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いざ意識改革

唐突に別の学校に行けと言われた俺は、冗談でもそんなことを言われたのに少し腹を立てたのをよく覚えている。 野球を始めてからずっとバッテリーを組んでいたのに、今さら他のキャッチャーに投げる気などない。それは向こうも同じだと思っていたからだ。

「なんだよいきなり。冗談キツイぞ」

 だが、昔から真面目だったこいつがこんな冗談を言えるような人間じゃないという事を俺は知っている。

「冗談でこんなこと言うと思ってるの?」

 街頭に照らされるあいつの眼には、この時に限って見たことも無いような強い意志が宿っていた。

「どういうつもりだおい。俺だけ別の学校に行く? ふざけんな! 俺達皆で甲子園行くって約束忘れたのか!?」

「だったらなんで本気で投げてくれないのさ!」

 俺の胸を、締め付けられるような感覚が襲った。

 二年生の夏前に行った他校との練習試合。あの頃先輩達の代は投手の選手層が厚く、俺は久しぶりの登板で張り切っていた。

 しかし結果は大敗。原因はいろいろとあったが、一番はパスボールの連発だった。つまり、キャッチャーが俺のボールをまともに捕れなかったのだ。そのキャッチャーの中には、勿論こいつもいた。

 それからは捕りやすいように本気を出さずに投球していたのだが、いつ気付かれだんだろうか。

「僕がキャッチャーじゃ、裕也君は全力を出せないじゃないか! そんなことで甲子園になんて、行けるわけないだろ!」

 全力を出せない。それは確かにそうだ。本気で投げれば球威は上がるし、制球力も落ちる。だが、手を抜いて投げて勝てるほど野球は甘くない。

 当たり前の事を言われてるのは分かっていたのに、それでも俺は言い返すことしか頭になかった。

「高校入ってもっと練習したら捕れるようになるかもしれないだろ! なんで最初から諦めてんだよ!」

「無理だよ!」

 夜の住宅路に、今日一番の大声が響き渡った。試合の時でもこんなに気合の篭った声は聞いた事がない。

「高校生になって体が出来てくれば、裕也君の球はもっと速くなる。そしたら少しぐらい僕が上手くなった所で、またパスボール連発するだけだよ」

 スピードガン等で測ったわけじゃないが、二年の時から比べて球速が上がったのは分かる。今が限界だとも思っていないし、まだまだ球威は上がっていくだろう。

「だから裕也君には、野球の名門校に行って欲しいんだ。全員で甲子園に行くっていう夢は果たせなくなるけど……。皆だって、きっと納得してくれるはずだよ」

 俺自身、力を抑えて投球することへの抵抗は当然あった。それでも投げ続けたのは、皆と一緒に甲子園に行くという夢を、俺独りで追うことが怖かったからだ。

 一人だけ先に進めば、皆に裏切ったと思われると、そう考えていた。けど、それは俺が勝手にそう思っていただけだったのか。

「いいのか? 本当に……」

「もちろん。あ、でももし僕たちが裕也君の学校倒して甲子園に行っちゃっても、そこは恨みっこなしだからね!」

「……ああ!」

 涙が零れ落ちそうになるのを堪えて、俺はこの時皆とは別の道を歩むことを、決めたのだった。





「まあ、勉強が出来なかったせいで受験失敗して現在に至るんだけどな!」

「いや急にどうしたんだよ」

 月曜のあの問答から一日が過ぎ、俺は自室に米村を読んで本日の宿題を一緒に片付けていた。

 結局あの後小平先輩が「もう練習って気分じゃないし帰る」と言って帰宅してしまったので、その流れで練習そのものが終わってしまったのだ。

 俺としてはあれで練習してる気になっていたのかと言いたかったのだが、あまり関係に亀裂が出来ると本当に取り返しがつかなくなるので、そのまま家に帰ってしまった。

「はぁ……。しっかしどうするかなこれから」

 4月も中旬に入ろうというのに未だに片付けていない電気カーペットの上に寝そべって、俺は深い溜息をついた。

 たった四人だけの野球部で、甲子園を本気で目指しているのが俺だけとは。ただ実力が無いだけならその分練習すれば良いのだが、練習に取り組む気がないんじゃもうどしようもない。

「そりゃやっぱり、意識改革しかないだろ」

 俺がやっておいた数学の課題の答えを丸写ししながら、米村が言った。宿題なんてものは効率をよくするに限る。今は俺達の必勝パターンと化している、お互い得意科目の宿題をやり、苦手な教科は答えを写しあうというスタイルだ

「んなことは分かってるっつーの。そのやり方が見つからないんだよ」

 一年以上。それだけの期間週一回とはいえ練習していたのにあの状態という事は、続けてはいたもののレベルアップの為の練習は殆どやっていなかったということになる。

 よっぽどやる気が無い限りは、せめて一回戦突破ぐらいの目標はあってもいい筈なのに、それすらもない。つまり先輩達には『勝利』への執念が、勝とうという気概が全くないのだ。

