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満喫の宵宮 4

アムルとエレーナの前で転倒した少女。

その少女の様子を見るために行動を起こそうとした2人だったが……。

 アムルとエレーナの眼前で、まるで仕組んだように転倒した魔族の少女。

 勿論、彼女にはそんな意図など微塵も無いのだが。

 しくしくと泣き出した少女に手を差し伸べようと、エレーナがその腰を持ち上げようとしたその時だった。


「おいおい、大丈夫かぁ!?」


 転んだ少女に気づいた通りすがりの大男が、彼女の為に足を止めて声を掛けた。

 その巨体は到底人族では見られない大きなもので、しかも背中には蝙蝠を思わせる翼まで生やし、口からは牙が覗いていた。一目見れば、随分と厳めしい風体だ。

 そんな風貌とは裏腹に、男は少女を心配して彼女に近づいた。

 それを皮切りにして、周囲の様々な姿をした大人たちが少女の周辺に集まって来たのだ。


「泣くな、泣くな。これやっから」


「あらまぁ、膝をひどく擦り剝いてるねぇ。こりゃあ、消毒しなきゃ」


「お―――い! 誰か、治療薬もってねがぁ?」


 あっと言う間に少女を中心として、小さな人だかりが生まれた。

 そして少女の身を案じる声や、彼女を泣き止まそうとする行為などが起こっている。

 それは、この街では普通と言って良い光景だったのかもしれない。


「あらあら、まぁまぁ」


 そんな輪の中に、にこやかな笑顔を浮かべたエレーナが加わっていった。アムルも、その後に続き少女の様子を伺う。

 エレーナのどこか静謐な佇まいに、周囲の輪が彼女に道を空けた。

 そしてエレーナは少女の元まで辿り着くと、ゆっくりとその傍らに跪き。


「癒しの奇跡、ここにあれ……」


 魔法言語(マギア・ルーン)でも精霊言語(スピリッツ・ルーン)でも、神聖言語(サンクトゥス・ルーン)でもない。

 ただ彼女が自身の信じる神にそう願い少女の足に手を翳した、それだけで。


「おお!」


「傷が……治ったぞ!」


 少女の擦り剝いていた膝の傷が、跡形もなく消え去っていたのだった。

 それはその現象を見ていた者たちにとって、奇跡と言っていい光景だった。


「ありがとう、おねぇちゃん!」


 そんな理屈は抜きにして、少女は満面の笑みを浮かべエレーナにそう礼を言い立ち上がった。


「どういたしまして―――」


 同じく立ち上がったエレーナは、優しい笑みを少女に返していた。

 そして少女は、元気よく走り去っていった。一度振り返り、元気よく手を振る姿が印象的だった。




 少女が去り人だかりも霧散し、そこに残されたのはアムルとエレーナだけとなった。


「……素晴らしい社会ですね―――」


 少女の立ち去った方向に目をやりながら、エレーナはポツリと呟いた。

 その姿には、どこか感じ入っている趣がある。


「残念ながら―――人界ではこのような光景を、見る事が余りありません―――」


 そして、次にそう零したエレーナは、どこか寂しそうな笑みへと変わっていたのだった。

 恐らくは、遠く離れた場所となってしまった人界の人々を思い憂いているのだろう。


「それなら、これからは魔界の人たちが平和に暮らし続けるために力を貸してくれ」


 そんな彼女の背中へ、アムルがそう答えた。

 その意外な提案に、振り返ったエレーナの表情は驚きと分かるものを浮かべている。


「それに、人界と和平を結ぶ事が出来れば、こちらから食料や物資を提供出来るかも知れないだろ? そうなれるように話し合いの席に同席して貰えれば、俺としても心強いしな」


