野球同好会
私立明蘭学園高等学校。今でこそ共学だが近年まで女子高だったこの学校は、その名残のせいで全校生徒の五パーセントが男子、残る九十五パーセントが女子という圧倒的な男女比を誇る。
俺、柏木裕也はこの学校に入学し念願の高校生になった。そして、入学式が終わり一週間が過ぎた四月十一日の朝のことだ。そろそろクラス内にもそれぞれのグループが出来てきたようで、教室では女子が四、五人ぐらいのグループに分かれて楽しそうに話している。
「あ、柏木君おはよー」
黒板の掃除をしていた女子に挨拶され、俺は困惑した。向こうは俺の名前を知っているようだが、俺はまだその子の顔しか分からない。なんとか名前を思い出そうと必死に記憶の中の引き出しを探す。
「えーと、おはよう」
諦めた。いつものように適当な挨拶で済まし、教室の一番左端にある自分の席へ向かう。
出席番号は最初に男子全員、そのあと女子全員というシステムだ。男子が少ないせいで苗字の頭文字が『か』の俺が出席番号一番という異常事態が起きている。中学まではまずありえなかったことで、出席番号一番は人生初だ。
「はあ……」
ようやく念願の高校生になれたというのに、俺はとある理由で三日前からずっと憂鬱だ。溜息混じりに席に座ろうとすると、不意に背中を誰かに強く叩かれた。
「いつまで落ち込んでんだよ!」
振り返ると、そこには良く知った顔があった。身長百八十センチ越えの巨体に、雑に掻き揚げただけのボサボサの黒髪。中学時代有名な不良を片っ端から睨んだだけで竦ませたという逸話を持つ鋭い目。それでもって俺の小学生時代からの友人、米村拳太だ。
「なんだよ米村。お前にかまってやれる元気は今の俺にはないぞ」
そっぽを向きあしらってから座ると、米村が俺の席の前に回りこんできた。両手を机に突いて、ズイと顔を俺に近づけてくる。その表情はどうにも面白くないといった感じだ。
「柏木よお。気持ちは分かるけど、いつまでもふて腐れてたってしょうがねえだろ」
「顔が近い」
米村と俺の距離は今にも鼻頭がぶつかりそうな程だ。見ろ。よくない意味で周りの女子がざわついてるじゃないか。
「悪い悪い。けどお前、受験失敗したからって野球やめるつもりじゃないだろうな? ずっと夢見てた舞台にようやく立てるかもしれないんだぞ?」
『野球』。今俺はこれのせいで悩んでいるんだ。米村の言ったとおり、俺は県でも屈指の野球強豪高の入学試験を受け、見事に撃沈した。
小さい頃少年野球のチームに入ってから今までずっと野球を続けている身としては、甲子園に出たいと思うのは当たり前だ。そのためには、設備や環境の整った強豪高に入学する。本気で甲子園を目指す者なら、誰だってそう考えるだろう。
まあ。受かるかどうかは別として。
「明蘭は確かに男子は少ないけど、別に野球ができないわけじゃないだろ? 今じゃ女子だって公式戦に出られるんだからよ」
そう。今から十年前。男女差別廃止の掛け声の下、女子は今まで男子しか出場できなかった高校野球に出場できる権利を得た。今では甲子園どころかプロ野球にも女性選手が出場しているのが当たり前だ。
『野球は男のスポーツ』という風潮は一部には今も根強く残ってるらしいが、俺が物心ついたときには男女混合が普通だった。それに明蘭高校は地区予選でベスト4まで残った記録もある。だから入学が決まったときも、男子が少ないことなんてまるで気にしていなかった。
「男女のことなんて関係あるか。そんな事で俺が野球を諦めるわけないだろ」
「じゃあなんでまだ一度も野球部の練習に出ないんだよ? 初日に部活見学は行ったんだろ?」
練習に出ないわけじゃない。練習に出れないんだ。なぜならこの学校は。
「ないんだよ。野球部が」
今から三日前――。
「ったく、なんで学校が始まる前から宿題なんてしなくちゃいけないんだっての!」
俺は入学前に出た宿題に全く手をつけておらず、それを余すことなくやらされていたせいで、部活の見学に一日遅れてしまった。
