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初練習

待ちに待った野球部としての練習。ずっと余っていたという練習用ユニフォームを借りた俺は、がら空きのグラウンドを大きく使い五十嵐キャプテンとキャッチボールをしている。久しぶりのキャッチボールで俺のテンションは最高。とは全くの反対だった。

「ほんとすいませんでした!」

 急いでいたせいでノックを忘れて部室に入った俺は、幸か不幸か再び先輩達の着替えシーンに遭遇してしまった。またしても先輩方(小平先輩を除き)は特に気にせず許してくれたが、俺としては申し訳なさでいっぱいだ。

「別にいいって言ってるでしょー! 次から気をつけてくれればいいし、私達も『着替え中』とか張り紙しておくから!」

 あっけらかんとしているキャプテンの返球は、かなり鋭い。俺達は最初は短い距離、その後どんどん距離を離していく方式でキャッチボールをしている。もう既に30メートルは離れていて、会話をするにはそれなりに声を張る必要がある距離なのだが、ボールの威力はまるで衰えを見せない。

「肩、強いですね!」

「一応外野手だからね! 女子であることは理由に出来ないし、地肩は結構自身あるのよ!」

 肩は強ければ強いほどボールを遠くに投げる事ができる。外野手は、球場や守備位置にもよるが何十メートルもの遠投をしないといけない場合もある。流石に女子じゃそこまでは投げられないだろうが、外野手なら肩は強いに越した事はないのだ。

 肩の強さは単純な筋力だけでは決まらない。正しい投球フォームや、ボールをしっかりと握って投げなければ、いくら筋力があってもボールが飛ぶ距離や速さはたかがしれている。相当投げ込んでいなければ、この距離で弧を描かない、直線に近い送球は出来ないはずだ。

 ちなみに、俺達は二人とも右投げだ。

「柏木君も、いい球放ってるよ!」

「ありがとうございまーす!」

 やっぱりキャッチボールはいい。相手のミット目掛けて投げる楽しさは、嫌な事を忘れさてくれる。

 ……あのときの川瀬の変わり様をそう簡単に忘れる事は出来ないが。

「痛っ!?」

 暗い川瀬の表情が俺の脳裏に浮かんだ時、近くにいた安堂先輩の小さな悲鳴が上がった。

「おーい! 今のは捕ってくれよ!」

 涙目で鼻頭を押さえる安堂先輩を、小平先輩が叱責している。どうも小平先輩の投げたボールをちゃんと補給できずに、顔面に受けてしまったらしい。俺とキャプテンは当然硬級を使っているが、二人は小学生や中学生の使う軟球。当たればまあまあ痛いが、まず怪我をすることはない。痛いと言ってもそれは一瞬の事だ。

 問題はキャッチボールを始めて二十分程度しか経っていないのに、この光景を見るのがもう何回目か分からないという事にある。

 安堂先輩は野球初心者だ。聞いた話では野球を始めたのは高校に入ってからで、それまでもまともにスポーツはしたことがなく、。最初は投げる手と足が一緒に出たりで、送球も満足に出来なかったそうだ。

 まともに練習出来ないこの環境では仕方ないとは言え、一年経っても未だにキャッチボールもままならいという。投げるのはともかく、補球がどうにも上達しないらしい。顔の近くにボールが来ると怖くて目を瞑ってしまう、というのが主な原因だ。ボールが向かってきてるのに目を開けない方がよっぽど怖い気がするが、そこは人それぞれなのだろう。

「そんなんじゃもし試合できるようになっても、ファーストなんてやらせてもらえないぞ!」

 小平先輩が声を上げながら、再び安堂先輩に向かってボールを下手投げでトスする。膝近くへのボールだったので今度はなんとかグラブで補球できたようだが、それでも危なげな体勢だ。あれでは三回に一回はボールを落としてしまうだろう。

 ファーストは送球をしっかり捕るのが仕事のようなものだ。もちろんどのポジションもボールを捕るのが仕事なのだが、ファーストは内野ゴロの処理にほぼ百パーセント関わる為、その頻度が一番高いのだ。

 捕球を怖がってエラー連発なんてことになったら、勝てる試合も勝てやしない。

「コラー! しっかり捕れー!」

 小平先輩も同じように、高校から野球を始めたらしい。安堂先輩ほどではないが上手というわけではなく、本人曰く『草野球のおじさんレベル』らしい。ポジションはセカンドだとか。

 捕球に難のある一塁手と、草野球レベルの二塁手。うーん。これはかなりマズイ気がする。

「キャプテン! ちょっといいですか!」

 少し思うところがあったので、一度キャッチボールを終えるようキャプテンに声をかける。

「どうかした?」

 駆け足で来てくれたキャプテンが、不思議そうに俺に問いかけた。本来なら後輩の俺が走って行くべきだが、残りの先輩二人がこっちにいるので申し訳ないが来てもらった。

「せっかく練習が出来るのに、これじゃ駄目だと思うんですよ」

 今のままでは、たとえ部員増加や助っ人で公式戦に出れてたとしても、今のままじゃ甲子園出場どころか一回戦突破も難しいだろう。せめて正規部員のレベルアップに勤めないと、どうしようもない。もっと本格的で実践的な練習をしなければ。