 試合をするために必要な人数は最低でもあと五人。試合に勝つために必要なやる気はゼロ。うーん、絶望的。

「人数集めと平行してやる気も出させなきゃいけないとなると、中々骨だなぁ」

 春の大会に参加するのはいくらなんでももう無理だ。だが、高校野球の醍醐味と言って良い夏の大会。たとえ一回戦で負けるとしても、それだけは皆出たいと思うはずだ。

 夏の地区予選に参加できる部員の登録締め切りは、確か六月の中旬。今年の夏大会に出場する為には、助っ人ならやると言ってくれてる米村を除いて四人。しかもその四人の中に、キャッチャーが出来る人がいる必要がある。

 もちろん、俺の球をちゃんと捕れるレベルの。

「そういや、同じクラスの川瀬さんと来宮さんはもう野球部に誘ったのか?」

「へ?」

 あまりにも突然に米村がそんな話を振ってきたので、ついおかしな声で返事をしてしまった。

 川瀬と来宮といえば、昨日俺がひと悶着あったあの二人だ。確かに今度誘ってみようとは考えていたが、今日は避けていた。俺が野球の話をした後の川瀬の様子が普通じゃなかったからだ。

 しかし、何でこのタイミングであの二人の名前が出てくるんだろうか。

「まだだけど、なんで?」

 すると米村は、「はぁ?」「信じらんねえ」と溜息をつきながら額に手を当てた後、ペンを置いてこっちに向き合った。

「あの二人は去年のシニアリーグで全国優勝したチームの選手だぞ? 特に川瀬さんはそのチームのエースで、女子投手がチームを優勝を導いた、って当時散々話題になってたじゃねえか!」

「なにいいいいいいいいっ!?」

 シリアリーグと言えば、中学硬式野球のことだ。硬球を使う以上、俺が部活でやっていた軟式野球よりも、高校野球に近い環境であることは間違いない。

 ただ学校でも部活で軟式野球が出来るにも関わらず、わざわざ硬式でやるような連中だ、全国どころかシニアリーグの県予選でも簡単に勝ちあがれるものじゃない。

 その中で全国優勝する投手となれば、それはもう名門高校のスカウトから引く手数多なレベルのはずだ。しかもテレビや新聞にも載ったことがあるのだろう。

 俺はあまり社会や世間のニュースを気にするタイプじゃないが、道理で川瀬の顔に見覚えがあったはずだ。

 しかし不可解なこともある。全国優勝投手、それがなんでこんな弱小野球部しかない高校に進学し、しかもその野球部にすら入っていないのか。一体どうなってるんだ?

「とにかく、まだなら早いうちに誘っとけよ。他の部活に横取りされたら大戦力を失う事になるんだからな」

 言われなくてもそのつもりだ。明日は朝イチで学校に行って、川瀬達が来たら真っ先に野球部に勧誘する。

 俺とポジションが被るのはこの際仕方ない。エースナンバーを渡さなければいいだけだ。

「こりゃあ、マジで希望が見えてきたかも知れねえな」





「うぉ、もう居たのか……」

 朝。俺は始業三十分前に登校し、そのまま川瀬を教室で待つ予定でいた。しかし川瀬はすでに自分の席に座っていて、来宮と楽しく雑談している。今はまだ朝の八時十五分だぞ。 

 俺と二人以外の生徒は教室に一人もいない。何時から登校してたのか知らないが、これはいい意味で予想外の展開だな。

「なに? 私達が早く学校に来てたらなにか問題でもあるわけ?」

 会話を止めて、川瀬がそう言った。つい口からこぼれ出てた言葉は、ばっちり聞こえてしまっていたらしい。

 男などものともしない強気な発言は、一昨日と変わりない。昨日の別れ際の態度が嘘のようだ。

「いや、別に悪くはねえけど。ちょっと二人に用があってさ」

「柏木君こそ、随分早いね? いつもは遅刻寸前に来てるでしょ?」

 来宮の疑問半分からかい半分といった問いに、俺は答えるより先に驚いた。俺がいつも始業ギリギリに登校してるのはその通りだ。ただ、実際に遅刻したことはまだ一度も無い。遅刻者は朝のHRで分かるが、ギリギリでも間に合っているなら名前が挙がることはない。  

 普通、そこまで会話したこともないクラスメイトの登校時間なんて覚えているだろうか。

「よく俺が学校に来る時間なんて知ってるなあ」

 分からない事はとりあえず聞く。状況にもよるが、疑問の早期解消は俺のポリシーだ。

「そんなに不思議な事じゃないよ。前にも言ったけど、このクラスの男子って柏木君と米村君しかいないでしょ? だからどうしても目立つし、そんな人がいつもバタバタ教室に入ってくれば印象に残って当然だよ」

