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世紀の求婚 後

緊張を露わとするアムル。

そして、緊張しているのはカレンも同様であった。


 アムルが持ってきた花束をカレンに捧げ、そしてカレンもそれを喜んで受け取った。

 2人の間に、なんとも気恥ずかしくなるような空気が流れる。

 ただ、これでアムルの要件は終わり……という事は当然ながら、無い。


「……カレン」


 やや強いと言って良い口調で、アムルはカレンの名を呼んだ。

 それまでの空気を切り裂いて発せられたその語調は、掛けられた方が驚いても然りだ。

 それでもカレンはその様な態度も表情さえ出さずに、ゆっくりとアムルの方へその視線を向ける。


「そ……その……」


 無言で見つめられて、キョドってしまったのは逆にアムルの方であった。

 先ほどの威勢はどこへやら、顔を真っ赤にしたアムルは次の言葉をつなげずにいる。

 それは何も、カレンを前にして照れているだけではない。

 カレンの存在とはまた別の事に(・・・・・・)気を取られていたのだが。

 それでもカレンはそんなアムルにチャチャを入れるどころか、静かに彼の言葉を待ち続けていた。


「……ふぅ―――」


 そしてアムルの方も、いつまでも挙動不審ではいられない。

 意を決したのか大きく息を吐くと、再び真剣な眼差しをもってカレンの顔を見つめた。


「俺と……結婚してくれ」


 そしてようやく、アムルはここへ来た目的を口にしたのだった。

 そしてゆっくりとカレンへ近づき片膝をつくと、忍ばせていた小さな小箱を取り出して彼女の眼前で開いて見せた。

 そこには。

 華美ではないが、神秘的で美しい石のはめ込まれた指輪が収められていた。

 言うまでも無くそれは、婚約指輪エンゲージメント・リングであった。

 わぁっという雰囲気が、この部屋全体を包み込む。


 婚約指輪など、2人の関係を考えればまさに今更と言った感がある。

 結婚の申し込みにしても、すでに1年前にアムルはカレンに告げている。

 その時はカレンの方が保留を申し込み、アムルも性急な返事を求めなかったのだが。

 もっとも当時のアムルからカレンへの結婚申し込みは、どちらかと言えばカレンたちに対する処遇の一案と言う色が強かった。

 共にその話を聞き、同じくアムルより求婚の意思を示されていたマーニャなどは乗り気で、エレーナも前向きな返答を約束していた。

 カレンも今まで、その事に向き合わなかった訳では無い。

 そして、アムルの日常をつぶさに見る事で彼の為人(ひととなり)を知り、ある方向にその気持ちが傾いていたことに間違いはなかった。


「……アムル」


「これからは、俺がお前を護って見せる」


「……っ!」


 改めてプロポーズを受け、これが2度目とは言えカレンは思わず感激していた。

 そして彼の名を呟き、思わずそのままアムルの申し出を受けようと返答しようとした矢先に、彼の続けた台詞を聞いて息を呑んでしまっていた。

 その理由は。


「……私を護って見せる……ですって?」


 この部分に、彼女には看過できない部分を見出してしまっていたからだった。


「あ……ああ。……カレン?」


 先ほどまでの穏やかな雰囲気をみるみる不穏なものに変えてゆくカレンに、流石にそれに気づいたアムルが問いかける。

 アムルとしては自らの想いをそのまま言葉にしただけなのだが、その文言のどこにカレンの気分を悪くする部分が含まれていたのか分からなかった。


「アムル。あんた、私の実力を知らないとでもいうの?」


 そして、どうにも話しが繋がらないような質問を投げかけてきたのだ。

 それと同時にカレンは、ドレスの腰にあるストッパーを外した。

 パサリ……と、彼女の腰の部分から膨らんでいたスカート部が床に落ち、カレンはまるで下半身のみ下着姿の様な出立となったのだった。




 魔界の服飾が、人界とは若干異なるのは当然の事。

 そしてそれは、女性が着用する衣服も同様である。

 個々の戦闘力が高い魔界では、女性もまた一戦士となりうる。

 事、戦闘に際しては、女性の身に付けるスカートが邪魔になるという事も往々にしてあることなのだ。

 そこで魔界のドレスなどは、留め金を外すだけですぐに脱げる仕掛けとなっていた。

 勿論、その下には下着のみを身に付けるという様な事は無く、女性は皆ドレスの下に「下鎧」と言う、魔法糸で織り込まれた上下ワンピースを着用しているのだ。

 これにより戦闘となりスカートを外しても、下着姿を晒す様な真似をしなくて済む。

 もっとも。

 それをあまり見る機会のない男性にしてみれば、如何にそれが下着を直に目にしている訳では無いと分かっていても、見え方が同じであれば動揺もする。

 カレンの下鎧からは、白く美しい太ももがにょっきりと伸びている。

 そうでないとどれほど自制してもアムルが受けている衝撃は強く、彼女の剣幕と、それとは反する艶っぽさに中てられ、アムルから一層言葉を奪っていたのだ。


 カレンの突然の強い口調、そしてその様な艶姿でそう問いかけられ、アムルとしてはすぐに答えが出てこなかった。

 と言うか、何の実力について問われているのかさえ判然としない状態だ。

 この部屋はまさに今、怒りと困惑、そして何故かワクワクと言った気配がないまぜとなっていた。




「私はあんたに守られたい為に、ここに残ったんじゃないわ!」


 そこまで言われてようやく、アムルにもカレンが何を言いたいのかが理解出来た。

 つまりカレンは、ただ守られているだけの存在にはなりたくないと言いたいのだろう。


「おい、ちょっとまてカレン。俺は……」


「待てって、何を待つのよ!? 確かに、私はあんたに負けたわ。あんたから見れば、私は弱い部類に入るのかもしれない。それにあんたにしてみれば、私たちを王宮の奥に閉じ込めていた方が、安心かも知れない!」