一日とはいえライバルに遅れをとるのは悔しい。一刻も早く野球部に入部するため、俺は急いで学校指定のジャージに着替え猛ダッシュでグラウンドを目指していた。
女子が九割以上を占める明蘭高校だが、実はパンフレットを見る限りでは運動部はかなり凄い実績を上げている。設備は充実しているしし、聞いた話ではバスケ部やバレー部は全国大会でも常連とのことだ。
明蘭高校野球部は女子が高校野球に出場できるようになった年に設立された。九年の歴史の中でまだ甲子園に出場した事はないが、一番良かった年には県予選準決勝、つまりはベスト4まで駒を進めたらしい。それ以外ではあまりパッとした成績は残せていないが、去年の夏も初戦突破には成功している。万年初戦敗退なんて高校もある中で、まだ十年も経っていないうえに去年まで女子しかいなかったチームでこれなら上々だ。
「女子は男子相手だとハンディもあるし、これは本気で甲子園を目指せるかもしれないな」
男子と女子が同じゲームに出る以上、性別による身体能力の差は例外を除きまず出る。
その差を埋めるため、女子にはいくつかのハンディルールが設けられているのだ。今では女子中心のチームが結果を出すのも珍しくない。
「本命の高校にはいけなかったけど、こうなりゃ俺が明蘭野球部員に甲子園の土を踏ませてやる!」
甲子園でプレイする自分の姿を想像して、つい頬が緩んでしまう。しかし期待に膨らむ俺の胸は、グラウンドに着いた瞬間風船に穴を開けたように萎んでしまった。
「サッカーに陸上競技……、野球部はどこだ?」
グラウンドを何度見ても、野球をしている人が一人もいない。グラウンドは他の部活の練習で埋め尽くされている。
「なんで練習してないんだ? 入学前の部活案内でも野球部は基本グラウンドでの練習ってあったはずなのに……」
「君、どうしたの? 新入生? もしかして入部希望者?」
グラウンドの隅でボーッとしている俺が気になったのか、それともただ邪魔だったのか、サッカー部らしき練習着を着た女子生徒に声をかけられた。短く切った髪の毛がいかにもスポーツ少女っぽい。いまの口ぶりからすると二年か三年の先輩だろうか。
「あーいえ、野球部の練習してる場所を探してるんです。けど、今日って練習休みなんですかね?」
良く考えるとサッカー部の人に野球部の練習事情を聞くのは何かおかしな気がするが、一年以上グラウンドを共有している人なら多少は知っているはずだろう。
「野球部……」
しかしその先輩は野球部という単語を口にしただけで、気まずそうな表情で顎を手に当てている。やっぱり入部希望者でもない俺が聞くのは図々しかったのだろうか。
「あのー。なんかすいません。まずいこと聞いちゃったみたいで」
「ち、違うの! 別に君が悪いとかそういうことじゃないから! 野球部の人たちならあっちの部室にいると思うよ!」
先輩は慌てて両手を顔の前で振ると、人差し指をグラウンドの東。体育館の隣にある横長の建物を指差してくれた。ちなみに俺が今来た校舎側は南、校門は西だ。
「あそこにいろんな部活が集まってる部室棟があるの。各部ごとにプレートが貼ってあるはずだから後は自分で探してね」
「ありがとうございます!」
深く頭を下げ、全速力で踵を返し部活棟に向かう。部室にいるということは、今日は野球部にグラウンドの使用権がない日なのだろう。俺の居た中学にもそういう日はあった。
走っているとすぐに部室棟に着いた。建物自体は二階建てになっていて、部屋がいくつも分けられている。構造的には殆どアパートだ。
「野球部はどこかなっと……」
まずは一階の部室を探す。しかし全六部屋を探してみても、「野球部」と書いてあるプレートは無い。
「おっかしいな。なんで一階に無いんだ?」
一階にある部室は、サッカー、テニス、陸上、バスケ等のどこの学校にでもある部活ばかりだ。
