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圧倒的な力の為に

渋るカレンを加えて、アムルたちは古龍の元へと向かっていた。

 アムルたちは、魔王の間より魔王城を下階へ向けて進んでいた。

 本当ならば、その様な無駄な事は殆どしない。

 余程の事がない限り、アムルたちが魔王城を下っていくという行為自体が有り得ない事なのだ。

 それでも今はその「余程の事」が起こっている最中であり、その事案に対する為に古龍たちの力を借りるべくアムルたちは移動していたのだった。




 そして、魔王の間より下階への階段を下り一つ目の扉。そこを開けると。


「あら、お待ちしておりました。魔王様」


 部屋の中央には、優雅な仕草で小さくお辞儀をする非常に美しい女性が佇んでいた。

 腰よりも長く、まるで宵闇を思わせる美しい紫色の髪と、純度の高い紫水晶を連想させる双眸。

 異国情緒を感じさせる白い着物を身に付けており、それが一層彼女の紫を際立たせていた。

 一見すれば、この様な場所にいる様な女性ではない。

 良家の令嬢か、もしくは一国の姫君。

 ともすれば、この魔王城の女王であると言ってもおかしくはない。そんな立ち居姿だった。

 勿論彼女は、その様にひ弱な存在(・・・・・)ではない。

 それどころか、この場にいる誰よりも長命であるかもしれないのだ。


 そう……彼女こそ、魔竜セヘルマギアであった。


 古龍の一部はこの様に人の姿へと変化する事が出来、今はセヘルマギアも美しい女人の姿をとっている。

 そしてそれは、何も彼女だけに言えた訳では無く。


「おう、アムル。用があるってんでわざわざ此処まで来たんだけどよ。何か面白い事でもあるんだろうな?」


 セヘルマギアの両脇には、とても彼女とは釣り合わなそうな風貌をした男性が2人立っていたのだ。

 その内の一人、ムキムキに鍛えられた赤銅の肌に燃えているかのような赤い髪、そしてルビーを思わせる瞳を持つ、まさに暑苦しい男がアムルへと問い掛けてきた。


 彼は古龍が一体、悪龍マロールの変化した姿であった。

 マロールもまたセヘルマギア同様に、ある約定を以てこの魔王城に鎮座しそのまま長い年月を過ごしているクチだった。

 もっとも彼に言わせれば、「魔王に騙された」との事なのだが。

 勿論彼の言う“魔王”とはアムルの事ではなく、前代魔王の事なのだが。


「ああ。是非とも頼みたい事があってね。面白いかどうかは分からないけどな」


 マロールの問い掛けに、アムルはどこかヤレヤレと言った態でそう答えた。

 伝説級の悪龍を相手になんとも砕けた言い方だが、マロールの方にそれを気にした様子はない。

 先年、アムルとカレンはマロールと戦い引き分けている。

 マロールはその風貌さながらに、拳を交わした相手は認めるに値する……と言う、やはりなんとも暑苦しいスタンスなのだろう。


「その頼みごとに、こいつも必要って事かい?」


 アムルの返事に、マロールは組んでいた左腕をわずかに持ち上げ、左親指でセヘルマギアの隣に立つ人物を指した。

 どうにも失礼な態度だが、やはりその人物は飄々として気にしてはいない。


「そうだな。今回は、マレフィクトにも手伝って貰いたいんだけどな……」


 マロールの問いにアムルは、簡潔にそう答えたのだが。

 どちらかと言えばその表情は困っている様であり、更に言えば「仕方なしに」と言う風情が感じられる。


 その人物こそ、邪竜マレフィクトが人の姿を模したものだった。


 一目見ると、彼の印象は「毒緑の青年」。これに尽きるだろうか。

 新緑を思わせる緑色の髪に整った顔立ちを持ち、物憂げな眼にはエメラルドをはめ込んだ様な美しい碧色の瞳が浮かんでいる。

 これだけを見れば、その容姿は美青年のそれに伺えるのだが。

 彼の肌は、毒々しいまでに紫色をしていた。

 そしてそれを強調する様に、彼の服装は全て濃紫で統一されており、唯一纏っているマントの内側だけが強い血の色の赤をしていたのだ。

 これではどう良心的に解釈しても、精神を病んだ青年かマッドサイエンティストだろう。


 2人の話題が自身の事だというのに、マレフィクトのその顔は全く興味を示していない。

 いや、違う事に興味を……視線を奪われていると言って良いだろう。

 彼はアムルたちがここへと姿を現してから、ずっとカレンの方だけを見ていたのだ。


「実はこの魔界は、今現在人界の軍に攻撃を受けている。すでに被害も出て、和解は有り得ない状況だ。だがダラダラと戦線を膠着させる気も、戦争を長引かせるつもりも毛頭ない。一撃で奴らの戦意を挫こうと思う」


