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六話 捕まる

「カッペー!! 大丈夫か、カッペー!!」



 遠くで聞こえていたその声はどんどん大きくなる。

 その声に呼応するように、暗い水底に沈んでいた俺の意識は徐々に光を捉え始めた。


 目を開けるとすぐ近くにボニーの顔があった。俺と目があうと、眉間にしわを寄せて真剣な顔をしていた表情がパッと明るくなる。


「良かった! 目が覚めたんだな! 雪から掘り起こしてしばらくしても起きなかったから心配したぞ!」

 ボニーの言葉と表情、そしてジンジン痛む頬から何となく状況が掴めてきた。どうやら雪崩に巻き込まれた衝撃(しょうげき)で気を失っていたようだ。そこをボニーに助けられ、手荒な蘇生術(そせいじゅつ)を受けていたのだろう。

 しかしこいつ、俺と同じく雪崩に巻き込まれてよくピンピンしてるな……。

 雪崩より鹿のフンを気にしてたくらいだから余程の余裕があったのだろう。

 俺はボニーの腕に掴まりながら何とか顔を上げる。


「ああカッペー、良くないこともあるんだ」


 ボニーが何を言わんとしているかはすぐに分かった。

 雪原に溶け込むような軍服姿の男たちがぐるりと俺たちを取り囲み、全員無表情で槍を突き付けてきている。

 純白の兵装は「雪国の鉄兵」の異名をとるアヴァラス兵の証だ。有事の際にその服は返り血で真っ赤に染まり、敵兵を恐怖させたという。

 厄介なことになった。俺たちはアヴァラス軍に囲まれてしまったのだ。


「大人しく投降しろ」


 背中に巨大な盾を背負った白髪の兵士が低く、よく通る威圧的な声を出す。

 落ち(くぼ)んだ目から注がれる鋭い視線、そして目尻に深く刻まれた深い皺。

 兵装もそうだが、その目つき、振る舞いから将兵だと一目でわかる。

 ん? にしてもこの大盾担いだ将兵、どこかで見たことがあるような……?


「誰が投降するものか」


 そう言ってモーニングスターを構えるボニーは今にもアヴァラス兵に飛びかかる勢いだ。

 俺はこのハイテンション馬鹿野郎がまるで戦士みたいに見えるなあと思った。


「待てボニー! 今は部が悪い!」


「しかしここで捕まってしまっては!」


「大丈夫だ。俺に考えがある」


 俺は小声で耳打ちした後、両手を上げて投降した。




 ***




 装備を全て取られて手足に鉄の(かせ)を付けられた俺たちは屋敷の一室、と言ってもほとんど倉庫のような場所に蹴り込まれる。


 ホコリの匂いが充満しており、天井には蜘蛛の巣が張っている。首を左右に動かすと、隣の部屋につながる扉が確認できた。


「あとでタップリ尋問してやるからな、覚悟しておけよ」


 下卑た笑いを上げながら兵士は勢いよく扉を閉めた。

 運良く屋敷に忍び込めたといえば聞こえは良いが、これは完全に大失態である。素顔を見られ、尚且つ装備も取られたのだから俺が鶴義の人間であることは既にバレてしまっている。

 あとはどうにか俺が幕府お抱えの忍びであることがバレる前に、さっさとフィアールカを(さら)い出さなければならない。

 蹴り込まれた勢いで仰向けに転げた俺は、天井を眺めながらこれからどう動くかを思案していた。

 ふとボニーを見ると珍しく深刻な顔をしてうつむいている。捕まったことを反省しているんだろうか。


「お腹すいた」


 ボニーのお腹が大きな音を立てた。その間抜けすぎる音に耐えきれず、俺も大きなため息をつく。


「カッペー! ため息をついていると幸せに逃げられるぞ!」


 俺はもう一度大きくため息をついてボニーに背を向けた。


「そういえば、どうしてお前はこの任務の助っ人に選ばれたんだ?」


 多分知らないだろうと思いながら聞いてみる。


「コヅカという男が出した条件に合う人間が、ギルドの中で私しか居なかったからだそうだ!」


 おや、知っているのか。なぜこの世で一番忍者の相棒に相応しくない女が選ばれたのかは興味があった。


「狐塚っていうのは俺の上司だな。で、その条件ってのは?」


「アヴァラス軍を突破できる戦力である事、そして女である事だそうだ!」


 一つ目は分かるが二つ目の「女であること」の根拠が全くわからない。まあ、あの鬼畜総隊長の考えていることなんか知りたくもないし、理解できなくて当然か。

 とにかく囚われた今、真夜中まで任務の実行を待っても仕方がない。ここはさっさと手枷を外してフィアールカを拐い出す。

 後ろ手で手枷を掛けられていれば少しは苦戦したかもしれないが、幸いなことに俺の両手は前にある。こんなもの忍者にとっては「外してください」と言われているようなものだ。

 俺は足袋(たび)に隠していた針金を取り出し、足枷手枷の順番に外していく。


「おお! お前は器用なやつだな!」


 感心したように「ほうっ」と息を吐くボニー。


「待ってろ ボニー。今お前のも外してやるから」


「なんで?」


「なんでって、手も足も使えないままじゃあ……」


 突然、「ふんっ!」という鼻息と共にボニーの手枷足枷が同時に吹き飛んだ。ボニーの顔色が一切変わらなかったため気づくのに一拍の間が開いたが、すぐに枷が引きちぎられたのだと気付いた。


 いや怖っ! どんな怪力してるんだこいつ!

 俺が驚きのあまり大口を開けたままでいると、ボニーがふふんと鼻を鳴らして得意げに笑う。


「どうした? 今頃私に一目惚れしたのか?」


「違う、そうじゃない」


「そうだな。今まで何度も私の顔を見ているわけだから一目惚れはおかしいな」


「いやゴリラなのかなって」


「アヴァラス軍を突破できる戦力であること」というのはこの怪力あってこそなのだろうか。そう思うと少しだけボニーが頼もしく思えてきた。


「それでカッペー、これからどうするんだ?」


「武器を取り戻してからフィアールカを連れ出す」


 この部屋に入れられる前、アヴァラス兵たちが「こいつらの武器はどうする?」「武器庫に入れておけ」と話しているのを聞いた。

 奴らは俺たちが武器庫の位置など知らないとタカをくくっているだろうが、三日前からこの屋敷の偵察をしていた俺はバッチリ把握している。武器庫の位置、それは俺たちが今入れられている部屋の右隣だ。

 

 恐らく武器を取り返されたところで十分制圧できると舐められているのだろう。まあそうやって油断してくれている方が好都合ではあるが。





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