「あー……」

 ぶっちゃけ、別に目立つのは嫌いじゃない。ピッチャーというポジションにいれば自然と注目も浴びるので、寧ろ好きなほうだ。ただこれは明らかに良い目立ち方じゃない。

「それで? 私達に用って?」

 スマホを弄りながら用件を聞いてくれる川瀬の態度は、相変わらずそっけない。

「用っていうか、頼みがあるんだ」

 遂に本題。この結果次第で、明蘭高校野球部の今後が大きく左右されるだろう。できるだけ快く、相手を不快にさせないように立ち振舞わなければ。

「ウチの野球部に入って欲し」

「無理」

「返事が早え!」

 流れるように断られた。しかも若干食い気味で。というか俺が言い切れてない。

「つーか考えてねえだろ! もっとよく考てくれよ!」

「失礼ね。考えて答えたに決まってるでしょ。アンタが野球部って知ったときからこうなるのは予想出来たし」

「なに?」

 そういえば確かに一昨日のあの時、会話の中で俺が野球部だということは言っていた。

「部員が足りてないってのは調べたらすぐ分かったし、その内勧誘されるんじゃないかとは思ってたから。あらかじめ断るって決めてたのよ」

「つまりちゃんと考えて、その上で野球部には入りたくないってことなのか?」

「そういうこと。だから諦めて他を当たってくれる?」

 そんな簡単に諦めろと言われても、こんな逸材をそんな簡単に諦められるか。そもそも他に当たる先などないのだ。

「そこをなんとか! 頼む!」

 今度は頭を下げ、両手をパンと合わせて突き出した。さっきは頭を下げなかったら、本気度が伝わらなかったのかもしれないからと思ったからだ。

「しつこいわね。無理なものは無理なのよ」

 それでも、川瀬は首を縦には振ってくれなかった。その表情は、俺を鬱陶しいそうに睨んでいる。

「ならせめて、野球部に入らないわけを教えてくれ!」

 全国優勝するような選手がなぜ野球部に入らないのか、なにか理由があるのだろう。それを知れば、納得できるかもしれないし、或いはやむを得ない事情があって出来ないのなら、何とか俺が手伝えるかもしれない。

「私がここで野球をやらない理由? そんなの簡単よ」

 しかし俺の考えを打ち砕くかのように、川瀬が短い髪を掻き揚げ、今度は俺を嘲笑うようにして言った。

「まともに人数も揃ってないような野球部に私は勿体無いの。アンタも他の部員も、どうせ下手なんでしょ? そんな連中とこの私が一緒に野球って、私にボランティアでもやれっていうこと? 冗談も大概にしなさいよね」

「な……!?」

 俺の怒りが一瞬で最頂点に達したのが、湧き上がってくる感情の中でも分かる。

「それ、仮にも野球やってた奴が言う台詞じゃねえだろ」

 川瀬の言うように、ここの野球部は特別上手い選手はいない。練習だって週に一回だし、明確な目標もない。それでも野球を続けてきた先輩達を侮辱するようなことを言う権利は川瀬にはない。単なる憶測でも、言っていいことと悪い事はある。

「俺からすりゃ、お前みたいな奴が全国優勝投手だってことの方がよっぽど冗談に聞こえるぜ」

 勢いに任せてかなり酷いことを言った気がするが、気にしない。川瀬の方も今の発言にはかなり思うところがあったようだ。今にも喰いかかってきそうな形相で俺を睨んでいる。

「言いたい事があるなら言えよ」

「私だって好きでこんな――」

「はいストップ。ちょっと落ち着いて二人とも」

 際限なくヒートアップしていきそうな俺達を止めたのは、ずっと静観を貫いていた来宮だった。

「ひとまずこの話は終わりにしよっか。他の人もそろそろ登校してくるだろうし、冷静になってからまた話し合ってね」

 微笑を浮かべながらもどうにも抵抗しがたいオーラを放っている来宮に押され、俺と川瀬の会話は一旦そこで打ち止めになった。

 随所の休憩時間、そして昼休みが過ぎ放課後。結局川瀬との話を再開するタイミングが来ないまま一日が終わってしまった。なんとなく放課後に話しかけるのは気が引けたので、いつも通り家での自主トレに励もうと即刻教室を出て、校門から出ようとしたときだった。

「柏木君!」

 自分の名前を呼ばれ振り替えってみると、そこには少し顔を赤らめた来宮の姿があった。

「あの……よかったら一緒に帰らない?」

 俺になんの用だろう。まさか告白とか……んなことあるわけないよな。そうは思いながらも、胸の鼓動が高まるのは止めようがない。俺はできるだけ平静を装って「おう」と答えた。

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