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五話 作戦会議からの……

 式神を戻してから、先ほど倒した木を薪にして火を起こした。焚火(たきび)に両手をかざすボニーは「ふぁー」と緩み切った顔で緩み切った声を出す。

 火を挟んで反対側に座っていた俺は、パチパチと弾ける薪の音を聞きながら切り出した。


「それじゃあフィアールカを(さら)い出すための計画を説明するぞ」


 ボニーは翠玉(すいぎょく)色の瞳を輝かせ真っ直ぐ見つめてくる。


「私は何をしたらいいんだ?」

「ボニーは待機だ」

「え?」

「待機だ」

「……え?」

「ステーイ」

「えー」


 ボニーは口を尖らせて不満げな顔をする。


「まあよく聞けてボニー」


 ボニーを待機させる、つまり俺が単独で屋敷に忍び込むのは幾つか理由がある。

 まず作戦決行は深夜の予定であるため、夜目の効く俺一人の方が動きやすい。

 それに俺は気配を消す忍術を使えるのでアヴァラス兵に悟られないままフィアールカの部屋までたどり着ける。

 そして何より最大の要因は、ボニーを連れて行ったら何か()()()()気がしてならないからだ。


 俺は以上のことをなるべく言葉を選んでゆっくり説明した。


「じゃあ私のやる事がないじゃないか!」


 ボニーはフグのようなふくれっ面をする。


「いや、お前にもやってもらう事がある」

「晩御飯を食べる係?」

「俺にも食わせろよ! じゃなくて! もし俺がしくじった場合はボニーに爆弾を使ってアヴァラス兵をかく乱して欲しいんだ」


 俺は腰につけた革袋から毒々しい赤色の球体を取り出した。


「それが爆発するのか!?」


「脅し用だから爆発力はそこまでない。だが一度爆発すれば閃光は夜が昼に、その轟音は雷が同時に三度落ちたかのような音がする」


「うへぇ、怖ぁ」


 ボニーはへっぴり腰になりながら、恐る恐る爆弾を眺めている。


「いいかボニー。俺は深夜に屋敷へ忍び込む。計画通りにいけば三十分以内にフィアールカを攫い出せるが、もし二時間以内に俺が戻らなかった場合は不測の事態があったと思ってくれ」


「分かった! その時にこの爆弾を爆発させるんだな!」

「そうそう。俺は爆発の混乱に乗じてフィアールカを攫い出し、お前と合流するという寸法だ」


 そう言いながらボニーに赤い球を手渡す。


「爆弾から生えてるヒモみたいなのは何だ?」

「それが導火線だ。俺が忍び込む前にもう一度説明するが、爆発させるときはそのヒモの先に火をつけるんだ」


 俺は導火線を指でなぞってみせた。本当はこの役割さえ任せる気は無かったのだが、わざわざ狐塚(こづか)総隊長が「助っ人」としてボニーをよこしたのには何かしら意味があるはずだ。

 あの人は全力で無茶振りはしてくるが、任務において無意味な事はしない。何のために派遣されてきたのかは未だに分からないままだが、何かしらの役割は持たせた方が良い気がしたのだ。


