後頭部ハゲの神様~タイミングの問題って有るよね~
特別な容姿は無い。
特別な才能は無い。
ちょっとだけ正義感があって。
ちょっとだけ優しくて。
ちょっとだけ素直で。
程々に勉強をして。
程々に遊んで。
程々の進路を選んで。
彼は毎日が楽しそうだった。
怠惰でも、全力でも無いからこそ、余裕があった。
平凡な特別と、穏やかな幸せが彼を取り囲む。
それは、とある高校でのお話。
彼には、ちょっと気が強く綺麗な幼馴染が居た。
彼には、ちょっと礼儀正しく凛々しい先輩が居た。
彼には、ちょっと活発で可愛い後輩が居た。
そして、たまたま同じクラスだった女の子。
「高瀬さん。図書委員会のお知らせプリントを先生から預かったのだけど」
「あ、うん。ありがとうございます、主藤さん。……。(あ……もう、落合さんも図書委員なのにいつも逃げちゃう)」
「……あ。落合さん!……聞こえなかったかなぁ?……高瀬さん。良ければ配るの手伝う……」
「居た!誠司!部費の集金の事で、聞きたい事が有るの」
「主藤さん。お構い無く。落合さんが逃げるのはいつもの事だから」
「そう。言い出したのこっちなのにゴメンね。……なに?染乃」
「実は……」
それは、いつものヒトコマ。
主藤誠司は先生によく頼み事をされて、高瀬は落合に逃げられて1人で仕事をする。
染乃は幼馴染を頼りにわざわざ違うクラスに行く。
「部長!」
「ん?どうした主藤さん」
「2年の部費、集まりました。確認お願いします」
「ああ、いつもありがとう。正直、主藤さんが次期部長で良い気もするけど」
「嫌ですよ。面倒臭い。あ、いえ。すみません。ただ、よくやるなあとは思います。それに、染乃は中学からサックスやってますし」
「主藤さんには期待が有ったのだけど……。やる気が無いなら仕方ないわ。逆に染乃ちゃんは負けず嫌いだし、やる気は有るし」
「じゃ、練習行ってきます」
主藤誠司は吹奏楽部である。部長をやる程、真剣ではない。
それでも、誠司は楽器を弾く事を純粋に楽しんでいた。
そんな誠司を部長と呼ばれる彼女は嬉しそうに見ていた。
「先輩!」
「なに?後藤さん」
「ここの部分、8小節分弾いてみてもらっていいですか?こう、感じが掴めなくて」
「えっと……。あ~、俺のと音違うな。リズムだけ一緒なんだけど……」
「あっ、リズムだけでも大丈夫です」
「じゃあ……」
拙くとも、好きな楽器の演奏を聞いて貰えるのが嬉しい主藤。
苗字が似ている事がひそかに嬉しい後藤。
後輩は先輩が楽しそうに演奏する姿に憧れる。
そして、主藤誠司が誰かの特別になる日が訪れる。
「主藤誠司さん!付き合ってください」
放課後。
何気なく、呼び出された。いつも誰かに頼られたり、でもそこまで真面目に働いたりしない、たまに断る。主藤は人気者だった。
嫌ならちゃんと断ってくれる主藤だからこそ、気軽に頼めるのだろう。それに、本当に困って居たら手伝ってくれる。
呼び出された感じから、困ってはなさそう。だけど、なんとなく。ちょっと面倒だなと思いながらも主藤は向かった。
場所は、人気の無い校舎裏。
朝顔と雑草が蔓延る場所だ。既に、相手は居た。
「何か有った?珍しい」
「い、いや、あの……」
「……?」
「主藤誠司さん!付き合ってください」
人気者ではあるけれど、特別な物は持たない。思春期真っ只中の女子高校生からは、良い人止まりだった。
誰にでも優しいのはどこか主体性がなく。
部長にも成れない程度のカリスマ。
自分も弾く曲の、たった8小節も初見で弾けない才能。
それが、彼の評価だった。
勿論、
甘えも許す寛容さを、
他者評価を気にしない自由さを、
好きに楽しむ素直さを、
好きになる人だっていた。
「いつも、困ってたら主藤さんにお世話になってて」