「せめて全員でノックやバッティング練習が出来るようにはならないとまずいですって」

 もっと気合を入れて練習しないと、いつまでたっても全体での練習が出来そうにない。なのでこの考えは当たり前のものだと、そう考えての提案だった。野球経験者らしいキャプテンなら、現状脱出のために乗ってくれるとも思っていた。

 しかし当のキャプテンは、苦笑しながら俺を諭すようにして言った。

「それは私も分かってるんだけどね。四人じゃ出来る練習はかなり限られるし、道具も最低限のものしかないのよね。無理に背伸びして怪我たりしてもよくないじゃない?」

「それは、そうですけど……」

 確かに、野球部にいまある道具はバットとボールとグローブ、あとはトスバッティング用とフリーバッティング用のネットが一つずつあるだけだ。ピッチングマシンはキャプテンが入部した時はあったらしいが、それも壊れてしまって今は倉庫で二年近く眠っている。

 なのでキャプテンの言う事も正論ではある。それにキャッチボールもままならない状態で次のステップに行けば、怪我をする可能性だってある。

 とはいえ、最低限の道具はあるのだから、人数が少なくても出来る練習をすればいいし、怪我を恐れてぬるい練習しかしなければ、いつまでたっても上達なんて出来やしない。

「それに柏木君も、そんなに練習できる状態じゃないでしょ?」

「うぐ……」

 痛いところを突かれてしまった。キャプテンの言うとおり、練習のレベルを上げたいと言ってる俺自身、今はあまり本格的な練習が出来ない。別に怪我や故障をしているというわけではない。

 問題なのは、俺が最初に野球を始めてからずっと投手で、ここには捕手が出来る選手が誰もいないことだ。

「柏木君のピッチング練習やるにも、ボールを捕れる人がいない。ノックやろうにも人が少なすぎるし、フリーバッティングはもっと無理よ」

「やっぱりいくらなんでも部員が少なすぎるんですよ!」

 つい声を荒げてしまった。結局全ての要因が『部員不足』に繋がってしまうのだ。小平先輩と安堂先輩は当然として、キャプテンですらキャッチャーは未経験。球を捕るだけなら出来るかもしれないが、ボロボロに使い古されたキャッチャーミットが部室に一つあるだけだ。

 いやまあ、キャッチャーミットがあれば捕れるという保障はどこにもないが。

「どうしたの~?」

「なに荒れてんの?」

 俺の声に熱が乗ってきたせいか、キャッチボールを中断して先輩達も会話に加わってきた。貴重な練習日で揉めて時間を使うのももったいないし、とりあえずこの話は保留にするしかないか。 

「おーい柏木。なんで黙ってるんだよ」

 いや、でもこれは丁度良い機会かもしれない。

「グラウンド以外の場所探して、他の日も練習しませんか?」

 一年の俺が先輩達にずけずけと意見を言うのはどうかと思って遠慮してたが、もうやめだ。本気で練習するならともかく、こんな練習を週一でやっても意味が無い。

 学校のグラウンドが使えなくても、探せば野球の練習が出来る場所ぐらい見つかるはずだ。練習の時間と密度を上げれば当然上達も速くなるし、全体練習のレベルも上げる事ができる。

「場所を探すって……。有料ならそりゃあるだろうだけど、そんな部費はうちにはないわよ?」

「だったらランニングでもウェイトトレーニングでもなんでもいいんです。とにかく練習量を増やさないと」

「うーん……」

 結構熱く語っている筈なのに、先輩達の反応はいまいち煮え切らない。甲子園へ行く為には何より練習という認識は特に間違ってないはずなのだが、この意識の違いはなんだ?

「柏木はなんでそんなに練習したいわけ? このままだって充分だと思うけど?」

「なんで練習がしたいかって……」

 そんなの、高校球児なら当たり前のことだ。

「甲子園に行って、全国制覇するために決まってるじゃないですか」

 甲子園という存在を知ってから、ずっとそこに憧れた。全国から集まった強打者達をねじ伏せる自分を想像して、この九年間野球に打ち込んできたんだ。

「はぁ? 甲子園?」

 一番最初にそう言ったのは、小平先輩だ。「本気で言ってんの?」と続けて尋ねてくる先輩の表情には、疑問と失笑が混ざっている。

 五十嵐キャプテンも、呆れたように眉間に手を当てて目を瞑っている。安堂先輩だけは俺の発言に驚いたようで、困惑している。

 少しの沈黙の後、キャプテンが俺の肩を掴んだ。

「あのね柏木君。あなたの夢を否定する気は無いわ。でも、それは現実を見なくていいってことじゃないのよ?」

 それはもう何度も、大人や友人に言われてきた事と大差なかった。『現実を見ろ』。

 高校で野球を始めさえすれば、この言葉を言われる事もなくなるだろうと。そう思っていた。だが実際は、甲子園を目指すはずの高校球児でもこの有様だ。

「夢で終わらせる気はありませんよ」

 自分の意思を確認するように、俺は力強くそう答えた。


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