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儚き少女の願い

邪竜マレフィクトを指示通り動かすには、カレンに依る「お願い」が不可欠。

だが、当のカレンは一向にその気ではない。

 ニヤニヤとした嫌らしい笑みを浮かべてカレンを見るマレフィクトに、彼女はその視線を受けて心底嫌そうな表情を浮かべ困り果てていた。


「分かっているだろう、カァレェン? 僕が何を欲しているかという事を」


 確かに、今回マレフィクトの助力が必ずしも必要かと問われればそうでは無い。

 だからアムルも、カレンに更なる説得を行わずにいたのだ。

 それでも、この邪竜に参戦して貰うという事が戦術上必要であるとカレンにも理解出来ていた。

 それゆえ彼女も、即座に否を明言出来ずにいたのだが。


「だいたい、何でよ!? 別に私じゃなくても、マーニャやエレーナだっているじゃない! なんで私じゃないとダメな訳!?」


 やはり、生理的な忌避感が先だったのだろう。カレンは思わず、マレフィクトにそう問いただしたのだった。

 もっともそれは、問うまでも無い事ではあったのだが。


「あぁ―――……ダメダメ。彼女たちも良いものを(・・・・・)持ってるけど(・・・・・・)、やっぱりこれは君じゃあないとねぇ」


 僅かに考える素振りを見せたマレフィクトだったが、やはりマーニャとエレーナでは満足出来ないと結論付けたのだろう、そうカレンに返答した。

 その返事を聞いて、カレンはがっくりと項垂れるしかなかったのだった。


「まぁまぁ、良いじゃないカレン? ちゃちゃっと済ませちゃえば、恥ずかしいのもあっという間だよぉ?」


 その様子を見守っていたマーニャだが、堪らず……と言うか我慢出来ずに、吹き出しそうな表情でカレンへ助言する。


「私で良いなら宜しかったのですが―――。残念ながらマレフィクトの指名はあなたですからねぇ―――」


 頬に手を当てて困ったという風情のエレーナが、カレンに更なる追い打ちをかける。

 事ここに至ってしまっては、カレンに逃げ道など無かった。


「さぁさぁ、カァレェン―――? 僕に“お願い”しておくれぇ。とびっきり可愛らしく、身体を(しな)らせてさぁ」


 歪な笑みを浮かべるマレフィクトの目は、もう常軌を逸していると言って良い。

 カレンの「お願い」を今や遅しと待ち構えているようだ。


 そう、マレフィクトが望んでいるものそれは……カレンがする、少女らしい「お願い」であった。


 彼はどういった事か、気の強い女性が(・・・・・・・)可愛らしく(・・・・・)懇願する姿(・・・・・)に、これ以上なくそそられる様なのだ。

 しかも、少しばかり勝気な……と言う訳でもない。

 マレフィクトの基準でかなり気丈な女性が、まるで困り果てた様に弱弱しい姿で彼に哀願する。

 彼の望みは、その様な姿を見る事なのであった。

 性癖としては、異常と言うよりこの上ないかもしれない。

 それでもまだ救いだというのは、人の言うところの性的に卑猥な姿を求めていないという事だろうか。

 また、弱みに付け込んで脱衣を強要したり性行為を要求しない所は、求められる側にしてみれば安堵するところであろう。

 そこは、人と古龍種との違いと言って良いかもしれない。

 それでも、特異な要望である事には違いなく。


「く……くぅ」


 カレンは歯噛みして、彼への返事を躊躇している。

 それも仕方のない事であった。

 彼女の性格を考えれば、如何に相手の助力を得るためとはいえ、自身の性格に反するような事をするのには抵抗があるのだ。


「……カレン」


 そんなカレンを見て、アムルが彼女にそう声を掛ける。

 その顔は彼自身も困り果てているという表情をしており、ともすればこの交換条件を取り下げようという考えが読み取れる程であった。

 事実、アムルの言う通りカレンだけが苦悩し辱めを感じる必要など無い。

 マレフィクトがいなくとも、この戦いの目的は概ね達する事が出来る筈なのだ。

 マレフィクトの参戦は、あくまでも完全を期す為。

 カレンも、その事は重々承知しているのだが。


「……分かった。分かったわよ! やる! やりますよ!」


 半ば捨て鉢気味にカレンは、その場の全員に宣言する様に叫んだのだった。

 その目には、悔しいからなのか涙が浮かんでいる。


「うは―――! やった―――!」


 そんな彼女の姿を見たからなのだろうか、マレフィクトは顔を紅潮させておりその興奮状態はMAXだ。

 その彼の前に、カレンは足取りも重く正対した。

 しばし、無言の時間がこの部屋を支配していたのだが。


「ね……ねぇ、マレフィクト。お願いだから、私たちを助けて。私たちに協力して、人界軍を薙ぎ払って」


 カレンは、顔を真っ赤にして絞り出すようにそう彼へと告げたのだった。

 決意はしたものの羞恥が勝っているのだろう、マレフィクトの顔をまともに見れないカレンは、彼の顔から視線を外すようにやや右斜め下を見ながらそのセリフを口にしたのだった。


