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七話 取り戻す

 ドアから隣の部屋に忍び込んだ俺たちは素早く武器と装備を取り戻した。

 ここで作戦の確認をする。

 先ず俺が気配を消す術を用いて、先ほど開けておいた天井から「一人で」フィアールカを攫いに行く。

 気配を消す「フクロウの術」は術者(オレ)に触れている者の気配も消せるため、そのままフィアールカを連れてこのボニーがいる部屋まで戻ってくる。

 三人で合流したらそのまま屋敷から脱出。そして近くで待機している天馬乗り(ペガサスライダー)のゾリグを呼び、急いで退避する。


 天馬(ペガサス)に乗ることが出来ればほぼ逃げ切ったと言って良いだろう。アヴァラスでは天馬の運用はしていないから追ってこられないはずだ。少なくともムルコフの街でも、この屋敷の敷地内でも天馬を見ることは無かった。


 問題は俺の「フクロウの術」がどれだけ機能するかだ。自分を含めて二人までならほぼ完璧に気配を消せる自信はあるが、三人の気配を消すとなると実践した機会が殆ど無い。手練れのアヴァラス兵には見つかってしまうかもしれないし、そうなれば強硬に突破するしかないだろう。

 ……ボニーが頼りだな。



「まーた私は待機なのか」


 ボニーはまた子供のように口をとがらせてブーブー文句を言う。


「でもカッペー、お前がフィアールカを助けに行っている間に見張りの兵が確認に来たらどうするんだ?」


「デコイを使う」


 俺は自分の足元の丸めた絨毯(じゅうたん)を指差した。

 これは先ほど部屋の隅に置いてあったものを巻いて紐で縛り、そこに俺が着ていたローブを着せて偽装したものだ。ボニーはひとしきりデコイを眺めたあと、これまた興味深そうに俺の方を見つめる。


「ほへー、ローブを脱いだらカッペーは黒ずくめなんだな」


「これが忍び装束って奴だ」


 俺は頭巾(ずきん)を被りながら言った。


「フィアールカを連れて戻ってきたらお前にも役目がある。頼りにしてるぞ」


 するとボニーは目をキラキラと輝かせ、ふんすと鼻を鳴らして立ち上がった。眉を釣り上げ、得意げな表情で胸を叩く。


「任せろカッペー。敵が九千兆人いても私がいれば問題ないぞ!」

「桁が多すぎるわ」

「ちなみに九千兆人って何人なんだ?」

「何その『人は人類なんですか?』みたいな質問」


 俺はボニーに背を向け、胸の前で両手を組んだ。

 一度息を吸い、真言(しんごん)を発し、文字ごとに両手で印を組む。


「臨 兵 闘 者 皆 陣 列 在 前」


 これは「九字」と呼ばれる呪法だ。場を清めたり、集中力を高めて次に使う「術」の成功率を上げるために使う。

 今回使ったのはフクロウの術の成功率をあげるためだ。


「――忍法、フクロウの術」


「ん? あ、あれ? カッペー、どこに行ったんだ!?」


 ボニーが急にキョロキョロし始めた。気配が消えた俺の姿を見失ったのだ。今やボニーに俺の姿は見えていない。例えば俺がこのままボニーの顔のすぐ近くまで行っても、それこそ頬っぺたをつねるまで気付かないはずだ。

 俺は開けておいた天井裏にひょいと飛び上がり、這いずりながら階段の方を目指して進んだ。

 目指すは二階の東端の部屋。そこにフィアールカがいるはずだ。



 にわかにアヴァラス兵たちの怒声が響き始めた。



「さっき捕まえた女が暴れてるぞ!」

「おい! 誰かあの女を止めろ!」

「ダメだ! 危なくて近づけねえ!」

「弓だ! 弓を撃て!」

「弾かれた!? あいつはゴリラだ!」

「うわこっちにゴリラが来たぞ! 逃げろ!」




 あ、ボニーさんだ。

 ボニーさんがやらかしよった。

 もう何だろう。今の気分はせっかく積んだ石を牛鬼に壊される、(さい)の河原の子供の気分である。


「くそったれええええ!」


 俺は半ばヤケクソになりながら、高速で這いずって階段のあたりで廊下に降りた。視界に入る大理石の柱や、壁に掛けられた金縁で囲われた絵の数々はグラフ家の財力を物語っているようだ。

 俺は全力で階段を駆け上がり、フィアールカの部屋の前まで辿り着いた。


 急いで一階に降りて行くアヴァラス兵とは何人かすれ違ったが、部屋の前に見張りの兵士は立っていない。

 一方で一階の方からはアヴァラス兵の叫び声が絶え間なく聞こえてくる。いや叫び声は怒声というより悲鳴のように聞こえた。

 ……ひょっとしてボニーのやつ、ものすごく強いのか?


 まあ、助けに行かなくて良さそうで何よりだ。

 それより今はグラフ家のご令嬢をどうやって傷付けずに誘拐するかを考えねばならない。

 いきなり黒ずくめの男が現れて「一緒に来い」と言えばお嬢様は怖がるだろう。まあ誘拐するのだから多少高圧的な方が良いか。要は「この男を怒らせると酷い目に合いそうだ」ということを分からせて、大人しくしておいてもらうのだ。

 俺は金色のドアノブに手をかけ、回してみた。

 鍵は開いている。

 中に入って素早くドアを閉め、改めて部屋を見渡す。

 喧騒の聞こえてくる廊下と違い、部屋の中はしんと静まり返っている。

 敷き詰められた赤い絨毯(じゅうたん)の先に、彼女は居た。


お読みいただきありがとうございました!

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