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出会い

「っつーわけだ。四人しかいない野球部で一体どうしろってんだよ」

「それはなんというか……ご愁傷様です」

 さっきまで俺に食って掛かってきていた米村だが、今はもうその勢いはない。米村は親友だ。野球部が機能していないという現状が俺にとってどれほどキツいことか分かっているのだろう。

「でもその先輩達はユニフォーム着てたんだろ? だったら練習は毎日やってるってことじゃ……」

「あれは新入部員勧誘の為に着てただけなんだとさ。普段はグラウンドもまともに使わせてもらってないらしい」

 だから練習はグラウンドの空いている日、それ以外は自主練習。そのせいでこの三日間は練習が無く、俺は早々と帰宅し筋トレに励んでいたのだ。

「それでお前、一度も練習に出てなかったのか」

「そういうこった」

 俺がいつものようにそっけなく答えると、普段はそんなこと気にもしない米村が申し訳なさそうに頭を下げた。

「悪かった。そんな事情があったなんて知らなかったとはいえ、無神経だった」

 頭を下げているから顔は見えないが、おそらく本気で謝ってくれてるのだろう。そもそも怒ったり傷ついたりしたわけではないので、謝ってもらう必要はないのだが。

「いいさ別に。頭上げろって」

「おう」

 軽く返事をして顔を上げた米村は、特に悪びれる様子もなく俺の机に腰掛け始めた。さっきの謝罪の面影が全く見えない態度だ。

「それに、野球部だってまだ諦めたわけじゃねえんだ」

 確かに今野球部はたった四人だけ。これだけじゃ公式戦はもちろん、練習試合すらままならない。だがそれはあくまで現時点の話しだ。

「いくら男子の数が少ないって言っても、俺とお前の他にいないってわけじゃないんだ。、もしかしたら入部してくれる奴がいるかもしれないだろ?」

 数少ない男同士、本気で頼めばオーケーしてくれる可能性は充分ある。この三日間ずっと考えていた事が、米村と話しをしたことでまとまってきた。こうなると、俄然やる気も沸いてくる。

「よし! そうと決まれば早速勧誘しまくるしかないな!」

 しかし久しぶりに高まってきた俺のテンションを削り取るかのように、朝のHR開始を告げるチャイムが教室に鳴り響いた。

 俺の机に腰掛けていた米村が、だるそうに自分の席に戻っていく。

「まあ頑張ってくれ。試合に出る助っ人ぐらいなら、俺も協力してやるからさ」

「ああ、そんときは頼むよ」

 米村は格闘技系の部活に入ると以前聞いた。腕っ節の強いあいつにはぴったりだろう、

「おっ! みんな揃ってるね!」

 チャイムが鳴り終わると同時に、俺達の担任教師が元気よく教室に入ってきた。まだ教師になって二年目という、新人女教師だ。まだ入学して四日目だというのに、先生にしては生徒と年が近いからか皆もうかなり打ち解けている。

「じゃあ今日は――」

 先生が喋り始めた瞬間、俺は思い出した。今日から日直制度がクラスで始まったこと。その日直が今日は俺であること。そして全く日直の仕事などしていないことを。


 放課後。

 今日は月曜日。明蘭高校の部活は月曜が休みなところが多く、月曜日は唯一野球部がまともにグラウンドを使える日だと五十嵐キャプテンから聞いた。今日はそんな貴重な一日なので、俺は一刻も早く練習に向かいたいのだ。

