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人選

会議室での騒動も一段落し、ようやく落ち着いたのもつかの間。

リィツアーノから齎された報告は、再び一同の気持ちを暗鬱とさせていた。

 現在の戦況について改めて説明を受け、会議室の空気はどんよりと重いものへと変化していた。

 特に、人界から送られてきた元勇者一行の受けた衝撃は並大抵のものではない。


「み……みな……ごろし。それは……間違いないの……? 兵士だけじゃなくて、村の人たちも全員……?」


 苦し気にそう絞り出したのは、青い顔をして俯いていたカレンだった。その手は……いや、その体全体が小刻みに震えている。


「はい。少なくとも、生存者は確認出来ておりません。どのみちあの一帯は現在、人界軍の勢力下にあります。生き残ったとしても、捕虜として囚われている事に疑いはありません。そして……」


 カレンの自問とも質問ともとれる呟きに答えたリィツアーノが、更にその意見を述べようとしたのだが。


「人族が魔族を捉えた場合恐らく―――……生かしておく事はないと―――……」


 その続きを口にしたのは、僧侶であるエレーナであった。

 彼女は、人界で最も多くの者が心棒する教義の宗派に属していた。

 そしてそれはそのまま、人界軍の大半が信じている宗教にも通じている。

 そこでどの様な教えが成されているのか、また何を奉じているのか。

 何よりも、異教徒と認定された者への対処などをこの場にいる誰よりも知っているのだ。

 以前ならばともかく、今はその教理を話すエレーナの表情はそれと分かる程に辛そうだった。


「……それで? どうするつもりなの、アムル?」


 これまでに感じた事の無い怒気を孕んだ物言いは、魔法使いのマーニャであった。

 彼女は完全に割り切っているのか、非道を働いた人族に対して怒りを露わとしている。

 それに彼女は、今でも迫害を受けている魔女の一族でもある。

 今では理解も共感も出来ている魔族に対しての処遇を考えれば、マーニャの滾る怒りも頷けるというものだった。


「……どうもこうも無いよ、マーニャ。戦線の布告も協議も成されていない内から、領土を蹂躙されたんだ。これをこのまま、看過するつもり何て微塵も無い」


 マーニャの怒りに呼応したのかアムルも静かな、それでも昏い憤怒を滲ませてそう答えた。

 それは、統治者として至極当たり前の意見であり。

 何よりも、同じ世界に住む者として当然の感情の昂りであった。


「すでに魔族常備軍約1万が、人界軍の進軍を防ぐために進発準備をしております」


 アムルの激情は、そのまま魔界の意思である。

 バトラキールは、すでにこの暴挙に対して対抗しているという事を説明した。


「そうね。この土地を然したる理由もなく脅かす者には立ち向かい、その報いをくれてやらないとね」


 そしてカレンもまた、アムルの気持ちに同調していた。

 先ほど彼女たちが語った通り、すでにカレンたちは魔界の住人なのだ。

 如何に元は人界に属しておりその本質が人族であったとしても、人界軍の行った蛮行は彼女たちをして許容を超えていたのだ。

 カレンの言葉に、エレーナとブラハムも強く頷いて応える。


「そこで、大事なのはどの様な布陣とするかなのだが」


 アムルも、彼女たちの勇壮な言い様には満足していた。

 何とは言っても、カレンたちは人界を代表する程の勇者だったのだ。

 その能力、戦力は比類なく、戦場に立てば相手を畏怖させ、軍を率いれば味方を鼓舞する事間違いなしである。

 それでも、アムルが怒りに任せて冷静な判断を失うという事は無く。


「カレン、マーニャ、ブラハムは魔王城に残り、この城の守りについてくれ」


 やや冷静に、それでいて反論を許さない様な声音を以てそう告げたのだった。

 これには先ほどの様なものではなく、確固とした理由も含まれているのだが。


「守りに付けって……ちょっと、アムルッ! あんた、また私たちを……」


「この戦いは!」


 そうと理解しないカレンはすぐさま噛みつきそうになるのだが、その言葉を全て言いきらせる事なく、アムルが自身の話を続けたのだ。

 普段にない強く重い口調に、カレンも思わず口を噤んでしまう。


「この戦いは、あくまでも人界と魔界の戦争と言う構図としたい。そして奴らが侵略してきた理由には、然して大した理由など無いと明確にしたいんだ。それにより、我が軍の士気は高まるに違いないからな」