 彼女の感情は、自分の言葉でどこまでもヒートアップしてゆく。

 即座に言い返そうと試みたアムルだったが、彼女の言葉の中に散りばめられている語句を聞きとめ、反論に詰まってしまっていた。


 カレンが本当にその様に考えて言葉を発しているかどうかはともかく、確かに人族であるカレンたちを一所に閉じ込めておくことは、魔界の平安を考えれば実に合理的だ。

 何と言っても彼女たちは、人界を代表する戦士達である。

 その実力は、お世辞を抜きにしても魔王アムルとタメを張る程なのだ。

 アムルとしては、カレンが自分よりも弱いと思っていることも無ければ、彼女を閉じ込めて魔界の平穏を確固たるものとしようなどとは当然考えてはいない。

 それでもカレンの言った事は、実に正鵠を射ていたのだ。


「でも私は、あんたと一緒に戦いたい! ただ魔王城でじっとしているんじゃない、隣に立って、守るべきものを護りたいの!」


 言うべきことをすべて言い切ったからなのか、カレンは一つ大きな息を吐くと、ぷぅっと頬を膨らませ唇を尖らせて黙り込んでしまった。

 まさに「拗ねている」を体現したようなその仕草に、アムルは逆に冷静さを取り戻せていたのだった。

 そして最後に、カレンはなんとも心の温まる台詞を告げていた。

 それがまた、アムルに新たな想いを宿らせる結果ともなっていたのだ。


「……いいから落ち着けって、カレン」


 カレンに歩み寄ったアムルは、彼女の両二の腕を優しくつかみ自分の方へと向かせた。

 本当なら甘やかなシーンなのであろうが、へそを曲げているカレンは拗ねた視線をアムルへと向けて台無しである。


「俺がお前を護るって言ったのは、何もお前を戦わせないって訳じゃあないんだ」


「じゃ……じゃあ、どういう……」


「俺はお前に、二度と『聖王剣』を使わせないって意味で、お前を護るって言ったんだよ」


 反抗的だったカレンだが、アムルの真意を聞いてその剣呑な雰囲気は鳴りを潜めた。

 少なくとも彼女は、アムルの話を聞こうという態度になっている。


「もうお前、何回も聖王剣を使えないだろ? だから俺が、お前に聖王剣を使わせない。そうならないように、俺がその力の代わりになるって言ってるんだよ」


 聖王剣を使えば、カレンは徐々に精霊王の元へと引き寄せられる。

 そしてそれは、彼女の髪に現れているのだ。

 元々、透き通るように美しいブロンドだった彼女の髪だったが、今やその大半を白銀に侵されている。

 それはそれで綺麗なのだが、その容貌は白髪に見えなくもない。

 そして、わずかに一房だけ残った耳に掛かる金髪さえ白銀と化せば、カレンは精霊王の元へと連れ去られてしまうのだ。

 普段は陽気なカレンだが、その事が不安でない筈がない。

 アムルはカレンに、決して彼女を精霊王の元へやらないと宣言してくれていたのだった。


「力の代わりになるって……馬鹿ね。あんただって、あの力(・・・)を使えばただじゃあ……」


 アムルの決意を眼前で聞かされたカレンの頬には、薄っすらと赤みがさしている。