「だからこんなことしてる暇はないんだよ!」

 俺以外誰もいない静かな教室で、不満百パーセントの叫びが響いた。

 本日クラスであった出来事を最低五行日直日誌に書け。というのが日直最後の仕事だ。  

 しかしクラスであったことと言われても、俺は授業中半分以上寝ている。なにがあったかなんて知るよしもない。

「あーもうこれでいいだろ!」

 皆仲が良かっただのと適当な事と、文字や行間を大きくする事でなんとか五行分を稼げた。これでようやく練習に行ける。

 練習用のグローブやスパイクはこの前部室に行ったときに置いてきたので、鞄を持っていくだけでいい。

 筆箱や教科書を適当に鞄に突っ込み、肩に掛ける。そのまま開けっ放しの扉から全速力で廊下を出た瞬間だった。、逆に教室に入ろうとしている女子が目の前に現れたのだ。もちろんそんなタイミングで気付いたところで、時既に遅し。車は急には止まれないとは言うが、じゃあいきなり完全に停止できるものがこの世に存在するとでもいうのだろうか。人間だって急には止まれるものじゃない。

「うわっ!」

「きゃっ!」

 ギリギリだったが相手の首から上にはぶつからないように意識したことで、なんとかお互いの体でぶつかった。勢いよくぶつかった反動で、俺はドシン、と思いっきり尻餅をついた。

 硬い廊下なのでかなりの鈍痛が俺の尾てい骨を襲ったが、自分の心配よりまずは相手の心配だ。

 俺とぶつかった女の子は、俺と同じように尻餅をついていた。どうでもいいことなのだけど、漫画なんかではこういうときスカートの中が見えたりするがそんなことは一切無かった。

「ちょっとかおる! 大丈夫!?」

「ああうん……。だいじょぶだいじょぶ」

 その隣で、一緒に歩いていた友達だろうか。別の女子が心配そうにしゃがんでいる。

 男の俺でこんな無様な尻餅をついてしまうぐらいだから、倒れてしまってるのではないのかと心だったのだが、とりあえず頭等を打ったわけではなさそうだ。とにかく謝らなければ。そう思って立ち上がったのだが、薫と呼ばれたその子は先に立ち睨みをきかせた表情で食ってかかってきた。

「あんたねえ! 気をつけなさいよ!」

 ……先に怒られてしまった。もちろんわざとぶつかったわけじゃないが、相手は相当お冠な様子だ。

「わ、悪い!。急いでたもんでつい……」

「急いでたら人にぶつかってもいいいわけ?」

「う……、いやほんとにすいません……」

 向こうに非がないので、俺はひたすら謝るしかない。大事にならなかったからよかったもの、怪我でもさせてたらと思うと、今更になって怖くなってる。この子の言うとおり、もっと気をつけるべきだった。

「まあまあ……。反省してるみたいだし、許してあげよ?」

 怒りが収まらない彼女を制するように、隣の女子が俺と相手の間に割って入った。

「もうっ。甘すぎるんだって春香は」

 やれやれ、と首を振ったあともう一度俺のほうを睨みつけられたが、どうやら許してもらえたらしい。

 よく見ると、二人の外見はかなり対照的だ。薫と呼ばれたほうはボーイッシュ、と言えばいいんだろうか。黒い前髪はそれなりに長いが、全体的に髪が短い。ふわっとしてる髪質でもなさそうなのもあり、どちらかといえば男子の髪型だ。それに加えてツリ目と、小平先輩以上かもしれない平坦な胸部。しかも身長百七十センチの俺より少し低いだけの背、女子の制服じゃなければ男と見間違うかもしれない。

 そして春香とよばれた子はその真逆。腰まである長く綺麗な茶髪に、優しげな表情。大人の女性を思わせる気品のある立ち振る舞い。お嬢様、は言い過ぎかもしれないが、そんな雰囲気が漂っている。

 二人の共通点といえば、どちらもかなりレベルの高い、整った容姿だということぐらいか。

「柏木君も、次からは気をつけなきゃダメだよ?」

「ああ。迷惑かけて悪かった、て……」

 ん?