 アムルの話は、今の状況ではどうにも実現不可能な夢物語に聞こえなくもない。

 つい先日、カレンたち勇者一行を刺客として魔界へと送り出したのは今の人界首脳部なのだ。

 そんな人界に対して和平だの援助や貿易などと、どう考えても突飛であるとしか思えない考えである。

 それでも。


「そんな時が―――来るでしょうか―――?」


 アムルのその言葉で、エレーナの顔には先ほどと違う期待を含ませた気配が現れていた。


「……さあなぁ」


 そんな望みの籠ったエレーナの言葉に、アムルは先ほどから変わらない口調でそう返事をした。

 その余りに熱の籠らない物言いに、エレーナは虚を突かれて一瞬絶句する程だった。

 無論、アムルにとってその事はその場しのぎのどうでもいい話ではない。

 それどころか、日夜その事も視野に入れた政策を話し合っているのだ。

 つまり今アムルが語った内容は無数にある未来の1形態であり、別段驚く事でも何が何でも叶えなければならない理想でもないのだ。


「ふ……うふふ」


 そんなアムルの言い様が余りにも面白かったのか、彼女は思わず笑い声を零していた。


「な……なんだよ」


 その笑いが自分の回答に向けられたものだと思ったアムルは、少し顔を赤らめて反問する。

 だが、実際はそうではなく。


「ふふふ……。アムルさん(・・・・・)―――、そこは嘘でも、肯定的にいう所ではないですか―――?」


 そういう事だった。

 空気を読まず、それどころか雰囲気をぶち壊しにしかねない彼の話ぶりは、どうやらエレーナのツボに入ったようであった。

 そしてそれが余程楽しかったのか、エレーナは未だに笑い続けている。

 ただし、アムルはどうにも居た堪れない気持ちになっていたのだが。

 それでも彼は、自分の言葉でエレーナを元気づける事が出来たと確信していた。

 それと同時に、彼女との距離も少しは縮まったように感じていたのだ。

 何故なら。


「それでは、アムルさん(・・・・・)―――。その時はぜひ、私にお手伝いさせてくださいね―――」


 彼女の、アムルを呼ぶ敬称が変わっていたからだ。

 エレーナ自身、その変化を意図してのものではないのかもしれない。

 しかしアムルにとってそれは、嬉しい事だったのに違いない。


「ああ、こちらこそよろしく頼むよ」


 何故ならアムルの表情も、先ほどまでとは違う自然な笑顔となっていたからだった。




「それではアムルさん―――。私は、先に戻りますね―――」


 すでに西日は地平に隠れようとしており、周囲はもうずいぶんと夕やみが降りてきている。

 勿論夜となったからとて、この街の前夜祭が終了するわけもない。

 と言うよりも、ここからが本番と言う者もそう少なくは無いだろう。

 それでも人族であり未だ客分扱いのエレーナが、夜の街を闊歩するのは何かと具合が悪い。

 それを察しているのか、エレーナは自らそう提案してきたのだ。


「そうか。それじゃあ俺も……」


 エレーナを仮王宮まで送ろうかと、そう提案しようとした矢先。


「アムルさんは―――カレンを連れて戻ってきてくださいね―――」


 彼女に、カレンの事を託されてしまったのだった。


「いや、流石にカレンも、もう王宮に戻ってるだろ」


 もっとも普通に考えれば、彼の言う通りカレンも戻っていて然りだろう。

 街に繰り出してから随分と時間が経っているし、彼女とて不慣れな街なのだ。

 どれほど行動的だと言っても、周囲が暗くなるまで、また暗くなってからも街中を徘徊するような真似はしないだろうと誰でも考える事だ。

 そして、アムルもそう考えたのだが。


「うふふ―――。アムルさんも、流石にまだまだカレンの事を理解しきれていないみたいですね―――」


 そんなアムルの考えを、エレーナの微笑みを伴った言葉が全否定したのだった。


「彼女のことですから―――、多分まだこの街のどこかにいると思いますので―――、ちゃんと連れて帰って下さいね―――」


 それだけをアムルに告げ、エレーナは小さく可愛らしく手を振るとそのままその場を去っていったのだった。

 彼女の断定した言い様に反論も質問さえ出来なかったが、アムルは肝心な事を聞きそびれてしまっていたことに気付いた。

 それは。


「この街の何処かって……何処だよ」


 彼はエレーナの指摘した通り、カレンの事をよく知っているとまでは言えなかった。

 確かに魔王城では共闘し、心を通わせてもいる。

 それでも、だからと言って、彼女の事に詳しくなっているかと言えばそんな事は無いのだ。

 そしてこのレークスの街は、魔界随一の賑わいを見せる魔界の首都ともいえる大都市である。

 その様な大きな街で何の手がかりもなくカレン一人を見つけるなど、まさに砂漠で1粒の宝石を探そうという程の事だったのだが。


「……ん? あれは……」


 周囲を見回していたアムルはその時、飛び込んできたある建物に目を止めた。


「……行って見るか」


 そしてアムルは、目星を一つ付けて移動を開始したのだった。


穏やかな笑みを残して、エレーナは王宮へと戻っていった。

そして残されたアムルは、未だこの街にいるであろうカレンを探しに向かう。

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