 ここまでの説明を聞き、彼女たちもある程度は頷く事が出来た。

 攻め込んで来たのが暴虐の徒ならば、魔族の軍も怒りを力に変えて戦える事は容易に想像出来る。


「その為には、相手に大義名分を与えない事が肝要だ。もしも“元人界人”で“元勇者”のカレンたちを助けに来た(・・・・・)……などと声高に叫ばれては、前線で戦う兵たちも躊躇しちまうからな」


 そしてこの説明に、カレンたちは反論の余地を失くしてしまったのだった。

 人界側は、カレンたちの現況を知らない。

 もしも彼女たちを見かけたならば、その実がどうであれ、どのような事を明言して流布するか知れたものではないのだ。


「……でも!」


 それでもカレンは、その案に異を唱えようとした。

 彼女はその様な理屈を抜きにして、アムルと共に戦いたいのだ。


「それにな。本音を言うと、やっぱり俺はカレンたちに同族と戦う事は出来るだけ避けて欲しいって思うんだ。個人的な戦いや刺客の相手ならともかく、不特定多数の集団戦となると、その混戦の最中で取り返しのつかない結果を齎しちまうかもしれない」


 そしてアムルはここで、抱いていた本音を少しだけ吐露したのだった。

 人界の中でも争いがあり、人が人に手を掛ける。それは、魔界でも同様であろう。

 しかし、誰も好んでその様な事をしたい訳がない……と、アムルは考えていた。

 もしもそれを回避出来るのならば可能な限りそうしたい、そうさせたい。それがアムルの考えであった。

 やや勢いは削がれたものの、それでもカレンは食い下がろうとしたのだが。


「カレン、お前にはここに残って、最後の砦としてレギーナやアミラ、ケビンにマーニャとアーニャを護って欲しいんだ。これを頼めるのは、人界で最高戦力であり俺と真っ向から戦える力を持つカレン……お前しかいないと思うんだけどな」


 そんな彼女の機先を制する様にそう言い切られてしまっては、カレンとて反論する事など出来ない。

 確かにこの魔王城にはアムルの名代として、女王であるレギーナが残る。

 当然その子息であるアミラやケビンも、この魔王城で過ごすだろう。

 何よりも、アーニャはまだ生まれたばかりであり、その母であるマーニャもこの場に残らざるを得ないのだ。

 戦力としてアムルの次に力を持つカレンと、親衛騎士団副長のブラハムが残るのは決しておかしな事ではない。


「……分かった。分かったわ、アムル。確かに、その任に打って付けなのは私とブラハムしかいないわね。あんたが留守の間は、しっかりとこの城を守ってあげる」


 さすがに理解したのか、カレンは不承不承の態ではあっても笑みを浮かべてアムルの案を了承した。

 ブラハムも同様なのか、深く頷いている。


「ではこの場で俺に帯同するのは、副官のバトラキール、司令官のリィツアーノ、それに魔法師団長補佐としてエレーナ……」


「すみませんが―――。私もここに残らせてください―――」


 アムルが人選を口にしていたその時、エレーナが小さく手を上げてそれに拒否の意を示した。

 事ここにきて、怖じ気付いたという事はエレーナの為人(ひととなり)を思えば考え難い。

 怪訝な表情を浮かべるアムルに、頬を赤らめたエレーナがその理由を語りだした。


「実は―――、先日から体調が余り優れませんで―――。これは多分―――」


「エ……エレーナ!? あんた、まさか……!?」


 エレーナの口にした理由に一番早く反応したのは、誰あろうカレンだった。

 そして彼女が想像した理由が事実だとでも言うように、エレーナは小さく頷き返したのだった。

 もっとも、2人のアイコンタクトに野暮な男性陣が気付くという事は無く。


「……アムル様。これは恐らく……」


 アムルの耳元に、バトラキールが小声で何かを呟いた。

 その途端。


「エ……エレーナが……妊娠っ!?」


 アムルは驚きの余りその事を大声で叫び、それを聞いた他のメンバーからもどよめきが沸き起こったのだった。


この場で思いもよらず齎されたエレーナの懐妊。

これは戦に先だった福音なのか?

それとも……。

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