の武人然としたリィツアーノであるが、実はそうではないという事がこの会話で伺い知れた。
武人軍人は、ただ戦って相手に勝つ事だけを考える……それだけでは二流である。
言われたままに任務を遂行するという事は、難しい様でいて実は簡単である。
出来る出来ないはその者が有する能力だけに起因し、結果としての成否は命じた者の見る目に掛って来るからだ。
この場合の責任と言うならば実行側には無く、命令した側に生ずるだろう。
しかし事案に対して自身の考えを持ち、利益と同じだけの割合で損害を視野に入れ、その上で自らの意見を持ち発言できる軍人と言うのは優れた指揮官だと言える。
「そうだな。俺もそこが最良だと考えていた」
そしてアムルはリィツアーノの考えが自分と同じだという事を告げ、その意見が是であると答えた。
それを聞き届けたリィツアーノはそのまま着席し、変わる様にアムルは傍らに立ち控えるバトラキールへと顔を向けた。
「人界軍は、未だ異界門付近に布陣しております。敵は恐らく、明朝よりの行動を考えておりますでしょう。そこからまっすぐに西進すれば、エーベネ平原まで軍隊の足で凡そ4日の距離。対して我が軍は、今から行動を開始すれば3日後には布陣を終える事が出来ます」
バトラキールはアムルの仕草だけで、彼が何を望んでいるのかを察してスラスラとその答えを口にした。
その内容がなんら違っていなかったと示すように、アムルは一言も発する事なく頷いて応え。
「リィツアーノ、貴様に命じる。全軍指揮官として当地に赴き、速やかに陣を構築せよ。その後は俺の到着まで待機を命じる」
リィツアーノにその様に命じたのだった。
「はっ! 畏まりました、魔王様っ!」
再び席より立ちあがったリィツアーノは、恭しく頭を下げながらも張りのある声でそう返事をし、また席へと着いたのだった。
彼は勅命を受けた今、すぐにでもこの場を立ち去って然りである。
それでもそうしなかったのは、未だ作戦の全てが決せられ告げられた訳ではないと理解していたからに他ならない。
「カレン、ブラハム、マーニャ、エレーナはこの魔王城に待機。ブラハムを魔王城防御指揮官とし、カレンは最上階にて要人警護を主とせよ」
次にアムルが告げたのは、すでに彼女達には申し渡されていた事だ。
改めて新しい事でも驚く様な内容でもなく、一同も頷いて応えていた。
だが、違っていたのはここからであった。
「魔竜セヘルマギアは、魔王城魔王の間階下で侵入者に備えてくれ」
「畏まりましてございます、アムル様」
この場には、人の姿をした古龍たちも同席していたのだった。
そしてアムルにそう命じられたセヘルマギアは、優しい声音と言葉遣いで座ったままだが優雅にお辞儀して答えとした。
人型となったセヘルマギアは、非常に美しい女性であった。
神秘的な紫色の瞳に、紫水晶を嵌め込んだ様な双眸。古龍とは思えないような見事なプロポーションは、いっそ母性的と言って過言ではない。
神話の中でも有名と言って良い古龍がこの様に丁寧な言葉遣いをしているのは、それが何よりも場の雰囲気を尊重しているのだが、それとは他に彼女自身の性格に依るのだろう。
それが証拠に。
「悪龍マロールと邪竜マレフィクトは俺について来てくれ。魔族軍と合流次第、配置と作戦を伝える」
「おう、任せろ」
マロールの返答はどうにも魔王に対するには礼を失していたし、マレフィクトに関しては返事すらせずアムルの顔すら見ていない。
マレフィクトは、カレンの方へと顔を向けてニヤニヤと笑みを浮かべていたのだ。
これにはアムルも、苦笑いを浮かべるより他はなかった。
もっとも、だからと言ってマレフィクトが不服従かと言えばそんな事は考えられない。
先ほどのやり取りでカレンに「お願い」されたマレフィクトは、すでに協力する旨をアムルたちに伝えているのだ。
アムルにしてみれば、マレフィクトの忠誠など望んではいない。
実さえ問題なければ、彼の振る舞いなどどうでもいい事なのだった。
「それでは、行動を開始する! 全員、人界軍を退ける為の奮闘を期待する!」
そしてこの言葉でアムルは最後の軍議を切り上げ、主だった者はその場に立ち上がり了承の意を示したのだった。
そしてここに、人界軍との戦いを決定づける決議はなされたのだった。
1日早く、リィツアーノの指揮する魔族軍は全軍出立した。
兵は神速を貴ぶと言う諺を実践する様に、リィツアーノは無駄な行動や時間を使う事なく、実に素早くこの城を発ったのだった。
そして本日、アムルたちもこの城を発ち、先行する魔王軍本隊と合流する予定であった。
「……じゃあ、行ってくるよ」
アムルが、カレンに向けてそう告げると。
「いってらっしゃい、アムル」
カレンはただ、それだけを答えたのだった。
すでにアムルは、レギーナやアミラにケビン、マーニャとアーニャ、エレーナには出立の言葉を告げていた。
そして本当に城を発つ直前、カレンへと声を掛けたのだった。
カレンはアムルの言葉に、「気を付けて」とか「勝って」という様な事を口にはしなかった。
何故なら、彼女には分かっているのだ。
アムルが勝つ事も、そして彼が毛ほどの傷さえ負わないという事さえ。
カレンがそう考えたのは、直にアムルと手合わせしたその経験から来るものだったのであろう。
だから彼女は、その様に不毛な事を言うという愚を犯さなかったのだ。
「すぐに戻るから。そしたら……」
それを察しているアムルも、カレンのどこか淡白な物言いにも怪訝な色を見せず、彼女に対して明るく何事かを言いかけたのだが。
「ば……ばかね! そういう事は、無事に帰って来てから言いなさい!」
その言葉の中にアムルの意図を読み取ったのか、カレンは顔を真っ赤にしてそう言葉をかぶせたのだった。
それでも2人は、言うなればまだまだ新婚である。
慌ただしいやり取りがあっても、互いにゆっくりと近付きそして。
優しく、そして長いキスを交わしたのだった。
一つになっていた影が、暫時の後に二つに分かれ。
アムルはクルリと踵を返すと、そのままカレンに振り返る事なくこの場を後にした。
その後姿は、カレンが見てもなんとも頼もしい。
「……だけど。……なんで?」
それでもカレンは、妙な胸騒ぎを覚えて思わずそう呟いていたのだった。
それから3日の後に、後発したアムル、バトラキール、マロール、マレフィクトは、リィツアーノ率いる魔王軍本陣に合流した。
人界軍は確実に近づいて来ており、会戦はこのエーベネ平原で間違いは無いようであった。
先に布陣出来たという事は、まずはアムルたちの優位と言って良かったのだった。
アムルたち魔王軍は、人界軍を迎え撃つ準備を整えた。
そして、決戦の機運はどんどん高まりつつ会ったのだった。




