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四話 屋敷の様子を探ろう

 港町ムルコフでボニーのコートを購入した後、俺たちは町の背後に広がる針葉樹林の山の中腹で身を隠していた。


「カッペー、コートを買ってくれてありがとう! とっても暖かいぞ!」


 灰色の分厚いコートに身を包んで無邪気に笑うボニーを見ているとため息が出てくる。


「任務が終わったら金返せよ、全く」

「分かってる分かってる。にしても、どうしてこんな森の中に入って来たんだ?」


 ボニーは雪の降り積もった森をグルリと見回しながら言った。

 この森に入って来た理由は二つある。一つは(ボニーが)目立ちすぎたためアヴァラス兵から尾行を受けていたからだ。何とか町を出る前に巻けたから良かったが、森まで付いてこられていたら大きく計画が狂っていただろう。

 そしてもう一つの理由はフィアールカ・グラフの軟禁されている屋敷がこの森の(ふもと)にあったからである。


 ……、待て。どうして協力者のボニーがフィアールカのいる場所を知らないんだ?


「えっとだな。まず今回のターゲットであるフィアールカがいるだろ?」


 するとボニーは首を傾げてしまった。


「フィアールカって誰だ?」


 俺は無言で懐からフィアールカの肖像が描かれた、手のひら大のペンダントを取り出した。


「わあ、お人形さんみたいに可愛い子だなっ」

「……」

「え? この子より私の方が可愛いって?」

「言ってねーよ」


 おい本当に何も知らないのかよ! あの総隊長(きつねめ)は一体何を考えてるんだ!


「待てボニー。逆にお前がこの任務について知っていることを教えてくれ」

「えっとだな。『忍者のお兄さんの言うことをしっかり聞くんだよ』とだけ言われて来たんだ!」

「おばあちゃんの家に来た孫かお前は」


 頭が痛くなって来た。これが本当に国家存亡の危機を抱えた重要任務だと言うのだろうか。総隊長の意図がこれっぽっちも分からない。

 もはや俺の困っている顔を想像して面白がっているだけだとしか思えなかった。

 だが今は余計なことは何も考えるべきではない。任務を遂行することだけに集中しなければ。


 俺は短く息を吐き、刀で目の前のモミの木を真横に両断した。

 ボニーが「おお!」と興奮した声を出す。


「俺が今から屋敷の偵察をする。悪いが少し待っていてくれ」


 切断した部分をゆっくり蹴り倒し、真新しい切り株の上に真っ白な折り紙を広げる。


「カッペー、その紙で何をするんだ? ねえねえ!」


 両膝を抱えて座り込んだボニーは目を輝かせて切り株を見つめている。

 俺は人差し指を口の前に持って来て、「シーッ」と無声音を発した。するとボニーも「シーッ」と同じ仕草で返してくる。

 ちょっと可愛い。


 俺は目線と集中を折り紙に戻し、二度深呼吸を繰り返す間に蝶を折り上げた。蝶を両手で包み込むように持ち、中に念を凝縮させる。


『忍法・式神の術』


 俺がゆっくり両手を広げると、折り紙の蝶が白い雪の中にヒラヒラと木の上まで舞い上がった。

『式神の術』は対象物に自分の意思を宿し操作する技だ。


 このように折り紙を蝶の姿に折れば蝶の動きを、ネズミに折ればネズミの動きをする。


 俺はゆっくりと目を閉じ、(まぶた)の裏で視点を蝶に移した。

 眼下には目を閉じて集中している自分の姿と大口を開けて(こちら)を見ているボニーの姿が映る。次に目線を森の(ふもと)に移す。雪で真っ白になっている林の先に、石の壁に囲まれた一際大きな建物が見えた。フィアールカが居るはずの屋敷だ。


 ふわりふわりと上空を漂っていた蝶はせわしない羽ばたきで屋敷に近づいて行く。

 屋敷と森とを隔てる石の外壁はまるで崖のようにそそり立っていて、我が国の城のそれと比べても作りが堅牢なようだ。

 門の前にはアヴァラス兵二人立っているが身動き一つしない。


 蝶が壁を超えて中に入る。屋敷のつくりは二階建ての左右対称になっており、灰色の壁はまるで侵入者を拒んでいるかのような威圧感がある。

 そして屋敷の前に広がった庭にも10人ほどの兵士たちが確認できた。


 ……配置は昨日と変わっていないな。


 俺が屋敷の偵察をするのは初めてではない。港町に着いた三日前から式神を飛ばして、外から兵士の動きと配置を観察し、屋敷内部にクモの式神を忍び込ませて様子を探った。

 おかげで侵入経路と逃走経路は組み立て終わっていた。

 フィアールカの姿は見ることが出来なかったものの、兵士たちの会話や配置から、どの部屋に(かくま)われているのかは容易に特定出来た。

 今回蝶を飛ばしたのは兵士の配置が変わっていないか確認するためだ。


 用は済んだと蝶を外に出そうとした時だった。不意に二階左端の窓から光が()れた。

 カーテンが開けられたのだ。

 その二階左端の部屋が、フィアールカのいる部屋だと踏んでいたため余計に驚いた。

 まさかと思い、俺は屋敷の外に出そうとしていた蝶をゆっくりカーテンの開いた部屋に近づけてみた。


 窓越しに人影が映る。

 沈みかけた太陽を照らし返すまばゆい銀髪、陶器のような白い肌、離れていても分かる大きな目、整った顔立ち。

 その儚げな表情は肖像画に描かれたフィアールカ・グラフそのものだった。

 俺の予想は正しかったようだ。


 しかしなぜフィアールカはカーテンを開けたんだ? 蝶に気付いているのか? いや俺の式神は気配を消すことも出来る。常人に気付かれるはずがない。


 しかし俺の忍術に対する自信とは裏腹に、フィアールカは明らかに(こちら)を見つめていた。

 その目は紫水晶のように光り、口はじっとり吊りあげられている。

 それは(あや)しく、見るものを引き込むような笑顔だった。



 つづく


次話は一時間後に投稿します。

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