二階にあるのだろうか。野球部はどこの学校でもメジャーな部活だし、一階のラインナップを考えると正直不満がある。
部室棟の端にある階段で二階に上がる。カンカンと音を立てスチールで出来た階段を上ると、一番奥の部屋まで一直線の通路に出た。が、通路を歩いていってもやはり野球部がない。
「おいおい本当にあるのか? まさかパンフレットに騙されてたなんてことは……あ、ここか」
確かに「野球部」と書かれたプレートがドアの上に張ってある。だが部室があるのは一番端、最も歩く距離が長い所だ。
「まさかこんな端にあるとは……」
とはいえ別にそこまで大変なわけではない。それにどこかの部は絶対にこの部屋になるのだから文句を言っても仕方が無い。もしかしたら部屋決めのとき運が悪くこの部屋になっただけということもある。
「よし。いくか!」
いざ部室のドアを開けようとすると、柄にもなく胸が高鳴ってきた。ずっと夢見ていた高校球児になれると思うと、興奮が抑えられない。
「ようやく俺も高校野球が出来るんだ! これから二年半、全力でやってやる!」
これからの意気込みを自分の魂に刻み込んで、ドアノブに手をかける。やはり最初は挨拶が肝心だ。大きく息を吸い込んで、ドアを開くと同時に腹から目一杯声を出した。
「失礼します! 一年一組、柏木裕也で――」
勢いよく挨拶するはずだった俺は、最後まで喋ることが出来なかった。部室にいたのは僅か三人。そしてその全員が女子生徒。だがそれは別に問題じゃない。明蘭高校の男女比を考えればこの状況はそこまでおかしくないからだ。
ではなにが問題なのか。それはその女子生徒全員が着替えの真っ最中だったからだ。
全員がスカートを履き替えようとしている。着替えているのは多分練習用のユニフォームだろう。上着とかなら中のアンダーシャツがあるはずだからまだ良かったのだが、なのでモロに下着が丸見えだ。
「きゃあああああああああああ!!」
俺が喋るのを止めてから数秒。異様に張り詰めた空気を切り裂く悲鳴が女子生徒二人から上がった。残りの一人は何が起こっているのかよく分からないといった表情で不思議そうにこちらを見つめている。
「すいませんでした!!」
バタン! と今持てる全ての力を使ってドアを閉めた。心臓が口から飛び出しそうにドキドキしているのが分かる。一応名誉の為にいい訳をすると、女子校生の着替えを見たことで興奮しているわけではない。これから入るはずの野球部でいきなり最悪な印象を持たれたであろうことに動揺しているだけだ。
「やっべえ……。こりゃ謝るだけじゃすまねえかもしれねえぞ……」
女子の着替えを覗いたなんてことが教師陣にバレればただじゃすまないだろう。高校はもう義務教育じゃない。流石にそこまではないだろうが、退学を宣告されても文句は言えない。
逃げるわけにもいかず、ドアの前をうろうろとしていると、今度は向こうからドアが開いた。現れたのはさっき唯一叫んでいなかった女子だ。
さっきはまともに顔もみれなかったが、大人の女性を感じさせる顔立ちに赤い淵のメガネ、長い黒髪を横に束ねたサイドテール、スラッとした体型で背も百七十センチ以上ある、美人さんだ。
「ごめんごめん! まさか男子の新入部員が来るなんて思ってもなかったのよ。まあ入って入って」
激怒されるかと思っていたが、その人はドアノブ片手に手を顔の前で立て、むしろ俺に謝って来た。
「いや、謝るのは俺の方でうわっ!」
事故とはいえ、悪いのはどう考えても俺の方なので反論しようとすると、強引に手を掴まれて部室の中に引っ張られた。中にいた一人の女子生徒がイスを用意し、流れるような動作で座らされた。残りの一人は、腕を組んで他の二人とは違い憎憎しげに俺のことを睨んでいる。
「教室のイスと一緒のやつだけど、ま、そこでゆっくりしててよ」
「はあ。どうも」
正直そこまで座り心地のよくない、四脚のパイプに木で出来たおなじみの硬いイスだ。