「んん―――。良い……んだけどねぇ―――。まぁだ、足りないなぁ―――」


 カレンが何とか絞り出した言葉にも拘らず、マレフィクトにはまだお気に召さない様であった。

 僅かに考えた彼であったが、カレンに向けてダメ出しをした。

 それを聞いた彼女はすぐに顔を上げて文句の一つも言おうとしたのが、その抗議の声は僅かも口から吐かなかったのだった。

 嘆願しているのはアムルたちであり、その為にはマレフィクトの望んだ事を達せられなければならない。

 そして何よりもカレンの今の台詞や振る舞い(・・・・)では、マレフィクトが明示している条件を満たせていないのは、誰よりも彼女自身が分かっていたのだ。


「ね……ねぇ。マ……マレフィクトさまぁ……」


「お……おお!」


 一つ短い、けれども深く強い息を吐いたカレンが、先ほどとは打って変わったような声音でマレフィクトに話しかけた。

 いや、変わったのは声音だけではない。

 その表情も、仕草も、潤んだ瞳の色さえも、先ほどとは比べ物にならない程……儚げで少女らしくなっていたのだ。

 その声を向けられたマレフィクトの口から、思わず期待と歓声の籠った声が零れ出る。


「お願い……します。どうぞ私たちに、そのお力を貸して下さい。あなた様の力を以て、人界軍を蹴散らして欲しいのです。お願いします……どうか……どうか」


 全てを言い切ったカレンは、マレフィクトに熱のこもった瞳を向けた。

 それを受けているマレフィクトは、これ以上ないという程にトロンとした表情でカレンを見つめており声すら出せない。

 もっとも、声を出す事が出来ないでいるのは何もマレフィクトだけではなく。

 周囲でその様子を見守っていたアムルたちも、身動ぎ一つ出来ないでいたのだった。

 カレンのその姿を初めて見るレギーナやバトラキール、リィツアーノは当然の事だが、これが二度目(・・・)となるアムルやマーニャ、エレーナもそれは同様であった。

 それもそのはずで、普段の彼女からはどうにも想像出来ない姿を目の前で見せられればこうもなろう。


「良い……。良いよ、カァレェン! 分かったっ! 分かったよっ! 僕、頑張るよっ!」


 そしてマレフィクトはカレンのこの姿に呼吸を荒くし、やや興奮気味でそう答えたのだった。

 どうやら今度は、彼も満足のいく「お願い」だったらしい。

 それを聞き届けたカレンは、ゆっくりとマレフィクトから視線を逸らし俯いた。

 その表情は誰からも伺い見る事は出来ないが、震えている彼女の肩を見れば想像出来ようというものだ。

 カレンはそのままクルリと踵を返し、一言も発する事なくツカツカと上階へ続く階段の方へと歩き出した。

 余りの勢いにアムルたち一同は思わず道を開け、彼女はその間を無言で通り過ぎる。

 と、カレンがピタリとその歩を止める。だが、アムルたちの方へ振り返る様な事はしない。

 一同に背を向けたままカレンは。


「……帰る」


 ただそれだけを告げると、再び早足で歩き出したのだ。

 そんな彼女の心情はいかばかりか。その場の全員が察して余りあるというものだろうか。


「あらあらまぁまぁ。よっぽど恥ずかしかったのでしょうねぇ」


 小さくなってゆくカレンの背に視線を向けながら、頬に手を当てたレギーナがアムルの隣でそう呟くと。


「まぁねぇ。あの子、あのまんま恥ずかしがり屋だからねぇ」


 マーニャが、さも面白いものを見たという笑みを浮かべてレギーナに答え。


「そうですね―――。後でフォローしておきませんと―――」


 エレーナもまた、楽し気な笑みでそう続けたのだった。

 そして彼女たちはカレンの去った方へと歩み出し、バトラキールとリィツアーノもそれに続く。


「それじゃあセヘルマギア、マロール、それにマレフィクト。今度の戦いでは、宜しく頼むよ」


 アムルもまた古龍たちにそう告げると、その場を後にしたのだった。




「おめぇ、あれでやる気が出るのか?」


 アムルたちが去った後、マロールはマレフィクトにそう問い掛けた。

 戦いに興味を見出すマロールのモチベーションと明らかに違うやる気の出し方に、彼は少なくない疑問を覚えたのだが。


「ああ、マロール。僕は今、とても良い気分だよ。カレンの『お願い』に免じて、この戦いはアムルの言う通りに動いてやるさ」


 そうマロールに答えるマレフィクトの表情は、この上なく満足げなものであった。


羞恥心MAXとなりこの場を去ったカレンとは対照的に、マレフィクトはこの上なく満足そうだ。

これで、人界との戦いに対する準備は整った。

大いなる犠牲の上に……。

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