「いつの間にか、主藤さんが声をかけてくれるのが、嬉しくなってて」
「主藤さんは素敵で……、その、あの……」
とても、真っ直ぐな好意だった。
顔を真っ赤にして、恥ずかしさに上手く回らない口を必死に動かして、好きになったのだ、と。
主藤誠司はいつか、冷たい男だ、と言われた事を思い出した。
世界の中心はたった一人で、その一人のやりたい事がたまたま手助けだったり、良い事だった。相手の事を考えない、独りよがりな、人助け。
その世界に今、ひびが入った。
感動した。
その平凡な容姿の女子が、特別に見えた。
深く考えず、彼女の望む返事がしたいと思った。
答えは分かりきっている。
「えっと……、今、一目惚れしました。好きです。高瀬さん」
たった数分で価値観がひっくり返ったそれは、一目惚れとしか言いようがなかった。
「え、ええ!?ひ、一目惚れ?今!?好き……嬉しい……」
「ええっと、ああ、言葉にしようとすると難しいな。……俺、家族以外に好きって言われたの初めてなんだ」
「そ、そうなんだ。人気者だと思うけど」
「うん。妹が言うには、良い人止まり、なんだって。冷たい男、なんだって」
「ああ。うん。そうかも」
「え"!?」
「え?あ、ちがくて、誰にでも優しいから……。恋人になっても異性にそうなのは、嫌、かな……。嫉妬深いって思う?」
「……なるほど。全然嫌じゃない。むしろ高瀬さんが男に優しいと、俺は高瀬さんを怒るかも知れない。うん。高瀬さんが他の男と居るのは嫌かな」
「嬉しい……。好きな人には、100%の思いを向けられたいの。だから、他の人にも優しいと、思いが分散すると言うか、自分に向けられる思いが減ったように感じるから」
「……うん。俺は、高瀬さんに好きって言われて初めて、他人の評価を意識するようになった気がする。高瀬さんが俺をどう思うか。きっと、思いが減ったと感じるのは、嫌」
「……。ねえ!誠司って呼んでも良いかな。私の事は彩って呼んで欲しいの」
「あ、彩……さん。いや、思ったより恥ずかしいな。彩、さん。誠司って呼んで?」
「さんは要らないよ、せ、誠司……くんっ」
「……。ちょっと、おおぅ。破壊力……」
「…………。……帰ろっか」
「……ああ」
こうして平凡な彼は、彼女の特別になった。
「っ!誰よ。彼女は」
「染乃か。俺の彼女」
「っ……。高瀬彩です」
「佐藤染乃。ま、負けないんだからぁぁぁ」
「……?」
「あ、あの、彼女は……」
「ああ、近所の幼馴染ってやつ?……あ。今度から佐藤さんって呼ぶから。ゴメンね。彩」
「誠司……。嫉妬深くてごめんなさい。でも、ありがとう」
佐藤染乃に勝ち目は無かった。
尚、彼女が居る誠司に告白した時点で、誠司の好感度は駄々下がりになるもよう。
「あ!今日の自主練ここまでにします。お疲れ様でした」
「お、珍しいな」
「先輩いつも最後まで居るのに」
「彼女待ってるんで!」
「え!?」「ええ!」
「「……へ?部長(後藤さん)……」」
誠司は心から幸せそうに彼女を優先する。
尚、~略。
チャンスの神様は後頭部が剥き出し(マイルドな表現)らしい。その前髪をむんずと掴んだのは、さて、どちらだろうか。
きっと、幼馴染と先輩後輩は、神様の頭皮を見送った。
高瀬彩が掴んで、誠司を手に入れたのか。
主藤誠司が掴んで、彼女の好意を受け入れられたのか。
選んだのはどちらなのか。
少なくとも、二人は幸せを手に入れた。
だって、今まで彩以外に告白された事ないし。
仮に?彼女居るのに告白してくる、もしくはアピールしてくる女が居たとして、そいつ最悪じゃね?
可哀想?バカか。
横恋慕はともかく、行動に移した時点でそいつは彩の事を考えてない。
俺は今、彩が好きなんだ。