というかいまいち状況が飲み込めない。というかイスに座る俺の周りを女子三人が囲むように立っているせいで、覗きの罰としてこれからリンチでもされるのではないかとすら思う。
「あのー。俺、一年一組一席の柏木裕也っていいます」
微妙な空気をなんとかしようと、とりあえずさっき出来なかった自己紹介をもう一度してみる。すると俺の正面に立っている、黒髪ロングの女子が反応を示してくれる。
「そういえば自己紹介がまだだったわね。私は五十嵐 凪砂。三年生で野球部のキャプテンよ」
キャプテンか。一番堂々としていたのでもしかしたらとは思っていた。五十嵐キャプテンが自己紹介を終えると、その隣の一人も自己紹介を始めてくれた。ふわふわとしたショートカットにのほほんとした雰囲気を漂わせている。そしてユニフォームの上からでも分かる程胸が大きい。
「私は二年生の安堂くるみだよ。これからよろしくね~」
「よろしくお願いします!」
この安堂先輩、見た目どおり喋り方もおっとりというか、とにかくゆるい印象だ。しかも動くたびにその大きな胸が揺れるせいで非常に目のやり場に困る。
「……やらしい目でくるみの事見てんじゃないわよこの変態」
最後の一人、最初からずっと俺のことを気にいらないた様子だった女子が俺の視線を遮るように目の前に立った。
「やらしい目なんかで見てねえよ! つーか誰が変態だ!」
こっちは見ないように頑張っているのに変態呼ばわりは流石に理不尽だ。
「よく言うよ覗きのくせに。凪砂先輩とくるみはあんまり気にしてないみたいだけど、あたしはなかったことにはしない」
「うぐ……」
そう言われるとなにも言い返せない。俺がこの三人の着替えに出くわしたのは事実なのだ。むしろ怒っているこの人が正常で、何事も無かったように振舞っている五十嵐キャプテンと安堂先輩の方が異常だろう。
「あとあたしも先輩なんだけど。小平 陽菜。二年生な。まあ別に野球部は上下関係重視しないからタメ口でもいいけどさ」
「せ、先輩!?」
ガタッ!と、ついイスから立ち上がってしまった。
てっきり俺より先に入部しただけの同級生だと思っていた。なぜなら安堂先輩とは対照的にスラっとした短髪、そして凹凸の無い体型。身長も明らかに150センチも無いし、その上童顔だ。高校生というより小学生六年生くらいに見える。
イスに座ってたから見下ろされていたものの、立ち上がると完全にこちらが見下ろす形になる。
「お前今あたしのこと小学生みたいって思ったろ」
「心を読まれた!?」
なんという観察眼だ。打席に立ったら投手の球種が投げる前から分かるのではないだろうか。
「反省がまったく見えない」
「すいません。まさか先輩だとは思ってなくてとんだ失礼を……」
「その発言もかなり失礼よ柏木君」
キャプテンによる痛烈な追い討ち。確かに良く考えると失礼だが謝ったんだからそこは触れなくていいじゃないか。なんで収まりかかってる火に油を注ぐんだ。
「柏木君はちょっとおバカさんっぽいよね~」
安堂先輩が変わらずのほほんととした口調で言った直後、床に転がっていたボールを踏んでずっこけた。
「だ、大丈夫ですか!?」
結構派手に、しかも後頭部から転んだので心配だ。
「へーきだよ。よくあることだから~」
つまり普段からしょっちゅう転ぶという事だろうか。うーん。失礼極まりないが、この人におバカさんと言われるのは少し心外だ。
手を差しのべて起き上がるのを手伝うと、背中にとてつもない殺気を感じた。咄嗟に振り返って見ると、またしても小平先輩に睨まれている。さっきは覗きの件等いろいろあったので仕方ないが、俺はまた何かやらかしたのだろうか。
「な、なんです?」
「一応忠告しておくけど、くるみに手ぇ出したらタダじゃ済まさないからな」
いつ俺が安堂先輩に手を出したんだ、と言い返そうと思ったが、右手が未だに彼女の手を掴んでいる事に気付いた。
「うわ! すいません安堂先輩! 別にやましい気持ちがあったわけではないんです!」