「なんで俺の名前知ってるんだ?」

 自己紹介をした覚えもされた覚えもないぞ。幼稚園児じゃあるまいし、胸に名札がついてるなんてこともない。

「もしかして、どこかで会ったことあるのか?」

 そうだ。よく見るとこの二人の顔には見覚えがある。特に短髪ボーイッシュの方。どこで見たのかは覚えていないが、印象に残っていることは間違いない。

 すると、俺のことなんてもう気にせず教室に入ろうとしていた短髪が、「はあ?」と振り返った。

「同じクラスなんだから知ってるに決まってるでしょ」

 ……ああ。俺がさっきまでいた教室に入ろうとしてぶつかったんだから、そりゃそうか。  

 確かに、よくよく思い出してみたら同じクラスにいた……ような気がする。多分。クラスの自己紹介のとき俺の頭は野球部のことで頭が一杯で全然聞いてなかったんだろう。

 どおりで見覚えがあるはずだ。

「いや、同じクラスだって今気付いた……」

 二人から呆れたような視線を送られたあと、俺達は互いに自己紹介をした。二人は川瀬薫かわせかおる来宮春香きのみやはるかというらしい。

「川瀬と来宮、ね。もう忘れねえよ」

「ていうか普通名前は覚えて無くても顔は覚えてると思うけど。記憶力皆無なの?」

 川瀬の辛辣な言葉が俺の胸に突き刺さっていく。さっきからどうも川瀬は俺への当たりが強い気がする。いくら不注意でぶつかってしまったとはいえ、そんなに嫌われたのだろうか?

 昔からそうなのだが、俺は人の顔を覚えるのは苦手だ。というより、その人に興味がないと覚える気にならない。もちろん日常的に会話してたら覚えるが、ただ教室という同じ空間にいるだけの相手なら、まず覚えない。

「私たちからすればは『数少ない男子生徒』って認識があるから、覚えやすいんだよね。柏木君はいっぱいいる女子を覚えないといけないから、仕方ないよ」

 来宮は川瀬と打って変わって俺に優しい。というよりそういう性格なのだろう。なんとなくだが、おそらく誰にでも優しいんだと思う。

「てかあんた、さっき急いでるとか言ってなかったっけ?」

「あ!」

 そうだった。いろいろあったせいですっかり失念していた。この俺ともあろうものが野球部の練習を忘れるとはなんたる失態だ。

「悪い! 俺そろそろ行くから!」

「急ぐのはいいけど、今度は気をつけなさいよね」

 その場で小刻みに足踏みして走り出そうとしている俺を、川瀬が睨みつける。良く考えてみると、ここまで勝気な、男子に物怖じしない女子も珍しい。

 そもそも俺もさっきほど周りを見ないで全速力をだそうなんて思っちゃいない。

「おう。急ぎながら気をつける」

「そもそもなんでそんなに急いでるの?」

「え? うーん……」

 正直もう喋ってる時間も惜しいのだが、散々フォローしてもらった来宮に「急いでる奴に急いでる理由を聞くなよ」とは言えない。迷惑かけたのだから、その理由を説明する義務もあるだろう。

「今から野球部の練習があってさ。ちょっとした事情で練習日が少ないから、今日は貴重な一日なんだ」

せっかく知り合ったんだから今度時間のあるとき勧誘してみるか。なんて思っていた俺だったが、次の瞬間にはもうそんな考えはどこかに吹き飛ばされていた。

 男勝りとまではいわないまでも、そんな雰囲気を感じてさせていた川瀬の様子が、一変していたからだ。目を伏せ、左手で右肘を掴んで体を抱くように立ち尽くしている。そして来宮は、表情で何とか隠そうとしているが、明らかに気を悪くしている。

 状況から見るに俺がなにかやらかしてしまったのは確かなんだろうが、その理由は全く心当たりが無い。

「あのさ、俺なんかまずい事――」

「柏木君」

 原因を知る為にと聞いてみた俺の言葉を、重く鋭い来宮の声が遮った。

「君は一つも悪くないよ。でも、もう話しはここまでにさせて」

 その言葉を最後に、来宮は俺の返事を待たず川瀬の肩を抱くようにして教室に入っていった――。

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