 アムルがこの場を代表し3人に……と言うよりも、彼の話を聞いている2人に向けて説明を開始した。

 マレフィクトはそんなアムルには一切視線さえ向けずに、ただじっとカレンを見つめている。

 そして当のカレンは、どうにも身の置き場がないように嫌悪感を露わにしてモジモジと体を動かしていた。


「そりゃあ、当然だな。やられたのにやり返さないってのは、道理に反するぜ」


 アムルに対して静かにうなずくセヘルマギアとは対照的に、マロールは自身の信条を口にして同意した。

 もっとも彼の言い分は、どうにも野蛮的ではあるのだがこの場合はその通りである。


「魔族軍だけでも対処は可能だが、それだけじゃあ心理的敗北感を助長出来ない。奴らには、再度魔界へ踏み込もうと思わない……少なくとも躊躇するだけの恐怖を植え付けないとならないんだ」


「……その為に、我ら古龍種の力添えが必要だという事ですね?」


 アムルの話を聞きその真意を察したセヘルマギアがそう付け加え、アムルは力強く頷き返した。


「へっへっへっ! よっしゃっ! そういう事なら、ひと暴れさせてもらうぜっ!」


 左の掌に右拳を打ち付けて、マロールがやる気満々と言った表情で賛同する。

 ここまでは、アムルの意図した通りに事が進んでいた。

 これは彼女らを利用するのではなく、協力して貰う案なのだ。

 セヘルマギアもマロールも、魔界の住人と言って間違いはない。

 彼女らの住む魔界が謂れも無く襲われ蹂躙されるという事を、この古龍種たちが指を咥えて見ているだけなどありえない。

 何よりも……少なくともマロールは、戦いたくて仕方がないだろう。

 それよりも問題なのは。


「それで? その人界の無法者どもに思い知らせるのに、俺だけじゃあ力不足だって言うのか?」


 その問題点を、マロールが口にした。

 そこには、どこか不満げな感情も込められている。

 彼はこう言いたいのだろう。


 ―――人界軍など、俺一人で蹴散らしてやる……と。


「いや、本当ならマロールだけでも十分だろうが、さっきも言った通り奴らには決定的に挫折して貰わないとダメなんだ。それにはマロールだけじゃあなくマレフィクトも、その威容を人界の奴らに見せつけてやって欲しいんだよ」


 この説明にも、セヘルマギアは頷いて賛同している。

 圧倒的戦力で相手の士気を挫く。これは戦闘において間違いのない戦法である。

 ただマロールの方はと言えば、やや不承不承ながらも了承したような素振りだ。


「だからマレフィクト。俺たちに力を貸してくれないか?」


「嫌だね」


 アムルはマレフィクトの方へと体を向けてそう願い出たのだが、マレフィクトの方は即座に否を返したのだった。

 もっともこれは、アムルも想定内であったのだが。


「アァムゥルゥ? 忘れた訳じゃあ無いよねぇ? 僕は世界のどうのこうのなんて全く興味が無い。僕に何かして貰いたいなら……」


 そこまで話してマレフィクトは、喉の奥で「ククク」と含み笑いを零した。

 勿論、アムルもマレフィクトが何を望んでいるのか分かっている。

 小さく嘆息したアムルは、ゆっくりとカレンの方を見やった。


「や……やっぱりい……嫌よっ! なんで私が、あんな恥ずかしい事(・・・・・・)しなきゃなんないのよっ!」


 しかしカレンはアムルの視線の意図を察し、即座に拒否を示したのだった。

 そしてこれもまた、アムルの想定内だったのだが。


「カレン、頼むよ。この作戦には、マレフィクトの協力があった方が良いんだ。そして彼を合力させる事が出来るのは、残念ながらお前しかいないんだよ」


 だがこの件に関して、アムルも無理強いは出来ない。

 場合によっては、マレフィクトの参戦は無しで作戦を進めるしかないとも考えているのだ。

 もっともその時は、アムルが最前線に出てその力の一端を見せつけなければならないのだが。

 それはリスクを伴う行為であると同時に、魔界側の切り札を早々に披露する事でもある。

 当たり前の話だが、「切り札」と言うのは最後まで見せない事に意味があるのだ。


「むぅ―――……」


 恥ずかしさに顔を真っ赤にしたカレンだが、それでも首を縦には振れないでいたのだった。


作戦にはカレンの協力が不可欠なのだが、当のカレンが乗り気ではない。

アムルは、作戦の変更も視野に入れていたのだが。

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