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八話 フィアールカ

 日の沈みかけた窓のそばに立ち、外を眺めている人物がいる。

 灯りを照らし返す(つや)やかな銀の長髪、深い紫色の髪飾り。黒いドレスの上からでもわかる、繊細な身体の線。

 俺は、その人物が背を向けたまま発した言葉に意表を突かれた。


「やっと、来てくださったのですね」


 少女の声にしてはやや低い、粘着質で絡みつくような声だ。

 やっと来てくださったのですね……? 俺を誰かと勘違いしているのか。


「フィアールカ・グラフ様とお見受けします。早速ですが私と一緒に来てもらいましょう」


 俺が低い声でゆっくりと言った。すると少女はドレススカートをふわりとはためかせ、くるりとこちらを向いた。

 陶器(とうき)のような、きめの細い白い肌にハッキリした目鼻立ち。そして大きな紫水晶の瞳はジッと俺の目を見つめ返してくる。大きく見開かれた目はまるで見るものを引きずり込む魔力を持っているかのようだ。

 間違いない。こいつが誘拐対象のフィアールカ・グラフだ。


「御機嫌よう、誘拐犯さぁん。いかにも、私がフィアールカ・グラフですわ」


 フィアールカは挑発的な笑顔でスカートを()まんでお辞儀をしてみせた。その落ち着いた態度や表情からは恐怖心は毛ほども感じられない。


 この女、俺を誘拐犯だと分かった上でこんなに冷静なのか? 武器を所持した黒ずくめの男がいきなり部屋に入ってくれば、普通の女なら、いや男でも白目を()いて奇声を発するくらい驚くはずだ。


「手荒な真似はしたくありません。私について来てください」


 俺は先ほどより少し語調を強めた。


「ねえ、あなたのお名前を教えてくださらないかしら? 私だけ名乗らされるのは不公平だわ」


 フィアールカはじっとりと口を吊り上げ笑う。そのねっとりした官能的な声からは年不相応な色気が漂っている。


「後で申し上げます。今は急ぐので」

「い・ま、教えて欲しいのですわ」


 フィアールカは両手を後ろで組み、上目遣いで俺を見つめる。

 あれ? 何だろう、ちょっとドキドキしてきた。


「猿渡……、猿渡勝平です」


 なぜか俺は誘拐対象の少女に名乗り上げてしまった。忍びとしてあるまじき行為である。


「あらぁ素敵な名前だわ。よろしくねサルワタリ」

 フィアールカは口に指先を()えて答える。その笑顔は柔らかく、そして少女らしい瑞々(みずみず)しさをたたえた笑顔だった。

 これが任務の最中でなければ今すぐ恋に落ちてもおかしくない。


「ねえサルワタリ、貴方が頭に付けている頭巾を取ってくださらないかしら?」

「え? な、何故ですか?」

「貴方のお顔を拝見したいのですわ」


 フィアールカはゆっくりと俺の方へ寄って来た。

 それに合わせて俺も少しづつ後ずさる。


「見せるわけにはいきません。私の素顔を見ればフィアールカ様にも危険が及びま」

「ねえ、見せて」

「いえ少なくともここから脱出するまで」

「見せて」

「いやその忍者として」

「見せて」

「はい」


 とうとう壁まで追い詰められた俺はゆっくりと頭巾を取った。

 ……あれ? なんで俺は誘拐対象の少女の言いなりになっているんだ? 俺は自分の行動に危機感を覚えた。

 このままだと俺は「チンチンを見せてくださらないかしら(裏声)」と言われたら「はい喜んで」と言って下半身の個人情報を開示しかねない。


 俺の素顔を見たフィアールカは一度目を見開いたあと、じっとりと目尻をさげ、どこか惚けたような笑顔になった。


「素敵」


 独り言のように言ってフィアールカは固まってしまった。

 彼女の顔は俺の顔のすぐ下にあり、悩ましい上目遣いの瞳を一切動かさずに俺の目を見つめてくる。

 早くしなければ。さっさと脱出しなければならないのは重々分かっていた。分かっていたはずなのに、俺は蛇に睨まれた蛙のように動けない。


「あのっ」


 俺がなんとか言葉を絞ったのとほぼ同時にフィアールカが口を開く。


「貴方に決めました」


 フィアールカはその細い両手で俺の頭を抱え込むように掴み、ハッキリと俺の目を見つめ、言った。


「私と一緒に、呪われてください」


 その瞬間フィアールカはつま先で立ち上がり、俺の唇を唇で(おお)った。


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