勢いよく手を離し、ペコペコと頭を下げる。しかし謝りながらも右手に残る安堂先輩の軟らかい手の感触が残り続けているせいで、妙に胸が高鳴っている。
今更だが俺は中学時代を野球に費やしてきたせいで女子と触れあうのは余り慣れてない。自発的に女子と手を繋ぐなんて俺の人生ではまず無かった。
「いいよいいよー。起きるの手伝ってくれたんだから~。陽菜ちゃんも落ち着いて落ち着いて」
「くるみは危機感が無さ過ぎるんだって! いいか? 『男は皆猛獣』。はい復唱」
「え~。めんどくさいよー」
「つべこべ言うなー!」
当事者の俺をそっちのけで先輩達がわーキャーとじゃれあい始めた。しかしあの二人が一緒にいるととても同級生には見えない。動くたびに揺れまくるボールと平らなグラウンドを見比べても、その差は一目瞭然だ。
「でも、やっぱり敬語はやりにくいね~」
「え?」
小平先輩とじゃれ合っていた安堂先輩が唐突に話しを俺に振って来た。ただ聞き返すことしか出来なかった俺を見かねてか、五十嵐キャプテンが補足を始めてくれた。
「さっき陽菜も言ったけど、私達には基本タメ口でいいわよ? みんな友達みたいなものだからね」
そういえばさっき俺がモロにタメ口で話したときも、特にお咎めはなかった。俺の中学で(大体どこも同じだろうが)そんなことをしようものなら先輩からキツイお叱りを受けたものだ。いざ敬語を使わなくていいと言われても、体に染み付いた癖というのは中々抜けるものじゃない。
「すいません。やっぱりタメ口はちょっとやりにくいです」
善意で言ってくれた事を断るのは心苦しい。しかし五十嵐キャプテンはそんな俺の心中を察してくれたのか、明るく笑って手を振って言う。
「別に無理にしろって言ってるわけじゃないのよ。ずっと野球やってきたならそれが普通だしね」
初対面のときも思ったが、やはり五十嵐キャプテンは美人だ。顔立ちやスタイルはもちろんなのだが、俺と二つしか違わないはずなのに仕草や立ち振る舞いのせいで大人の女性に見える。
キャプテン以外にも、小学生みたいな小平先輩はともかく安城先輩は巨大な爆弾を持っているし、今は姿が見えないが他の部員も女子が多数の筈だ。これは煩悩に塗れて練習に身が入らない、なんてことがないよう気合を入れなおさないといけないな。
「ただ先輩後輩の関係はそこまで意識しなくていいってこと。我が部はアットホームな雰囲気を売りにしているから」
「なんか会社の求人みたいになっちゃってますよ?」
ついツッコんでしまった。アットホームって。部活の説明で出てくる単語じゃないぞ。
しかし俺にとって何気ない言葉を聞いた瞬間、五十嵐キャプテンの表情が曇った。彼女だけじゃなく、二人の先輩も気まずそうにして俯いたり目を逸らしたりで、目を合わせてくれない。さっき着替えを除いてしまったとき以上に雰囲気が重い。
「俺、何かまずいこと言っちゃいました……?」
あの発言が原因なら、この空気を作ったの俺のせいだ。早期解決のためにも何故こうなったのかは知っておきたい。
「柏木君。ちょっと聞いて欲しいんだけど」
「は、はい」
少しの沈黙の後、五十嵐キャプテンが真剣な顔で話しを切り出してきた。
「会社の求人みたい、っていうのはまさにその通りなのよ」
「え?」
いまいち言いたい事が分からない。確かに俺もそれが気になったからツッコんだ訳だが、それが事実だからなんだというんだ。
「つまり、今この部活には求人をする必要があるってこと」
「はぁ」
困惑する俺に横から小平先輩がフォローを入れてくれるが、それでもよく理解できない。部活なら求人、というか勧誘なんてどこでもするものだろう。
「要するに! うちの野球部はあたし達含めてもこれだけしかいないってことだよ!」
察しの悪い俺にイライラしながら、小平先輩はその恐るべき事実を口にした。
女子が九割のが学校にある野球部。そこは俺の目指す甲子園優勝の夢はおろか、地区大会に出場することも出来ないたった四人だけの同好会だった。