実行犯
「下せ! 私を離せ!」
レイラは抱きかかえられたまま足をジタバタさせている。どうやら彼女は俺の事など微塵も信用していないらしい。いくら助けに来たと言い聞かせても抵抗を止めてくれないのだ。
「ちょっ、危ないから暴れないでくださいよ!」
とはいえ暴れられるのも悪くない。肉感的でなまめかしい肢体の駆動に触れるのは中々出来る体験ではない。
出口の光が見え始める。これで一先ず外に出られると思ったその時、後ろから刺すような殺気を感じた。俺は咄嗟に屈み、レイラの上に覆いかぶさる。その瞬間凄まじい激痛が背中から全身を駆け巡った。思わず苦悶の唸りを上げる。
「き、貴様……私を庇ったのか……?」
仰向けになったレイラが目を見開いている。俺は答えず振り返った。
「誰だ」
刀を抜いて暗闇に向ける。
「騒がしいと思って見に来てみれば」
男の声がした。まだ若そうな、少し高い声だ。
「その女は我々の機関に持ち帰る予定なんだ。今引き下がるんなら命だけは助けてやってもいいぞ」
機関? 機関とは何だ? こいつは何者だ? 何のためにレイラをさらうんだ? 分からない事が多すぎる。
「おいキス魔、気を付けろ。さっきゴブリンたちを殺したのはこいつだ」
レイラは怯えた表情を男に向けている。すると男は鼻を鳴らして言った。
「俺はゴブリンどもに女を見張れとは言ったが手を出せとは言っていない。俺の命令を無視しそうになったから殺したまでだ」
自分の手駒に利用価値が無いと分かるや否や、一欠けらの情もなく処理したのか。こいつは俺より忍者に向いてそうだな。
「早くしろ。命が惜しくないのか」
本来なら戦うところだが、今は狭い場所で護衛対象が背後にいるので避けたい。
「ここで戦ったらお前が誘拐しようとしていた姫様に傷が付くぞ。それで良いのか」
男は乾いた笑いを漏らす。
「必要なのは女の中にある『パーツ』だけだ。だが、そうだな。この場でそれの四肢を切り落としたほうが運びやすいだろうか」
後ろでレイラが一瞬息を止めるのが分かった。
「警告はしたからな」
急に丸く青白い光が男の指先に出現した。その揺れる光が洞窟内を照らすことによって、はじめて男の輪郭を見ることが出来た。短髪で鋭い目つき。歳は俺と同じくらいの青年のようだ。
不意に男が指先をこちらに向けたかと思うと、光が弾丸の速度で飛んできた。避ける間もなく俺の胸の辺りに沈み込んだ。
「ぐあっ!」
先ほどよりも激しい痛みが全身を襲う。俺はあまりの痛みに転げまわった。くそっ、こんなに痛いのは総隊長の妹との縁談を持ちかけられた時の腹痛以来だぜ。
「無様だな。そのまま転げていろ」
男は近づいてくる。させるか。
俺は遠のく意識をどうにか現実に定め、刀を拾って構えなおした。
「ほう、アレを食らってまだ立てるのか。頑丈なだけが取り柄のようだな」
男の指先には先ほどと同じ光の玉が揺れている。集中していれば避けられない速さではない。……後ろにレイラを庇っていなければ。
この距離で結界の詠唱をしている時間は無い。一か八か、刀であの光を弾いてみるしかない。
男の指から、また弾丸のように光の玉が打たれる。
見切った!
光が到達する寸前、玉を二分するように刀で当てる事に成功した。ところ刀から腕をつたい、焼けるような、しびれるような激しい痛みが俺の全身を貫いた。
一瞬意識を失った俺は頭から地面に倒れ伏せる。その衝撃も大したことがないと思うほどの激痛で今度は手足が痙攣する。痛ぇ……! 後ろに女の子がいなけりゃ涙と鼻水を垂らしまくってたかもしれない。
「馬鹿が。大人しく言う事を聞いていれば苦しまずに済んだものを」
半ば呆れたように男は言い、近づいてくる。
「来るんじゃねえ……!」
俺は力の入らない腕と足に全力で力を籠め、何とか立ち上がった。足はガクガクと震え、少しでも押されたら今にも崩れ落ちそうだ。それでもここで寝ているわけにはいかない。交わした約束は必ず守るのだ。
「これは驚いた。まだ立てるのか」
「あいにく、俺にも背負うものがあるんでね」
「残念だがその気合は無駄だ。お前に俺を倒すことなど出来んからな」
「どうかな」
俺は口に溜まった血を吐き捨てた。
「もうよせキス魔! これ以上立ったらまた魔法を食らうぞ! じっとしているんだ! 私は連れ去られたって構わない。何をされたって王族の娘として、誇り高く耐えて見せる!」
レイラが俺の様子を見て悲痛な叫びをあげる。俺の心配をしているのか。あんな冷血な顔をしていても、優しい感情は持ち合わせているんだな。というかこんな時でも俺のことはキス魔って呼ぶんだね。
「例えこの男に服を引きちぎられたり、パンツを取られた後私の目の前でかぶられたり、食べられたりしても私は屈しない!」
「それただの変態じゃねえか」
相変わらず妄想が絶好調なようだ。
考えろ、ここからどうすればいい。レイラを人質に取られている以上下手に動けない。しかしこの場で動かないとレイラを連れ去られてしまう。どんな汚い手段でもいい。ここから無事にレイラを連れ戻せるんなら、何だって……。
俺はふとレイラの方を振り返り、ハッと閃いた。そして大きく一度頷く。
「おいクソ野郎。さっきから魔法でばっかり攻撃してきやがってお前俺にビビってんじゃないのか」
男は冷徹な顔で俺を睨む。
「どうした。そんなに死にたいのか」
「お前なんかに殺されるかよ。遠距離攻撃しか出来ないヒヨコ野郎に」
「そんな安い挑発に俺が乗るとでも?」
「おいおい、声が震えてるぞ? 俺は忍者だからな。お前が今びびっておしっこ漏らしそうな事くらい分かるんだぜ?」
「あまり舐めた口をきくなよ。無関係な人間は殺さない主義だが、俺の気が変わるかもしれんぞ」
「御託はいいからさっさと近づいてきて俺と戦えよ。あ、もしかして動いたらおしっこ漏れちゃうから動けないのか?」
男の表情が険しくなる。
「そうか、そんなに死にたいのか」
男は目を見開いた。その瞳は怒りの色をともしている。
今だ!
「クー!」
「任せて!」
その声と同時にクーが俺に入り込む。
ほとんど視界の効かなかった暗い洞窟の中を、暴力的なほどの光線が(俺の股間から)男の顔を貫いた。
「ぐわああああわあああ! まぶしいっ! チンコまぶしいっ!」
目を見開いていた男は光をもろに食らったようだ。さっきまでの冷静なふるまいはどこへやら。目を抑えて床を転げまわっている。
見たか! これが正義の光だ!