 先ほどまでの激高した熱が籠っているのではなく、彼の言葉に照れているのは一目瞭然だった。


「ああ。だから、お前が……いや、お前たちが(・・・・・)俺の力になってくれ」


 アムルにも、代償の伴う特別な力がある。

 カレンの能力と同様、強力な能力を発現させる事が出来るのだが、やはり安易に使用できるものではない。

 勿論アムルは、自身やその親しい者達が危機に陥れば、その力を躊躇なく使うだろう。

 だが、その様な力をおいそれと使わないようするために、共に協力しよう。彼はそう言っているのだ。

 そしてその言葉は、何も目の前にいる(・・・・・・)カレンだけに(・・・・・・)向けられていた(・・・・・・・)訳では無かった(・・・・・・・)


「あ――あぁ。せっかく邪魔しないように、黙って見守ってたのにさぁ」


 部屋の隅から、それまで息を殺して2人の成り行きを見守っていた者が、アムルにその意図を向けられて声を発した。


「本当に―――。これでは、せっかくの一大イベントが台無しですね―――」


 声の主は言うまでも無く、マーニャとエレーナであった。

 彼女たちはこの部屋の一角で、アムルとカレンのやり取りを一部始終見ていたのだった。

 無論、こっそりと隠れて見ていた……という様な無粋な真似をしていた訳では無く。


「あっ……。2人がいる事、忘れてた……」


 カレンに乞われ、この一大行事に立ち会ったのだった。

 勿論、この部屋に入って来たアムルにもマーニャとエレーナの姿は見えていた。

 そして何よりも、2人がここに同席する事も知っていたのだ。

 まぁ王族などは公開でプロポーズをする事が珍しくなく、アムルも2人がこの場にいる事に異論はなかったのだが。


「……だからさ、カレン。俺はお前を護る。もう二度と、お前が聖王剣を使わなくて済む様にな。そしてお前は、俺を護ってくれ」


 脇にそれ掛けたアムルのプロポーズだったが、彼は改めてカレンに向かい合った。

 アムルの真意を聞かされ、更にはその熱意を向けられて、カレンは再び顔を紅潮させて俯いてしまっていた。

 そしてそれを、マーニャとエレーナが温かい目で見守っている。

 モジモジとしてアムルの気持ちに応じられないカレンに、アムルが最後の一押しをした。


「……俺と、結婚してくれ」


 再び、そして改めてアムルは、カレンに向けてその言葉を告げたのだ。

 もはや蟠りも無く、アムルに対しての気持ちが決まっているカレンに、このセリフを拒否する理由など無い。


「……はい」


 ゆっくりと顔を上げたカレンは潤んだ瞳をアムルへと向け、小さいながらもしっかりとした声音でそう返答した。


 その途端に、部屋の中に明るく華やいだ雰囲気が充満したのだった。


ここに、有史以来初めてとなる人族と魔族の婚姻、そして魔王と勇者の結婚が成立したのだった。

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