 ボニーは相変わらず、初めて捕まえた昆虫を見つめる少年のように爆弾を眺めている。

 ……本当にこの女はどうして助っ人になったのだろう。(いや)し、もしくは幸運の置物だろうか。


「さて、ボニーにはもう少ししたら移動してもらうからな」


 俺は立ち上がり、ボニーに背を向けてから一度背伸びをした。


「どうして?」


 背中越しにボニーの声がする。


「いやいや、だってこんな雪山の中でそれを爆発させたら大変なことになるだろう、それはもう大変なことに」

「ねえねえカッペー」


 それは悪さをした幼子が母親に許しを請うような、甘ったるい声だった。

 振り返るとボニーが先ほどまでの天真爛漫(てんしんらんまん)な表情とは違い、何と言うか媚びるような上目遣いで俺を見つめている。



 気付いちゃった。

 ボニーの持つ爆弾の導火線に、火が付いちゃってることに。

 しかもだいぶ根元の方まで燃えちゃってることに。


「ついちゃった」


 うぇあ、本当だ。


「わああああああああああ!!」


 後で冷静になって考えれば雪を掛けて鎮火すれば良かったのだが、この時の俺は一刻も早く「爆弾」をボニーから遠ざけることに必死になっていた。

 爆弾を奪い取って、助走を付けて、力の限り大遠投をして、キョトンとしているボニーに覆いかぶさる。



「目と耳を塞いで口を開けろ!!」



 直後おおよそこの世の音とは思えないような爆音が雪景色をつんざく。

 強すぎる光は閉じた目をも痛めつけ、音による衝撃は、体の芯まで強引に振動させる。


 やがて轟音がおさまり、辺りは元の静けさを取り戻す。


「ボニー、大丈夫か?」


「すまんカッペー、私、うっかり導火線を焚火(たきび)に当てちゃってたみたいだ……」


 起き上がったボニーはがっくりと肩を下げ、意外としおらしい表情をしていた。

 そんな顔をされたら怒る気にもなれない。というか可愛い。普段からこれくらい大人しければ良いのに。


「いや、火のあるところで爆弾を渡した俺のミスだ。お前のせいじゃない」


 まあ爆弾自体の威力を考えれば、近くにいなければ重傷を負うようなことは無いわけだが。


「とにかく移動するぞ。ここに居たら音を聞きつけたアヴァラス兵に見つかるかもしれない。飯はその後だ」


「そうだな! はやく移動してご飯にしよう!」


「飯」という言葉にピクリと反応したボニーはケロっと笑顔に戻った。その立ち直りの早さを少しでも分けて欲しいものである。


「待て」


 鋭く言葉を発したのはボニーだった。


「何か聞こえないか?」


 目を閉じて耳をすましている。

 俺も周りの音に耳を傾ける。

 地震だろうか、鈍い地鳴りのような音が響いている。

 水が流れる音にも似ているようだ。

 やがて音が大きくなってくるにつれ、それが何の音なのか気づいた。

 音が大きくなっているのは、こちらに近づいているからだ。


「雪崩だ、逃げろ!!」


 再び灯る俺の危険信号。

 空には白い粉のような雪が立ち込めている。

 確かにあれだけ大きな爆発を起こして雪崩が起きないほうがおかしい。

 というか俺がボニーを移動させようとしていたのは爆音によって引き起こされる雪崩(これ)を恐れていたからだ。

 俺はボニーの手を引いて立たせ、力の限り全力で山を下った。


「絶対止まるなよボニー! あれに巻き込まれたら死ぬぞ!」

「死ぬの!?」

「死ぬよ! くっそお、どうしてこう災難災害が次から次へと……!」

「カッペー、どうやら今日のお前は爆弾を抱えていたようだなっ!」

「ああそうだよ! ボニー(おまえ)という名の爆弾をなあ!!」


 俺はなんか上手い事言ったみたいな顔をしているボニーに向かって吠えた。


 後ろからバキバキと木の折れる音が聞こえる。

 雪崩の威力は容易に想像できた。

 徐々に雪が近づいているのがわかる。

 死神と並走する事になった俺は走馬灯を見ていた。

 ああ、これはもしかして天罰なのだろうか。

 神さま、死ぬ前に謝らせてください。

 十二歳の頃、忍術で気配を消して女湯を覗いてごめんなさい。でもあの時はおばあちゃんと猿と妖怪しか居なかったから許してくださいよ。


「カッペー! おいカッペー!!!」


 重そうなモーニングスターを担いで顔色一つ変えず走るボニーが必死に呼びかけている。

 その声で俺は現実に引き戻された。


「なんだボニー! どうした!?」


 ボニーは(くだ)った所にある倒木の根元を指し叫んだ。


「鹿のフンがあるぞ! 気を付けろ!!」


「うん分かった!! ってアホかぁ!!!」


 それは俺の人生最後にして最大の雄叫びになっただろう。


 次の瞬間、俺はその倒木につまづき盛大にすっ転んだ。

 俺を助け起こ起こそうとしたボニーも巻き込まれ転がり落ちて行く。



 目が回ってよく分からないが俺たちは巨大な雪玉になって転がってるようだ。

 強烈な目まいと吐き気を感じながらも成すすべがない。

 死ぬ死ぬ絶対死ぬ!

 強い衝撃とともに俺たちは雪崩に巻き込まれ意識は暗転した。




 つづく


お読みいただきありがとうございました!

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